續・小さな戀のメロディ
〈氷漬け我思ひ出の氷室守 涙次〉
【ⅰ】
杵塚の出世作となるであらう、『小さな戀のメロディ』-試冩會には、田咲光流と由香梨、結城輪も勿論招待された。光流と由香梨、涙して映画を観終へた。
(俺、泣くようなもの撮つたつけ?)確かに杵塚の疑念は間違つてゐなかつた。エンディングは、タロウが、粗大ごみを集めるごみ収集車を見て、「僕ノ仲間タチガアゝヤツテ屑鉄トナル。僕ハシカシ生キ伸ビルノダ。コレモ愛ユエノ事サ」と一人ごちる、未來を感じさせるものだつた。
【ⅱ】
スズキ GSX-R125 ABSにタンデムした、杵塚と輪、輪もやはり、「いやエンディングには泣かされました」と、云ふ。何かゞ可笑しい。因みに、輪に依れば、映画の終はり、故障したタロウは粗大ごみの中に打ち棄てられ、玉乃が「あゝわたしたちの愛は、來世に持ち越しなのね」、非情にもタロウはごみ集積所で息絶える、と云ふ。
全然違ふ。おれはそんなメロドラマの積もりで、あの映画を撮つたんぢやない! 杵塚は、カンテラ・じろさんが捕り逃がしたと云ふ、「大物」【魔】を疑つた。何となれば、映画のワンシーンを歪曲出來る程の、「魔力」を以てして、これは初めて出來る事、だからである。
【ⅲ】
杵塚、その事を、カンテラに相談した。カンテラ「よく氣付いたな。まあ俺たちに任せて置けよ」。カンテラ・じろさんは、カンテラの「修法」により、映画の中に入り込んだ。
そこで彼らが見たものは- 忙しさうに立ち働く、【魔】の臭ひぷんぷん漂はせた、或る男であつた。
「そこで何してる!?」カンテラが詰問すると、男は「やうこそ我が映画の世界へ-」と幾分氣取つて答へた。「我が? 映画はうちの杵塚が撮つたんだぞ。お前のやうな邪魔者、消してくれるわ」。こいつが「大物」か。「狂獸#13」の蔭に隠れて、見えなかつた彼の姿を、カンテラ・じろさんは、捉へた。
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〈大物が入れ食ひを見せる夏の海さやかに波は光りきらきら 平手みき〉
【ⅳ】
男は、開き直つたかのやうに、「この映画は全て俺が拐帯する。落ち度は、滿心した、その杵塚とやらに、あつたのだ」更に「うぬらの實力は知つてゐる。俺は叛抗はしない。だうなりとも、せよ」
妙に肝が据はつた奴だな。じろさんがその男に、「此井殺法」を仕掛けると、男は呆氣なく斃れた。だが、直ぐに、映画の他の地點で、男は蘇つた。
カンテラ(この男、映画自體に憑依してゐる【魔】だ。こんなタイプの【魔】、見た事ないぜ。)だが、映画をこの男に明け渡す譯には行かなかつた。折角の杵塚の、大袈裟に云へば、血と汗と涙の結晶である。現代アートの一信奉者としての、カンテラにも、それは許されざる事であつた。
【ⅴ】
だがカンテラ、じろさんに、「一端退却しやう」と云つた。映画の上映自體を、中止しなくてはならない。あゝその内に、映画は作り變へられ、だうせ魔界のプロパガンダ映画へと變貌してしまふだらうに。カンテラには、杵塚の無念が、手に取るやうに分かつた。だが救ひは一つあつた。光流と由香梨、輪のやうな、ティーンエイジャーにしか、この男の魔力は届いてゐない。大人は騙されず、映画を観てゐたのだ。
【ⅵ】
そこで、カンテラが思ひついたのは、永遠の子供、ぴゆうちやんの存在だつた。ぴゆうちやんはまだティーンにも達していない、謂はゞ幼児なのだ。彼に、映画を観せれば、この【魔】の脳髄に混乱が起きるだらう。
ぴゆうちやん、生まれて初めての映画鑑賞である。案の定、彼は「トツテモ面白シロカツタヨ」と、勇氣を鼓舞されたやうに、うきうきしてゐる。
映画に憑依してゐる【魔】には、それだけでもダメージ大であつた。冒険活劇、としてしか、何物をも見ない年頃の観衆は、彼の豫期せざる者であつた。
【ⅶ】
そこですかさず、再びの映画潜入。カンテラ・じろさん、今度は優位に立つてゐるのを、はつきりと感じた。男は、逃げ出さうとしてゐた。「待て!!」じろさんが叫んだが、カンテラはそれを制した。
「こゝはひとまづ、映画が通常に上映出來るやうになつた事を、優先項目として置かうよ」とカンテラはじろさんに云つた。またしても「大物【魔】」は取り逃がす事になるが...
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〈金魚玉合氣の名手つゝくなり 涙次〉
依頼者は、形式上ではあるが、上映映画館の組合、と云ふ事になつた。雀の涙程度のカネしか入らなかつたが、それでも、一つの藝術を守つた、充足感はある。
それにしても、「ニュー・タイプ【魔】」、何処からだう云ふ角度で攻めてくるか、豫測だに出來ぬ。何となく、カンテラには思ふ事があつた。カンテラ、その儘の足で、外殻(=ランタン、カンテラ)に籠もつたのだつた。
お仕舞ひ。