15 子午線の痕
八月も半ばを迎えた。
里帰りから帰った清水は、富士宮よりも暑い。
暦で言われる立秋の立場を改めて問いたい、そんな猛暑な残暑である。
そんな夏休みに、することはひとつ。
右手にサイダー。
左手にはポテチ。
そして目の前には、アニメの動画サイトを開いたパソコン。
さあ、俺の夏を取り戻す「田中くーん」え。
杜若の声だ。
が、杜若が高校の外で田中と呼ぶ時は、高校に関係する第三者がいるということ。
「おーい、田中ー」
ほら、案の定だ。
これは……同じクラスの王子さま、テニス部の加瀬か。
「どうせいるんでしょー、出て来なよー」
む。このムカつく口調は、杜若の取り巻き女子の一人、たしか進藤、だったかな。
よし、今ので決定。
断固拒否、居留守を貫く。
外の邪魔な音を遮断するため耳を覆うタイプのヘッドホンをして、いざアニメ鑑賞。
「おお、二期になってからのこのアニメ、作画上がったなー」
「いやその展開ある? エモ過ぎだわ」
「おお、そう来るか。今期のアニメは豊作か?」
富士宮に行っていた期間のアニメを三作品ほど視聴し終えて、背後の気配に気づく。
「杜若、に……加瀬、くん?」
「おばさんがね、部屋にいるから上がっていけって」
よく見ると、それぞれの手には汗をかいたサイダーのペットボトルがある。
「俺の買い置きを勝手に……」
「おばさんがね、どうぞって」
はいはい、そうだろうよ。
ったく、うちの母親は警戒心がなさすぎる。
もし大事な一人息子が、全裸でよさこいの練習とかしてたら、どうするつもりか。
どうもしないか。
しかし。
しかしだ。
これだけは言いたい。
「二人して俺のベッドに座るなぁあああ」
俺が半狂乱になりかけたので、場所を変えることに。
俺の家の近所には、都合よくファミレスがある。
もちろん杜若の家の近所でもあるのだが、俺たちの家よりもファミレスのほうが後にできた。これ重要ね。
「ふう。全員、水だけで良いか」
席に座るなり発した言葉に、加瀬くんは驚き、杜若は呆れている。
仕方ないじゃん。終日アニメ鑑賞を予定していた今日の俺にとっては、招かざる客以外の何者でもないし。
気を利かせてくれた杜若が、ドリンクバーをテーブルに並べてくれる。
ほら見ろ、加瀬くん。
突然うちに来たりするから、学校のアイドル様にお給仕をさせちまったぞ。
「で、いったいどういう了見で、俺の予定を踏み潰しに来たんだよ」
敵意たっぷりの物言いに、加瀬くんは固まる。
が、そこは幼馴染であり、学校のアイドルさまの杜若さんである。
俺の嫌味をひらりと躱して、いつもの学校スマイルで笑っている。
それが、今は無性に腹立たしい。
「用事ないのなら帰るぞ。まだアニメの途中なんだよ」
俺は財布から五百円玉をひとつ出して、パチンとテーブルに置いた。
加瀬くんにも杜若にも、奢られるつもりはない。
俺が立ち上がろうとすると、仄かに良い香りがした。
「お待たせしました。山盛りポテト富士山盛り、チョモランマスペシャルでーす」
なんだ、これ。
富士山だかチョモランマだか分からないが、超山盛りだぞ。
「もう少しだけ、だぞ」
俺は席に座り直して、黙々とポテトの山を征服することにした。
が、甘かった。
通常の二倍を超える山盛りポテトを食べ切るまで、まったくの無言というのは無理だった。
俺が無言でも、加瀬くんと杜若が会話をする。
その中で、なぜか俺と幼馴染ということまでバラしやがった。
いったい、どういうつもりだよ。
何がしたいんだよ。
思いながらも、ポテトを食べることは忘れない。
「ケチャップ、使わないんだな」
うるせえよ、テニス部の王子様こと加瀬くんよぉ。
俺はシンプルに塩でいくんだよ。
「そうそう、いつもケチャップ余っちゃうんだよね」
「いつも?」
はい杜若アウトー、自爆したー。
というか、俺も道連れじゃねえかよ!
仕方ない、軽くフォローだけしておくか。
「幼馴染なんだから、たまにポテトくらい一緒に食べるだろ」
「キャラメルポップコーンも食べたよ」
杜若テメー。
俺のフォローを台無しにする気か?
ケンカ売ってんのか?
