25 最優等生選挙 終幕
文化祭の閉幕式。
「申し訳ありません。機材トラブルで、最優等生イベントの集計結果が出せませんでした」
「本当に、すみませんでした」
ステージ上で深々と頭を下げるのは、イベント責任者の俺と、文実副委員長の加瀬くんだ。
謝るのは俺一人でいい、と主張したのだが、
「私も幸希くんと一緒に土下座するっ」
と杜若が言い出して、
「なら副委員長のオレと田中の二人で」
と、まとまった感じだ。
まあ、今回はこんな形で終わってしまうイベントだが、プロトタイプとして色んな面を見せてもらった、と文実委員長から労いの言葉をいただいた。
俺の気持ちとしては、全然収まりがつかない。
投票結果は有耶無耶になり、杜若に最優等生の称号を獲得させられなかったし、優秀なイベントスタッフ三人は、未だトイレか保健室だ。
しかしさっきまで怒りで気を張っていた分、力が抜けたのも事実だ。
もう犯人を殴る気力は無い。
予想通りなら、主犯は女子だし。
とまぁ、締まらない挨拶をして、加瀬くんとステージから降りる。
その時、ポニテの田端先生とすれ違った。横に誰かいたけど、暗くて見えなかった。
「最後に、残念な報告がある」
ステージ上のスタンドマイクに向かって、田端先生が話し始める。
「本校の最優等生を決める、投票イベント。このイベントを実力行使で妨害した生徒がいる。その二名、壇上へ」
促されたのは、男子一名、女子一名。
女子は、俺の推理通り、俺にケンカを売ってきた、杜若の元取り巻き一号だ。名前は、進藤なんとかっけ。
男子のほうは、顔も知らない奴。
「あの男子、今年テニス部に入った部員だ」
「じゃあ、一年?」
「ああ、たしか中学の時の県大会で準々決勝まで残った、実力者だよ」
県大会の三位と、準々決勝敗退か。
なるほど、ね。
テニス部の王子さまに対する男の嫉妬、という言葉が脳裏を過ぎる。
確かめなきゃ分からないし、確かめるつもりも無いけど。
なんにせよ、愚行をやらかすだけの心の隙があった。
それだけだ。
謝罪は、破壊されたパソコンの所有者である文化祭実行委員会と、下剤にやられた三人に対してしてくれればいいし、賠償も同様だ。
俺が受けた被害を挙げるとしたら、イベントの失敗くらい。
だがそれも、最優等生の称号を生み出す目的は達成している。
「こ、このたびは、自分の身勝手な行動のせいで、文化祭実行委員会を始め、全校生徒の皆さんにご迷惑をおかけし──」
静まり返るステージ上では、テンプレが存在するのでは、と疑いたくなる男子生徒の謝罪の言葉を、ボソボソとマイクが拾っている。
そして、次は。
「このたびは、自分の身勝手な──」
元取り巻き女子一号の、まったく同じスピーチ。
どうしてこれで、心から反省しているように見えるというのか。
その答えは、反省なんかしていないから。
この場さえやり過ごせば、大丈夫だと思っているから。
が、もう遅い。
犯人をステージに上げて衆人環視の中で謝罪スピーチなんて、普通はさせないだろう。
それを敢えて謝罪させたということは、それが被害者への謝罪もしくは賠償及び和解の条件に含まれるということ。
つまり、杜若の親父さんあたりが、迅速に動いたのだろう。
許さないという、杜若の言葉は、本当だったというワケだ。
だが、付き合いの長い俺も、杜若の怒りの大きさを知らなかった。
「許さないっ!」
ステージ上での謝罪スピーチが終わった瞬間、聞き慣れた声がステージの袖から響いた。
杜若、あやめだ。
足早にステージへ上がった杜若は、元取り巻き女子一号に対して、冷たく言い放つ。
「進藤さんのその謝罪に、心はこもっていますか」
元取り巻き女子一号こと進藤は、無言で俯いている。つか進藤って名前だっけ。
一応覚えとくか。前にも聞いた気がするけど。
「このイベントを運営するために、運営側がどれだけの努力をしたか、知っていますか」
責め立てる杜若の言葉に、じっと耐えるしかない元取り巻き女子の進藤は、それでも無言を貫くつもりのようだ。
が、次の杜若の言葉で、その作戦は灰となる。
「イベントの主催者に、田中幸希くんに、謝って」
「は?」
元取り巻き女子一号の、進藤の無言の仮面が、割れた。
「なんで、なんであんな奴に謝る必要があるの?」
「リコが、幸希くんたちに悪いことをしたから、でしょ」
「……うざ」
「今、なんて言った?」
「ウザいって言ったの。悪い?」
「悪いよ。完璧に、全面的に」
「は? アンタまだあの陰キャの味方すんの。友だちやめて良かったわ」
閉幕式の会場、全校生徒が集まる体育館に、静寂が訪れる。
皆、壇上の二人の女子の応酬に、注目しているのだ。
しかし、杜若め。
とうとう全校生徒の前で、俺の名前を呼びやがって。
あとでサイダー買わせてやる。
「…‥取り消して」
「はぁ?」
「取り消してって言ったんです」
あ、これダメだ。
ですます調になってる杜若の怒りは、俺でも止められない。
サイダーは諦めるほうがいいな、うん。
「あなたは、世界一素敵な私の幼馴染の幸希くんを、傷つけたんです」
おい。
「それがなんだって言うの」
「世界一大好きな、未来の旦那様である、幸希くんを、あなたは傷つけたんです」
ちょい待てよ。
「だから、それが……」
「世界一大好きな、大事な人が傷つけられて、あなたは黙っていられますか!」
会場が、再び静かになる。
きっと学校のアイドルのこんな姿なんて、誰も見たことはない。
てか、見たくないだろうなぁ。
だって、俺が見たくないもん。
あー、はやく逃げ出したい。
不意に壇上の杜若の視線が、俺を見る。
「ごめんなさい、幸希くん。私は今、あなたとの約束を破っています。それについては、あとでいっぱいいっぱい怒ってください。でも、もう少しだけ、我慢してください」
……はは。もう、何も言えねえや。
「幸希くんに、謝ってください!」
杜若は、進藤に一歩近づく。
「謝ってください」
杜若の迫力に圧された進藤は、一歩下がる。
しかし、杜若は進藤を逃がさない。
一歩、また一歩と、元友人の進藤に、詰め寄った。
ついに進藤は、泣き出した。
杜若は、そんな進藤にさらに詰め寄る。
ようやく杜若の本気を悟ったのか、進藤はがっくりと項垂れた。
「……すいませんでした」
その謝罪は、マイクを通しても小さな声だった。
心からの謝罪とも思えない。
が、この辺が落とし所、だろうな。
「幸希くん、これでいい?」
杜若の問いかけに、俺は頷いた。
ステージ上から杜若は俺に微笑んで、その笑顔をそのまま俯いて泣く進藤に向けた。
「よかったね。幸希くん、謝罪は受け取ってくれるって」
これで一応の決着、かな。
しかしそれでも杜若の追撃は止まらなかった。
「あとは、刑事と民事の訴訟だね。賠償も百万単位だと思うけど」
現実を突きつけた笑顔の杜若は、進藤の肩に手を置いた。
「どうか、元気で頑張ってね」
杜若の笑顔に、元取り巻き女子一号、進藤はステージ上で崩れ落ちた。




