夫の寝言は、朝に聞くおとぎ話
「うーん……トウキョウタワー」
とある伯爵邸、夫婦の寝室にて。
テレーズは毎晩、夫の不思議な寝言を聞く。枕元に置いた手帳に、急いでペンを走らせる。
「トウキョタワ……と」
朝になり、夫が起きるとテレーズは聞く。
「ベル様、トウキョタワとはなんですか?」
「え、また何か言ってた?」
妻の真剣な面持ちに、ベルナールは寝巻き姿のまま頭をかく。
「ええっと……トウキョウタワーは僕の故郷の地域のひとつ、トウキョウにある高い塔だよ、赤い色の」
「赤い煉瓦で作られているということですか?」
「いや、鉄だと思う」
「鉄? 鉄で塔をつくるのですか? どうやって」
「残念ながら僕は詳しい作り方は知らないけど、トウキョウタワーはこう……こんな形で……」
テレーズは、夫が紙に描いた絵を見る。
見たこともないような奇怪な形をしている。
(これが、塔?)
テレーズは目をまるくする。
「水族館があるんだ」
「スイゾクカンとはなんですか?」
「魚を集めた水槽を展示している」
「スイソウ?」
「ガラスでできた箱みたいなやつ。
この世界にはええっと、博覧会はあるんだっけ。博覧会で植物を展示するみたいに、魚をスイソウに展示しているんだ。いつも」
「いつも?」
テレーズはまた、目をまるくする。
「大陸中の魚をいつも見ることができるのですか?」
「トウキョウのある大陸だけじゃなくて、海をこえて、世界中だよ」
テレーズはため息をつく。
夫の話は、毎朝、テレーズの想像を超えていて。まるでおとぎ話のようだ。朝に聞くおとぎ話。
「私、見てみたいですわ、トウキョタワー」
「……の水族館ね。うん、君にもいつか見せたいよ、テレーズ」
不思議な寝言を聞くようになってから、テレーズは毎朝、夫との会話がとても楽しい。
「もっと、もっと教えてください、ベル様。貴方の居た世界のこと」
「テレーズは知りたがりだね」
「だって私、何もものを知らないんですもの。
知らないことを知るのって、楽しいのですわ」
ベルナールは、テレーズの手に手を重ねた。
「僕はこの世界のことを、もっと知りたいと思っているけれどね」
「そうしたら私達、夫婦でよかったですわね」
テレーズはニコリともせず言った。
ベルナールは少し驚き、微笑む。
「そうだね、テレーズ。
お互いにお互いのことを知りたいと思うのは、すごく良好な関係だね」
ベルナールの微笑みにテレーズは少し頬を赤らめて、目を逸らした。
(僕の奥さんは、ややツンデレなんだよなあ……)