ばぁちゃん子、襲来
別邸に、また春の風が吹いていた。
ようやく静けさを取り戻した邸内では、ミコトが書物を開き、膝に毛布を掛けながら静かに過ごしていた。
そばでは、フキが台所で煮込みの支度をしている。
「……ようやく、平和になったわねぇ」
「……ええ。やっと……」
その言葉をミコトが口にした――まさにその瞬間。
「ばあちゃーん!!!」
バァンッ!!
門の外から、叫び声とともに誰かが突撃してきた。扉が開き、砂埃が舞い上がる。
ミコトは本から目を上げ、ぽかんと口を開いた。
「……誰?」
そこに現れたのは、銀髪の青年だった。鍛えられた身体に黒い騎士団の制服。背は高く、瞳は快活に輝いている。
「え?あー、えっと、カナト。オレ、カナト!」
「カナト……?」
「そうそう!シオンの息子でー、ばあちゃんっ子!最年少の現・騎士団隊長ってやつ!」
ミコト「…………」
フキ「…………」
数秒の静寂。
そして――
ゴンッ!
背後からやってきた男の拳が、カナトの頭に直撃した。
「……てめぇ、何勝手に突撃してんだ、バカ息子」
現れたのは、かつての騎士団隊長にして、門番を務めるシオン。
フキの息子であり、カナトの父親である。
「いってぇぇぇ!!親父、それやめろって言ってんじゃん!」
「おまえがやめねぇからだろ!」
口げんかを始める父子を前に、ミコトはゆっくりと茶を置いた。
「……にぎやか、ですね」
するとカナトがくるっと向き直って、にっこりと笑った。
「すげー姉ちゃんなんだって?よろしくな、ミコト!」
ミコトはまた、ぽかんと口を開いた。
(……あの静けさ、返して)
――次回、第10話へ続く。