はじまり
「魂は平等だ」
父がよく言っていた。
「死ねば、誰もが同じ場所へ還る。だから、命は皆、等しく尊いのだ」と。
私は、それを信じて育った。
村の長の娘として、皆に愛されて、平凡に生きていた。
十歳のある日、父が高熱で倒れた。
私は震える手で、父の手を握った。
すると、手のひらがあたたかく光り――父は、助かった。
それが、“万人治癒”の力だった。
ただ、生きていてほしいと思っただけだった。
なのに、その力はすぐに貴族の耳に届いた。
「その子を、王都へ」
私の意思は関係なかった。
そこからの日々は、命令と沈黙ばかりだった。
金糸の服を着た者たち。
“高貴な魂”を持つと言われる者たち。
彼らの傷を、病を、疲れを、私は癒し続けた。
でもある日、私は言ってしまった。
「平民の人たちも……癒したいです」
ビンタされた。
「口答えするな」
「癒しは特権だ」
「その力は貴族のためのものだ」
父の言葉が、心の奥で震えた。
「魂は平等だって……」
そう言った私は、初めて“異物”として扱われた。
ある日、百歳を超えた貴族が運ばれてきた。
私は、静かに言った。
「この方を癒しても、もう助かりません。
魂が、還る準備をしている」
私は癒さなかった。
その夜、貴族は死んだ。
翌日、村が燃えた。
父も、母も、友も、初恋の相手も、皆――殺された。
私は、何度も殺された。
焼かれ、水に沈められ、毒を盛られた。
首を刎ねられ、崖から突き落とされた。
それでも、死ななかった。
私は“不死”だった。
世界が壊れていく音がした。
そして、あの日――
私は、初めて怒った。
「私のせいで……
私のせいで、皆が死んだ。
癒しは罪なの? 人を救うことが……罪なの?」
涙で濡れた目のまま、私は立ち上がった。
あの場にいた者たちの胸に、光が集まる。
「なら、あなたたちの魂も……
私が、殺してあげる」
手を握った。
光が砕けた。
叫びが響いた。
その日、私は“神の怒り”を振るった。
そして、封じられた。
2000年――世界が変わっても、私だけは変わらなかった。
癒すことも、怒ることも、笑うことも、泣くことも許されず、
私は、ただ生き続けた。
「お願い……
今度こそ、私を……死なせて」
それが、
私の、たったひとつの夢だった。