カゴの中の鳥
時は10年前に遡る。
祖父の形見のペンダントを手にしたら、眩い光の中、このフェリカ王国にいた。
右も左もわからず、途方に暮れていると、不審者として見做され、王城に連れて行かれる事になる。
そこで国王が判決を下すのだが、リリアはこのフェリカ王国の王族にしかない見た目の特徴を持っていた。
金髪碧眼は王族のみ。
異世界から来たのにおかしいと思った国王は、リリアが持っているペンダントに目を向けた。
「そのペンダントは…もしかして、ジョシュアという者のか?」
と静かに問いかけた。
「はい、このペンダントは亡き祖父、ジョシュアの物でございます。私が形見として譲り受けました。」
「そうか…もう亡くなったのか。ジョシュアは私の3番目のおじであった。その孫であるそなたも同じ見た目なのは言うまでもない。きっと帰り方もわからないだろう。そなたが結婚するまで、こちらで面倒を看る事に致そう。」
そう言って、国王はリリアの後継人となり王城での生活が始まった。
リリアはこの国の王妃となるように、18歳になった今でも王城で教育を受けている真っ只中だ。
そもそも何故リリアが王妃教育を受ける事になったのかというと、この国の王子が親族のみのパーティーでリリアに一目惚れしたというからだ。
リリアとジョナサンは近い親族関係。
他の公爵家からの方が良いのではという別の親族が進言をしたのにも関わらず、見た目で選んだのだ。
ジョナサンはその事に関しては一歩も引かず、とうとう周りまで呆れ返ってしまうほど、リリアに執着していた。
リリアは学院に通いたかったが、それも王妃教育で無しになってしまった。
このフェリカ王国の決まり。
王妃教育を受ける者は、他の者が通っている学院に通う事を禁ずると…。
理由は他の者と馴れ合うと王妃としての振る舞いに欠けるという。
しょうもない昔からのしきたりという理由。
朱に交われば赤くなるという事なのかもしれないが。
王子は貴族の後ろ盾や、他の者と交流する事で見聞を広める為に、通えるのだそう。
全く不公平なしきたりである。
「はぁ…ジョナサンのお陰で私はずっと籠の中の鳥なのかしら。」
変わり映えのない毎日に心底飽きている。
ジョナサンとはそのパーティー以来会っていない。
王妃教育に専念する為である。
これだとお披露目まで会えないという事だろうか?
もう10年近く外の世界を見ていない。
これも王妃教育の決まりである。
コンコンとドアを叩く音が聞こえる。
返事をすると、従者がやってきた。
「リリア様…長らくお待たせして申し訳ございません。ここから出る日が決まりました。」
この一言が幸か不幸か…
そんな事はどうでも良くて、出る日が決まりました。
という一言だけが、リリアの頭の中に響いたのであった。
その事を伝えたい相手がいる。
ジョンヨン・フェリカルツォーネ。
彼はジョナサンの弟だ。
リリアが王妃教育を受ける為、監禁状態を憂いで一緒に王城で教育を受けている、心優しい同級生。
1番に伝えたい相手が、婚約者の弟。
ジョナサンは婚約が決まって以来、一度もリリアのところに来なかった。
来れないわけではない、寧ろ婚約者なのだから、堂々と会うことが出来るはずなのだが。
だが、彼は一度も来なかった。
自分で一目惚れをしておいて、この有様だ。
一応王城の中なら、どこに行っても良いと言われているので、ジョンヨンの部屋に行こうとしたら、何やら話し声が聞こえてきた。
「ジョナサン殿下…私との婚約発表はまだなのですか?」
どうやらジョナサンの部屋の前に来ていたみたいだ。
今まで会っていなかったので、部屋がどこなのかもわからないままだ。
初めて知ったのが、別の女性と一緒の所とは最悪以外の何ものでもない。
しかも婚約発表と言った。
婚約者がいるのにも関わらずだ。
少し留まってみる事にした。
「もう少し待っていてくれ。婚約者が渋っているのだ。」
とんでもない事が聞こえた。
婚約者が渋っている。
はて?誰がそんな事を言ったのだろうか?
しかもこの10年間碌に会ってもいないのに。
ジョナサンは頭がおかしくなったのか?
「その婚約者のお方に早く解消する様に、私が直接申し上げたいですわ。」
とまたまたとんでもない発言が聞こえた。
王族の方に対しての礼儀が全くない。
大事な事なので、何度も何度も言うが、婚約してから10年も碌に会っていないのに、婚約破棄だのなんだのという話し合いすらない。
居た堪れなくなり、来た道を戻ろうとしたら、後ろに居た人にぶつかってしまった。
「申し訳ございません。お怪我はありま…ってジョンヨン殿下…。」
「やぁ、いい報告があると聞いていたから、リリアの部屋に向かおうとしたんだけど、まさかお兄様の部屋の前にいるとはね…。」
顔が笑っているが、怒っている。
何故ここの部屋の前にいるのかと目で問いかけてくる。
「実は道に迷ってしまって。偶然にもジョナサン殿下のお部屋の前に来てしまったというだけです。」
しっかり弁明はしたが、ジョンヨンはまだ顔が強張っている。
リリアと悪役令嬢とジョナサンの密会の現場に遭遇したから。
ジョンヨンは知っていたが、なるべくリリアの耳に入らない様にしていた。
ここにきて一気に崩れ去った。
部屋の外ではこのように会話しているとは気が付かず、悪役令嬢とジョナサンの会話はエスカレートしていく。
「リリアがこの世界にきて面倒を看ていたのは、父なのでな。婚約破棄の件も国王に相談しないといけない。」
「ところで、殿下の婚約者の方に一度もお目にかかった事がありませんが…。」
「それは、この国は王妃教育を受ける者は、王城にいる者以外、他者と交流してはいけないというしきたりがあるのだ。リリアは学院に通いたがっていたが、私が婚約者に選んだ為、削いでしまった。」
「えっ?王妃教育を受ける者は、他者と交流してはならないのですか!?
そんな厳しいしきたりでよく心が折れませんね。」
と若干国のしきたりに引いている。
「リリアにも婚約者としてお披露目がある日まで、会う事は不可と言われて…今どのような見た目なのか、全くわからない。」
えっ?
そういう決まりだったの…?
通りで音沙汰ないわけだ。
ジョンヨンには会って大丈夫なのか?
また新たな疑問が出る。
「あくまでも、婚約者同士は色々と問題を避ける為に会わせないという話だよ。」
とジョンヨンは言う。
ジョンヨンも男性だけど、間違いが起きないか心配じゃないのか?
護衛や侍女達がいる所で会っていたから問題はないという事だろうか。
「お兄様は、僕のことは眼中にないという事になるね。悲しいけれど、自分本位に生きているから。」
ジョンヨンはどこか遠くを見つめる。
確かに、リリアとの婚約もジョナサンの一方的な身勝手だった。
10年近くも前だと、記憶も曖昧になる。
「これだと、私は何の為にここに閉じ込められたままなのか。今からでも学院に通いたいくらいよ。」
「心配しなくても、お兄様はこの女性と密会していて、近く婚約者お披露目会で婚約破棄をする予定という事になるね。
そうなると、君は晴れて自由の身。
でもまさかあの女性に靡くとはね…。」
誰にも聞こえない声で囁いた。