静かなる謝意
その日ミコトは王宮に来ていた。
王宮・西棟の小さな応接室。
ここはもともと妃が療養に使っていた、柔らかな光と静けさに包まれた場所だった。
ミコトが案内された先には――
妃が、ソファに静かに腰掛けていた。
その腕には、すやすやと眠る第二王子の姿。まだ二歳。
あの時、命の灯が今にも消えかけていた子が、今はすっかり温かく、安らかな寝息を立てている。
「……来てくれて、ありがとう、ミコトさん」
そう言った妃の声は、かすれていたが、凛としていた。
「あなたのおかげで、この子は生きています。
そして私も……ようやく、母として、この子を抱きしめられる」
ミコトは黙って頭を下げた。
「……どうか、私からも謝罪を」
妃は深く頭を垂れる。
「あなたの命を、私たちは踏みにじった。癒し手を、人として扱わなかった。
今さら許されることではないと、分かっています。それでも……」
「……謝罪は、受け取ります」
ミコトの言葉に、妃の肩がわずかに震える。
「……そして、礼も」
続けた言葉に、妃がはっと顔を上げる。
「礼?」
ミコトは、妃の腕に抱かれた第二王子を一度だけ見つめてから、言った。
「私は……“助けたい”と思ったから、助けました。
ですが、“また助ける”とは、言っていません」
言葉の端に、鋭さがあった。
「“癒し手”は、あなたたちの都合で動く存在ではない。
力を貸すかどうかは、今後も私自身が判断します。感謝と謝罪があっても、そこは変わりません」
国王は、黙ってその言葉を聞いていた。
だが――次の瞬間、静かに、ひざを折った。
「……肝に銘じます」
玉座の主が、今はただ一人の癒し手に、膝をついて頭を下げている。
その姿に、妃もまた、もう一度深く頭を下げた。
「……この国のあり方を、あなたが正してくれた」
ミコトはそれには返さず、ただ短く頷いた。
けれど――
その背を見送る妃の瞳には、感謝と共に、確かな希望が宿っていた。
──癒し手の少女は、もう“道具”ではない。
己の意思で動き、命を選び、そして――立ち続ける存在として、そこにいた。