異世界の姫と奇妙な愛の風習
目を覚ますと、見たこともない天井が広がっていた。
「……どこだ、ここは?」
俺は確か、普通の大学生だった。深夜のコンビニバイトを終えて、アパートに帰る途中、いきなり眩しい光に包まれたのを最後に記憶が途切れている。
そして今、豪華な天蓋付きのベッドの上にいた。
戸惑っていると、扉が開き、一人の女性が入ってきた。金色の髪を持つ、美しい少女。細身ながら凛とした雰囲気をまとい、深紅のドレスを纏っている。
「目が覚めましたね、異世界の勇者様」
「……は?」
混乱する俺に、彼女――セリス姫と名乗る少女は、自分の国が魔王に脅かされており、勇者として召喚されたのだと説明した。
俺が勇者? 魔王を倒す? いやいや、冗談だろ。俺は剣も魔法も使えない、ただの大学生だぞ。
「待ってくれ、本当に俺が勇者なのか? 何かの間違いじゃ……」
「間違いありません。あなたは異世界から召喚されたのですから」
セリスは微笑んだ。
それにしても、美しい。気高く聡明で、それでいてどこか柔らかい雰囲気を持っている。
異世界の姫。こんな美少女がいるのなら、悪くない展開かもしれない――そう思ったのが、地獄の始まりだった。
数日後、俺は護衛騎士としてセリスの側に仕えることになった。魔王討伐の準備をする間、彼女の近くにいることで、この世界に慣れるのが目的らしい。
最初は順調だった。
セリスは俺に優しく、食事や服装の世話までしてくれた。騎士としての訓練も受け、少しずつこの異世界での生活に慣れてきた。
しかし、その日、彼女は突然、俺に向かってこう言ったのだ。
「カイ、あなたのことを本当に愛しているの」
「……え?」
いや、まだ出会って数日だぞ? いくら異世界とはいえ、こんな急展開あり得るのか?
俺が困惑していると、彼女は満面の笑みを浮かべて、さらなる衝撃の言葉を続けた。
「だから、今夜あなたを拷問するわ」
「…………は?」
「愛する者には痛みを与えるものよ? それがこの国の伝統なの」
意味が分からなかった。
「いやいや、普通は逆じゃないのか? 愛する人には優しくするもんだろ?」
「違うわ。深く愛すれば愛するほど、より激しい苦痛を与えるものなの」
「なんでそうなるんだよ!?」
セリスは当然のことのように説明を続ける。
この国では、愛の証として「拷問を施す」文化があるらしい。恋人や夫婦になればなるほど、より激しい痛みを与え合うのが当然のことだという。
「じゃあ、夫婦はどうしてるんだよ……?」
「一生涯、愛し合う限り毎晩続くわ」
「地獄じゃねえか!!」
全力で否定する俺を、セリスは不思議そうに見つめた。
「カイは、私を愛していないの?」
「いやいや、そういう話じゃなくて!!」
「大丈夫よ、初めてだから優しくしてあげるわ。まずは軽く、指先を焼くくらいから……」
「軽くねえよ!!」
俺は必死に逃げようとした。
だが、扉の外にはすでに侍女たちが控えている。逃げ場はない。
「さあ、行きましょう」
「嫌だ!! 俺は絶対に拷問されねえ!!」
俺は必死に言葉を探し、なんとかこの狂気の風習を拒絶しようとした。
「ええと……! そ、そうだ、俺の世界では愛の証は“優しさ”なんだ! 痛みじゃなくて、思いやりの気持ちを持つことが大事なんだよ!」
「まあ、素敵な考えね。でも、それって本当に愛なの?」
セリスは真剣な顔で俺を見つめる。
「この国ではね、愛が深まるほど、苦しみを分かち合うの。そうすることで、相手の痛みを理解し、共に乗り越えるのよ。それが本物の絆になるの」
「……つまり、俺が痛がるほど、お前は満足するってことか?」
「ええ、とても幸せになるわ」
「やっぱり地獄じゃねえか!!」
俺は絶望した。
どうすればいい? どうやってこの文化の違いを埋めればいいんだ!?
こうして、異世界での俺の生活は、「拷問から逃げる」という地獄のような戦いへと変わっていくのだった……。