ウチに転がり込んできたのは学校一の美人お嬢様。の後ろにいるメイドさん
まだまだ暑い九月中旬。
大学に入って初めての夏休みを終えて学校へ行くと、門前に黒塗りの高級車が止まっていた。
運転席から降りてきた老紳士が後部ドアを開ける。
すると車内から、存在感抜群の女子が出てきた。
人目を引くブロンドの髪、人形のように整った容姿、北欧出身の母を持つハーフ美女。
同じ一年で同じ学科の扇屋マーガレットだった。
財閥一族のお嬢様らしくゴージャスという言葉がぴったり。
約一ヶ月と半月ぶりに見るご尊顔。
眼福です。
と見惚れていると、もう一人、車から女性が降りてきた。
扇屋の家で働く、扇屋マーガレット付きのメイドさん。
見た目は、二十一、二歳。
うなじで切り揃えたサラサラの黒髪、小顔で綺麗な顔立ち、露わになっているほっそりとした首には黒いレースのチョーカー。
扇屋が歩き出すと、鞄を持ったメイドさんが扇屋の後について行く。
講義棟前で鞄を渡し、役目を終えたメイドさんが踵を返してこちらへ戻ってきた。
すれ違う際、彼女と目があった。
メイドさんは、クスッと笑うと顔を正面に戻し、車のほうへと歩いて行った。
何だ?
……
次の日の夕方。
一日の講義を終え、晩飯を買って帰ろうとコンビニに寄ると、喫煙コーナーでメイド服を着た女性がベンチに座って煙草をふかしていた。
コンビニとメイドと煙草。
なかなかに斬新な光景だ。
通り過ぎる人たちもチラチラ見てる。
「ん? あの人は……」
うなじで切り揃えた髪、首のチョーカー。
よく見たら扇屋のところのメイドさんじゃないか。
「あら」
メイドさんが俺を見た。
「君って、お嬢様と一緒の学校の子じゃない」
顔を覚えられていたようだ。
「ども、扇屋のとこのメイドさんですよね? 俺、瀧本歩です」
「私、新堂咲夜子。こっちどうぞ」
ベンチの隣をポンポン。
じっと見てたから煙草を吸うとでも思われたかな。
吸わないけど、とりあえず呼ばれるままに隣に座った。
「フゥー……」
煙草の煙を吸って吐き出す。
メンソールの匂いが鼻についた。
「ここで何してるんですか? 仕事は?」
「ん? ああ、仕事クビになっちゃった」
「え」
フゥーっとまた煙を吐き出す。
それってけっこう大変なことじゃないのか。
のんびり煙草吸ってる姿からはわかりづらいけど。
「何でですか?」
「ちょっとね」
肩をすくめた。
理由が気になるけど、あんまり聞くことじゃないか。
「これからどうしようかな……」
と言ってまた煙を吸って吐いて、
「君、メイド雇う気ない?」
って。
いきなりそんなこと言われても、
「雇えるようなお金持ちじゃないですよ」
「何でもするわよ?」
「……」
何でも……メイドさんが何でも……。
「今、スケベなこと想像したでしょ?」
「……してないっスよ?」
「プッ、アハハハッ、やだ、図星すぎ。オールワークスって意味よ、アハハハッ」
見抜かれてしまった。
ヤバい。恥ずかしすぎる。
もう行こう。
「俺帰りますね」
「ハハハ……え、そう? じゃあ私も行こうかな」
新堂さんが煙草を灰皿に捨て、腰を上げた。
ベンチの向こう側に置いてあったキャリーケースを取る。
「旅行にでも行くんですか?」
「ああ、これ? 私住み込みで働いてたからさ」
てことは、これから実家にでも帰るのかな。
「では、お元気で」
「君もね」
俺に背を向けると、ゴロゴロとキャスターを鳴らし、キャリーケースを引いて歩き出した。
重そうだ。
「バス停ですよね? キャリー持ちますよ」
引き手を持って代わりに運ぶ。
「ありがとう。君も早く帰りたいのにね」
「俺ん家あそこなんです」
ここから見える平屋建ての一軒家を指さした。
「へぇ。実家と大学が近いのね」
「いえ、あれは借家です。あそこで一人暮らししてます」