ぜったい勝てないから買わないけど。
「あと、お祭りも一緒に行ったもん」
杜若の声に、湿り気を感じた。
「杜若、さん?」
ポテトを食べる手を止めた俺は、杜若──と、加瀬くんを見る。
この場に第三者である加瀬くんがいる以上、余計なことは言えない。
が、杜若の言動の理由が分からなければ、何の対処もできないのだ。
「ねえ、田中くん」
「なに、杜若さん」
思い詰めた表情で、杜若は俺を見る。
「やっぱり私、もう限界みたい」
「え」
杜若の表情は暗く曇っている。
その異変を感じ取ったのか、杜若の横の加瀬くんが、ドリンクバーに行く素振りを見せた。
さすが加瀬くん、できる王子様だぜ。
「ごめん。加瀬くんにも、聞いてほしいの」
杜若の鼻声に、加瀬くんも俺も、固まった。
無言の時間は、長く感じる。
残り少ない山盛りポテトは、もう冷めてしまった。
杜若はといえば、聞いてほしいと言ってから、俯いたまんま。
考えが、まとまらないのだろうか。
加瀬くんは、飲み干したグラスに残った氷が溶けた水を飲んで、この緊張感とノドの渇きと戦っている。
「悪い、杜若さん。飲み物だけ取ってくるわ」
目の前のグラスを集めて、ドリンクバーに逃げる。
もしかして、祭りのあとの、告白、か。
もちろん俺は、断った。
異性交際がどう影響するかは不明だが──
杜若が目指すという最優等生になるためには、ツッコミどころは少ないほうがいい。
それに、以前杜若から告白された時、俺は告げたはずだ。
杜若は、俺の、推し、だと。
テーブルに戻ると、杜若はいなかった。
そして、加瀬くんも帰り支度を終えていた。
「今日は、驚くことばかりだよ」
財布から千円札を出した加瀬くんは、俺に告げる。
「杜若さんの言葉、伝えておくよ」
──いつまで我慢すればいいの──
俺は、思いっきり殴られたような衝撃を受けた。
我慢していたのは、杜若だけじゃない。
逆を言えば、我慢していたのは俺だけじゃ、なかった。
「悪いな、加瀬くん。あと、ありがとう」
「今度はもっとゆっくり、話したいね」
優しい男だな、加瀬くん。
頭でっかちで陰キャな俺とは大違いだ。
俺は、久しぶりに杜若の家に走り出していた。
午後二時。
灼けるアスファルトはピークを迎えて、デッキシューズの薄い靴底を焼く。
数秒だけ迷って、杜若と書いた表札のある玄関の、チャイムを押す。
「……どうぞ」
すんなり招き入れられたことに驚きつつ、久しぶりの杜若家の中へ。
「これ、溶けちゃうから」
「うん」
途中のコンビニで買ったアイスを渡すと、杜若は無表情のままで受け取った。
「私の部屋、行く?」
「いや、リビングで」
ここで、ようやく杜若の表情が変わる。
が、それは寂しさの滲んだ顔だった。
仕方ない、本心を話すつもりはなかったけれど。
「おまえの部屋に入るのは、ちゃんと付き合ってからにしたい」
「え」
杜若の瞳が、大きく揺れた。
「それと、俺がここに来た理由は、本心を伝えるためだ」
「本、心?」
リビングに通され、革張りのソファーに腰を下ろす。
杜若は、麦茶を持ってきてくれた。
「あのさ、ひとつ大前提を伝えるぞ」
「うん」
俺は、目の前の麦茶を、一気に飲み干して。
「俺は、おまえ以外を好きにはならない」
静かに、告げた。
よし、言った。
言ってやったぞ。
これでもう、後戻りは出来ない。
「ねえ、幸希くん。どういう、意味?」
え、あ。
うわ、やっちまった。
言い回しを考え過ぎて、伝わりづらいパターンだよコレ。
「えっと、その……」
結局俺は、自身のわかりにくい告白を、説明する羽目になった。
「え、じゃあ、幸希くんは、私を好き、ってこと?」
「だから、そう言ったつもり」
「だったら、なんで断ったの?」
「俺の、わがまま」
そんな言い訳、通るはずがない。
が、杜若は俺なんかよりも遥かに思慮深い。
「わかった。ごめん、ありがとうね」
杜若に、笑顔が戻った。
はあ、やっと安心できる。
しっかし、あれだ。
高スペックで可愛くて、しかも俺なんかを好きでいてくれる。
そんな幼馴染と一緒にいて、他の女子なんて好きになるわけないだろ。
「しかも、おっぱいはEだし?」
「そうそう、この顔でこの性格で、この胸。完璧じゃねえか……よ?」
あれ、ぜんぶしゃべって、た?
「んふ、ぜんぶ聞いちゃった」
うわー、杜若さんたら、悪い顔してらっしゃる。
「幸希くんには振り回されてばっかりだからねー、たまには仕返ししないと」
杜若は、左手の人差し指をピンと天井に向けた。
「一分間、幸希くんは動くの禁止っ」
え、なに。なにが始まるの?
「動けない間の幸希くんの一分間は、私がもらいます。そのくらいの権利、あるよね?」
「あ、あるような、ないような」
「あ、る、よ、ね?」
「……はい」
押し切られて、俺は項垂れる。
いったい何をされるんだ。
まず最初に刺されるだろ……って、それで人生終了じゃねえかよ!
「じゃあ、そのまま動いちゃダメだよ。一分間チャレンジ、スタート!」
いつからチャレンジ企画になったのか。
それはどうでもいい。
ていうか、何する気だ……おい、近いって。
やめ、俺汗かいて……や、やぁめ……あっ。
「……ふう、ご馳走様でした」
俺、初めて女の子から、首筋にキスされました。
お読みくださってありがとうございます。
夏休みは録りだめしたアニメを消化するチャンス!
むしろそのチャンスしか……_:( _ ́ω`):_
よろしければ今後のお話もお楽しみください。
ではまた、明日の19:30に、この場所で。




