月夜に眠れず
――夜。
ミコトは縁側に座って、ぼんやりと月を見上げていた。眠れない。まぶたを閉じるたびに、あの日、魂を握り潰した者たちの“顔”が浮かぶ。
そこへ――
「……あれ?起きてたの?」
戸の向こうから、カナトの声。泥まみれのまま帰ってきた彼は、少し息を切らしながら笑った。
「待っててくれたのかと思った」
「……たまたま起きてただけ」
ミコトは目を逸らし、ぽつりと口を開く。
「眠れないの。目を閉じると、浮かんでくるのよ。あの時、握りつぶしてしまった人たちの……顔が」
カナトが隣に座り、ふと空を仰ぐ。
「後悔、してんの?」
「後悔……じゃない。ただ、脳から離れないだけ。苦しそうにしてた人たちの顔が、こびりついてる」
少しの沈黙。
「……俺はな」
カナトが静かに言う。
「今まで何人も斬ってきたけど、後悔なんてしたことねぇ。斬られて当然な奴らだったし、苦しんだこともない」
「……」
「でも……」
彼は膝に手をついて前を見つめた。
「そいつらの分まで生きようとは思う。クソみたいな奴らでも、生きた分の重みはあるからな」
ミコトは彼を見つめる。
いつものバカみたいな男とは違う顔。静かで、真っ直ぐで、重みのある言葉だった。
「……あなた、意外とちゃんとしてるのね」
「最年少隊長なんで!」
カナトはニカッと笑うと、急にくだけた調子で言った。
「てかここさ、ばあちゃんいるし、親父いるし……実質、実家なんだよなぁ」
「それで泊まり込まれても困るんだけど……」
ミコトがため息をつくと、ふたりの間にふわりと夜風が吹いた。
ふたり並んで、しばらく無言で夜空を見上げていた。
静かな風。虫の声。夜のにおい。
ミコトがぽつりと呟いた。
「……私はね。死ぬことが夢なの」
「……は?」
カナトが笑いかけたが、ミコトの真剣な横顔を見て、口を閉じた。
「刺されたら痛いし、毒を飲まされたら苦しい。でも……私は決して死ぬことができない。どんなことがあっても、生きてしまう」
「……」
「この力を授かった時から、ずっとそう。ずっと、“お前は生きろ”って言われ続けてるような気がして……それが、すごく重くて」
最初の頃の私なら、こんなこと誰にも言えなかった。
でも今は、少しだけ話してみようと思えた。
「羨ましい、なんて言わないで。私は……こんな力、欲しくなんてなかった」
すると――
「……そうか?」
カナトは頭をぽりぽりとかいて、素っ気なく返した。
「まあ確かに、死ねないってのは苦しいよな。逃げ道がないってことだし」
そして、ニカッと笑って、照れくさそうに言った。
「……でもさ。出会ってまだ少しだけど、俺は――出会えてよかったって思ってるよ」
「……」
「だって、めちゃくちゃすげー姉ちゃんだし!しかも、嫁候補だし!」
「……え?」」
「え、何その“殺すぞ”みたいな目!?」
「そんなこと言う人とは結婚しない」
「おお〜〜っ!? まだ“無理”とは言わなかったな!? これ希望あるんじゃね!? やっぱ俺ってイケてる〜〜〜〜!!」
「……」
(なんで真面目な話してたのに、こうなるのよ)
その夜、ミコトの胸の痛みは、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
そして――
ばかみたいな奴だけど、この騒がしさに、少しだけ救われている自分がいることに気づいた。
──次回、ミコトの過去に触れる“ある来訪者”が登場する。