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 ユーグレトは運命のふたりの子として、このアジェット国でいちばん有名な子どもだといえる。しかしもうとっくに成人をしているし、同い年であれば子どもを育てているひとも多いような年齢だ。

 それでもユーグレトはいつまでもアジェットでは大事な大事な子どもなのだ。




「一年契約?」

「そうです。もうすぐわたしがあなた専属の肖像画を描きはじめてから一年でしょう? 今までもそうだったのでは。なのでわたしが辞したあとは、わたしの後釜がやってきますよ」

 ユーグレトはあまり気にしたことはなかったが、たしかにこれまでも画家は変わってきた。それは契約期間があったことだとは思わなかったけれど。

「きみも運命の相手を見つけたのかと思った」

「なんです? 先を越されたと思って悔しかったんですか?」

 呆れきったサイがふたたび筆を取る。

「悔しいよねえ。いや、さみしいのかも。サイちゃんはそういうことに興味ないと思ってたから」

「興味ないわけではないですけど」

「そうなの?」

 ユーグレトは驚く。サイとの付き合いはもうすぐ一年ということを先ほど自覚したばかりだが、その間に恋愛の話をしたことはない。ユーグレトの生活にちくりと言われることはあるが、呆れきった顔を向けられるだけだ。

 サイはユーグレトの人生に興味がないだろうとは思っていたが、それを誰かを特別に思うことはないということへ勝手に繋げていた。しかしそんなわけはない。サイにとってユーグレトがそういう対象に思っていなかっただけだ。

「何うなだれてるんです」

「いやあ、サイちゃんにも恋する相手がいるのかあと思って」

「突然わたしに興味を持ちはじめるくらいにはティアサイト様のことが衝撃だったんですね」

「あ、ティアのことってわかってるんだ」

「教会じゅうであのティアサイト様がって話題になってますよね。で、はやく元のポーズに戻ってください」

 ユーグレトは姿勢を正す。

「ユーグレト様はすごいですよね」

「何が?」

「わたしが最初に望んだポーズを最初と何も変わらずに再現できるんですよ。ほんのわずかなずれもない。そんなの普通は誰もできません」

 意識したことはなかったが、褒められることは嬉しい。

 うまく乗せられたユーグレトは気分よくそのあとは時間いっぱいサイの望むがままに動かずにいた。


 教会の鐘の音が鳴ったときがいつも終わりの合図だ。

「それでは、来週が最後になりますので、よろしくお願いします」

「うん、ありがとう。ねえ、本当にサイちゃんに興味出てきちゃったかも」

「そうですか」

 道具を片付けながらサイは言う。

 この部屋は肖像画を描くための部屋とされているから、キャンバスは置いたままだ。

 髪の毛に色が入っている途中のそれを見ながら、ユーグレトはふとサイの顔を覗きこんだ。たいていがキャンバスに隠れた半分しか見えない。ここ以外で会うことはないし、正面から見たことはあまりなかった。

「なんですか」

「サイちゃんに興味が出てきちゃったってさっき言ったとおりの興味」

「来週で最後と思ったら何かを惜しみたくなったんですか?」

「そうかもねえ」

 ユーグレトは許可が出ていないと相手にさわらないことにしているから、ただ見ているだけだ。

「へえ、サイちゃんの目ってこんな色してるんだ。こういうの何色っていうんだろ。ちょっと霞がかっていて……ブルーグレー? でも紫っぽさも入ってるよね。きれいな色だ」

 頭ひとつぶん小さなサイは、おとなしくユーグレトを見上げている。そのことに途中で気がついて、ユーグレトは、サイが座っていた椅子に腰掛けた。サイが見下ろすかたちになって、ユーグレトは少し楽しくなる。

 肌はきれいそう。化粧は年頃の女性らしくそれなりにしていて、青みがかったピンク色に塗られたくちびるはよく似合っている。さすが画家は、自分に似合う色もわかっているのだろう。