「……ふ〜ん」
変な間があった。
「じゃあここで」
キャリーケースを置いて笑顔で手を振って別れた。
コンビニへ戻り。
ゴロゴロゴロ。
晩飯を選んで買い。
ゴロゴロゴロ。
店を出て家までの細い路地を歩き。
ゴロゴロゴロ。
ウチに到着して、振り返った。
「何でついてきてるんですか」
新堂さんがキャリーケースをゴロゴロ引いてずっと俺の後ろを歩いてた。
「古い家ね」
聞いちゃいない。
まぁいいか。
暑いしお茶くらい出そう。
鍵を開け、引き戸をガラリ。
家の中の熱気がムワっと出てくる。
「暑いですけど、よかったらどうぞ」
「ありがとう。わっ、中も昭和ねぇ。シャワー貸りるわね」
「はあ!?」
「バスルームはあそこ? バスルームって言うよりお風呂場ね」
メイド服のボタンを外しながら玄関を上がって洗面所に入った。
ガサゴソと服を脱ぐ音が聞こえてくる。
自由か。
とても人に仕える仕事をやってたとは思えん。
「あゆむー」
風呂場から呼ぶ声。
いきなり名前呼びだし。
「何ですか?」
洗面所のドアを開けて中を覗いた。
ガーターベルトとストッキング、黒いレースの大人ブラと大人パンティが床に落ちていた。
「あゆむー?」
「は、は、はい!?」
「悪いけど、キャリー脱衣所に運んでくれる? 着替えとか入ってるの」
磨りガラス越しに新堂さんの肌色シルエットが見える。
足長い。
ウエスト細。
胸けっこうある。
たゆんと弾んでる。
「あゆむー?」
「わ、わわわかりました!」
「ありがとー」
すぐにドアを閉めた。
ヤバい。
鼻血出そう。
……
「さっぱりさっぱり」
三十分後。
言葉通りさっぱりした顔で、新堂さんが居間に入ってきた。
「暑いわね。クーラーつけないの?」
「この家クーラーないです」
「ええ!?」
すごい驚かれた。
気持ちはわからなくもないけど。
「不便じゃないの? よく真夏を越せたわね」
「まあその辺りは、タライに水張ったり打ち水したりでなんとか。扇風機の前どうぞ」
「ずいぶん古い避暑対策ね。ありがとう」
と畳に座った新堂さんの格好は、ショートパンツに首周りが広く開いてるオフショルダーの半袖シャツ、黒いチョーカー。
むき出しの肩がセクシー。
ボディラインが出ていて、さっきの磨りガラス越しの肌色をどうしても思い出してしまう。
ダメだぞ、俺。
「喉渇いてますよね? 何飲みたいですか?」
座布団から立ち上がる。
「ビールある?」
「ありますけど、酒飲んで帰れます?」
「うん」
本当かな。
台所の冷蔵庫からビールを取ってきて新堂さんに渡す。
「やった、ありがとー。いただきまーす」
すごい嬉しそう。
プルタブを開け、ゴクゴク喉を鳴らして飲むと幸せそうな息を吐き、今度は煙草を取り出し火をつけて煙を吐き出す。
その一連の動作は、様になっててちょっとカッコイイと思った。
「あ、ごめん。煙草いい?」
「いいですよ。これお酒のアテにどうぞ。きゅうりのぬか漬けです」
「シブいおつまみね。君は飲まないの? あ、未成年か」
「です。新堂さん何歳ですか?」
「君より二こ上よ」
二十一か。
「さっきお弁当買ってなかった? 食べなよ。私も自分が買ったの食べるから」
飯もここで食うと。
しばし食事の時間になった。
……
ご飯がすむと、新堂さんが畳に寝転んだ。
「あ〜、お腹いっぱい」
「新堂さん、もう外だいぶ暗いですけど、帰らなくていいんですか?」
「泊めて?」
横になったまま顔の前で手を合わせておねだり。
言うかなと思ったけど本当に言ったよ。
「できれば一ヶ月くらい」
それは言うと思わなかった。
「無茶苦茶言わないでください」
「じゃあさ、住み込みで働かせて」
体を起こす。
「お給料いらない。三食のご飯だけでいい」
何でそんな破格の条件?
