03 映画に行こう
本日3話目、投稿します。
次は19:30くらいに。
土曜日の朝である。
「いやぁ、楽しみだね〜」
「……何時だと思ってるんだよ」
「んー、6時?」
まあ、時間は合ってるけど、そういうコトじゃないんだよなー。
日の出とともに俺の部屋に現れた幼馴染、杜若あやめは、上機嫌だった。
対して俺は……さっきやっと目が覚めたところだ。
テンションの差があるのは、仕方ない。
杜若はそんなテンション激低な俺を責めはせず、ただニコニコと俺がもぞもぞと着替え始めるのを凝視して……え。
「あの、杜若さん?」
「なぁに、幸希くん」
「見られてると、着替えしづらいんだけど」
ジト目と共に遺憾の意を示すが、杜若は気にも留めないようだ。
「何言ってんの。昔はよく一緒に着替えたじゃん」
「それ、幼稚園の頃の話なんだよなぁ……」
ガシガシと頭を掻いて、羞恥心やら色んなものやらを諦める。
ジャージのズボンはそのまま、パパッと寝巻き代わりのTシャツだけ着替えて、洗面所に向かう。
簡単に顔を洗って歯を磨き、部屋に戻るまでに約5分。
ガチャコと自室のドアを開けると、ベッドにうつ伏せに埋まった杜若が深呼吸を繰り返していた。
「なにしてんの」
「んー、朝の深呼吸」
はあ、何なんだこの残念な幼馴染は。
とても男子どものアイドルにして学年主席のトップカーストとは思えない。
ベッドを占拠されてしまった俺は、仕方なく勉強机の椅子に腰掛ける。
と、突然杜若は起き上がった。
「よし、映画行こう」
「その前に時計を見ような」
現在時刻、午前6時半。
チケットの映画は、午後からの上映だ。
「……世の中の理不尽を感じるよ、幸希くん」
項垂れる杜若は、またお昼前に来ると言い残して、俺の部屋を後にした。
となれば、二度寝だな。
ベッドに寝転ぶと、ほんのりと甘い匂いがする。
「くそ、マーキングされた」
何度か甘い香りを深呼吸している内に、俺は再び夢の中に落ちた。
「着いたー!」
淡いグリーンのワンピースに身を包んだ杜若は、まるで初めて月面着陸した宇宙飛行士のように宣言した。
ここは港の近くにある商業施設。
一階のフードコートの大きなガラス窓からは、船着き場が見える。
「おい、あんまりはしゃぐなよ」
「わかってるよー。でも、久しぶりのお出かけなんだよ?」
「顔は毎日合わせてるだろう」
「だって、協定あるから学校では話せないし」
「仕方ないだろ、二人で決めたことだ」
しかし、高校以外では本当に昔のまんまだな。
本当の品行方正を目指すなら、普段からそういう振る舞いをしないと難しい気がする。
「……行くか」
「うん、行かれますか」
相変わらず上機嫌な杜若は、いつもより少しだけ歩幅が広い。
俺たちがいる商業施設の最上階は、映画館のフロアになっている。
シネマコンプレックスというヤツだ。
大小幾つかのスクリーンがあり、今回観る映画はそこそこ話題になっているようで、すでに若者たちの群れが見える。
「杜若、わかってるな?」
「もー、幼馴染協定でしょ。わかってるって」
幼馴染協定。
高校進学の前に、2人で決めた協定だ。
俺が「杜若」と苗字で呼ぶのも、その協定のひとつだ。
というのも。
中学でもトップヒエラルキーにいた杜若と、万年ぼっちキャラの俺。
その2人が学校内で必要以上に関われば、奇異の目に曝されるだろう。
すなわちそれは、学校生活を送る支障になる。
杜若は、とある目標のために、優等生として高校生活を謳歌したい。
俺は、ぼっちライフが一番落ち着く。
互いの利害の妥協点を探って結ばれたのが、幼馴染協定である。
簡単に言えば、学校や人前では節度ある振る舞いをする、という決め事だ。
「でも、ここは高校じゃないからセーフだよね?」
「まあ、そうだけど」
油断は禁物だ。
ここは市内で唯一の映画館。
同じ高校の生徒が来る可能性も、多分にあるのだ。
山盛りのキャラメルポップコーンと飲み物を売店で仕入れて、目当てのスクリーンへと向かう。
コーラ片手に隣を歩く杜若は、時々俺が抱えるキャラメルポップコーンへと空いている手を伸ばしてくる。
おかげで目的のスクリーンに着く頃には、ポップコーンの山盛り感はすっかり消えていた。
「ちょっとお手洗い」
杜若コーラを預かった俺は、先に入って良い席を確保しておく。
狙い目は、座席中段のスクリーン正面。
映像も音も、この席が一番楽しめる。
席に着いて、少し。
コーラとポップコーンを持ったままで杜若を待つ。
スクリーンでは映画泥棒のCMが終わる頃、出入口の方から女子たちの話し声が聞こえた。
ふと顔を向けると、何人かの見知った顔が見える。
その女子たちに囲まれるよように、杜若の姿があった。
──幼馴染協定その4。
外出先でも知り合いに会ったら別行動──
「協定……発動かよ」
どうやら映画は、別々に観るコトになったようだ。
本日、あと2話投稿します。
時間は、19:30頃、23:00過ぎを予定。