「ユーグレト様は、晴れてる日の昼間の水面みたいですね。どこもかもが眩しいです」

「髪色が?」

「ひとみもそうじゃないですか」

 自分は見ていたが、まさか絵を描いているとき以外に同じように観察されているとは思わなかった。

「わたしはユーグレト様の色、結構好きです」

 サイはそれだけ言い残して部屋を出て行った。

「俺もサイの色、結構好きかも」

 つぶやいた言葉は、けして届かないからこそこぼれたものだった。




「今日は一日こちらにいてくださるんでしょうか」

 嫌味なのか予定を聞いただけなのかわからないことを言うティアサイトに、ユーグレトはペンを置いた。

「一日いるよ」

「それはありがたいですね」

 それではこれも目を通してくださいね、と何枚かの書類をユーグレトの机に置いた。ティアサイトがユーグレトの手伝いをはじめてからまだ半年だが、書類仕事の取捨選択がうまく、ユーグレトのスケジュールを計算しながら動いている。

 ユーグレトは仕事を放棄することはない。ただ、その日の仕事によゆうがあると思えば抜け出していただけだ。そのときに運命の相手探しのようなものをしていた。

「これからはちゃんと一日いる予定、たぶんね」

「突然どうしたんですか」

「俺もティアとヴィアちゃんみたいな恋愛がしたいなって」

 からかう気持ちで言ったのに、ティアサイトは照れるそぶりもなく、少しだけ考え込んだあとに口をひらいた。

「ユーグレト様は派手な恋愛を望んでいるからじゃないですか。もっと地味な恋愛をしてみればいいと思いますよ」

 まるでティアサイト自身は地味な恋愛をしていると言っているかのようだが、ユーグレトはそうは思わない。

 しかし最近長年の片想いを実らせたティアサイトは強くなったとユーグレトは思う。ほんの一ヶ月くらい前までは随分とこじらせていて、サーヴィアと結婚できないのなら一生結婚しないで聖職者として生きると決めていたのだ。手に入ると理解した瞬間に動いたティアサイトは、一生に一度きりのタイミングを逃さなかった。

「運命のふたりの子どもがしょうもない恋愛をしたらカッコ悪くない?」

「地味としょうもないは別物でしょう」

「そりゃそうだ」

 ユーグレトはサーヴィアが追加した書類を手にとって眺める。そしてそこに書かれていた名前に苦笑した。

「なにこれ、父さんたち今首都の近くにいるの」

「みたいですね」

 両親の名前が添えられた、首都近郊のちいさな村からの嘆願書だった。教会で身寄りのない子どもたちを引き取っていたが、その教会の聖職者が病気になってしまい、続けられなくなった。新しいひとを派遣するか、子どもたちだけでも先にどうにかしてもらえないかという話だ。

「父さんと母さんが今そこで代わりをしているんだろうね」

 そう書いてはいないが、そういうことだろうと息子のユーグレトはわかる。

 運命の相手にこだわってゆがんでいる自覚がユーグレトにもある。ティアサイトが言ったように、身近の誰かに気がつくような、運命めいたものではないけれどただそばにいたいと思えるような相手に出会えればいいだろうに、両親を意識するたびにわけがわからなくなる。

「本当に腹立たしいことにさ、俺は父さんのことも母さんのことも大好きで、嘘でだって嫌いなんて言いたくもないんだよねえ。反抗期のひとつもない、反抗期ごと自分の中に抱え込んだような立派な子どもなわけだよ」

「自慢の息子さんだとお聞きしていますよ」

「それはよかった」

 微笑むと華やかさの増すティアサイトの背中を強めに叩いた。

「仕事するか!」

「はい、ぜひお仕事をされてください。それに力の加減くらいはしてください。まあ、気持ちを切り替えてくださったならよかったです」

 ティアサイトは自席へと戻って行った。

 気持ちが切り替えられたのは、今日この瞬間のことだけではないだろう。こだわっていたものは少しずつほどけていけるだろうか。

「新しい人生か……」

 ふいに、あの日サイが言ったことを思い出した。誰に宣言するでもなくひとりで変わろうとしたとき、同じなのだと言ってくれた彼女の存在は穏やかにユーグレトの心の奥を撫でてくれるようだった。

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