「無理ですって」
「私と仲良くなると、マーガレットお嬢様とも仲良くなれるわよ? 君、お嬢様のこと好きなんでしょ?」
「す、好きというか……」
相手は、良家のお嬢様で身分が違いすぎる。
芸能人を見てるような感覚というほうが近い。
「知ってるって。いつもお嬢様のこと見てたじゃない。だから、ね? ね?」
すり寄ってきた。
上目遣いでこっちを見上げる。
扇屋と仲良くなれるのは魅力的だけど、
「む、無理です」
家に女の人がいるなんて親に知られたら絶対仕送り止められる。
「ちぇ〜。なによ、もう」
ちゃぶ台に肘をついてシュボッと煙草に火をつけた。
「あ〜あ」とため息と一緒に煙を吐く。
「せっかくこんなクーラーもない古臭い家に雇われてあげるって言ってるのに」
「……」
古臭い、ね。
「ボロ屋だけど部屋はあるんだしいいじゃない」
ボロ屋……。
「ここは、俺のじいちゃんばあちゃんの住んでた家なんです」
「え?」
新堂さんの表情が気まずいものに変わる。
「誰も住んでないから、俺が使わせてもらってるんです。確かにボロ屋ですけど俺はこの家が大好きです。小さい頃からこの家に来るのが楽しみでした」
「ごめんなさい、私知らなくて」
「いいですよ。新堂さんは、こんなボロ屋嫌なんでしょ? もっと別の良い家探したほうがいいですよ」
「嫌なんて」
「今日は泊まってもいいです。朝には出て行ってください。おやすみなさい」
一方的に言って部屋を出た。
……
俺はこの家が好きだ。
じいちゃんばあちゃんが住んでたから、という理由が一つ。
もう一つは、この古い家があったかいから。
温度とかじゃなく、感覚的なもの。
誰にもわかってもらえないけど。
学校のやつもウチに来ると、『古い』『不便』で片付けるし。
だからといって、お客さん相手に怒るなんて情けない。
反省しないと。
時計を見れば0時ちょうど。
怒ったからか神経が昂って眠れない。
新堂さんは、もう寝たかな。
泥棒とかしそうな人ではなかったけど一応。
部屋を出て居間へ行った。
襖は開けっぱなしだけど電気は消えてる。
声が聞こえてきた。
まだ起きてる。
中を覗くと、暗い中で電話をしていた。
スマホの画面がぼんやりと新堂さんの顔を照らしてる。
「無理? ううん、いいの。わかった。じゃあね」
ガッカリした顔で電話を切った。
「ハァ〜、全滅か。実家には帰れないし泊めてくれる友達もなし。どうしよ。やっぱ寝カフェかな……」
行くところがないのか?
窓のほうへ移動すると網戸を開けて縁側に座った。
庭を眺めながら煙草に火をつける。
「フゥー……古い家だね、不便だし」
またそんなこと言うのか。
「でも、あったかい」
「……」
「嫌いどころか好きなんだけどな、こういう家。お酒入って言葉選び失敗しちゃったな」
……
翌朝。
良い匂いで目が覚めた。
起きて居間に行くと、ちゃぶ台の上に朝食が用意されていた。
新堂さんは、いない。
ちゃぶ台に書き置きがあった。
『泊めてくれてありがとう。この家好きよ。ごめんね』
朝食のメニューは、ご飯、味噌汁、卵焼き、納豆。
まともな朝飯なんて久しぶりだ。
いいな、こういうの。
ホッとするっていうか。
料理はどれもまだ温かい。
「まだ遠くに行ってないよな」
……
バス停のほうへ来たら、昨日のコンビニで新堂さんを発見した。
ベンチに座って目を閉じている。
指で挟んだ煙草には火がついていた。
そっと隣に座ると新堂さんが目を開けた。
「……あゆむ?」
「本当にお給料いいんですか?」
「え?」
「三食付けるだけでいいんですか?」
「……あ」
目をパチクリと瞬く。
俺の言いたいことに気づいてくれた。
「うん、本当よ」
「だったら、その、よろしくお願いします」
「良かった〜」
ホッとした顔で脱力し、俺の肩に寄りかかってきた。
メンソールの匂いと肌の甘い香り。
「実は、行くところなくてさ。助かった〜」
昨日言ってたもんな。
「よろしくお願いします、ご主人様」
「ごしゅ!?」
「何でもご命令ください」
「……」
命令……メイドさんに、何でも……。
「スケベなこと以外、ですよ?」
「……わかってますよ?」
「プッ、アハハハッ、やだ、君ってわかりやすすぎ」
肩をパシパシ。
また見抜かれた。
「か、帰りますよ」
ベンチを立つ。
「いいね、『帰る』。帰ろう帰ろう」
笑顔で新堂さんも立ち上がると、二人並んで家に帰った。