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禁断食堂へようこそ  作者: 佐倉有栖
受賞作のフルコース
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第四話

 禁断食堂と書かれた看板が出ている店舗の前で、十夜は足を止めた。

 外観はさして特筆すべきところのない、普通の店に見えた。

 レンガの模様が描かれた壁紙に、銀色のノブがついた木の扉。小さな窓にはレースのカーテンがかかっており、中の様子を窺うおうとするが、何も見えない。

 あれから数度千早とやり取りをしたが、途中で既読もつかなくなった。おそらく、仕事でスマホに触れることができなくなったのだろう。


 小説から料理を作るという意味不明な言葉に、最初に十夜が思ったのは、小説()に出てくる料理を作るお店だと言うことだった。

 一時期漫画飯なるものが流行っていたので、それの小説版ではないかと思ったのだ。

 しかし千早はあっけなく十夜の考えを否定した。

 あくまでも小説()()料理を作るわけであって、小説()の料理を作るわけではないらしい。


「本当に、小説“から”料理を作るの。文章をコピペして、その一部の文字を食材として使って、他の小説から味付けをコピペして合わせるのよ!」


 普段はあまり感嘆符を使わない千早なだけに、語尾に追加された一文字がそれだけで彼女の興奮を伝えていた。

 千早は本気で、小説から料理を作っていると思っているようだが、常識的に考えてそんなことはあり得ない。文章をコピペして出来上がるのは全く同じ文章でしかない。例え肉と言う言葉が含まれる文章をコピーしてどこかに張り付けたとしても、それが本物の肉になることなど起きないのだ。


(もしそんなことが現実にあったなら、食糧問題なんて一発で解決するけどな)


 食材の名前を延々コピペすれば、無限に食べ物が手に入るのだ。いや、いっそのこと料理名をコピペしてしまえば良い。焼肉という二文字があるだけで、大半の人は幸せになるだろう。

 そんなことを考えていると、十夜のお腹が鳴った。千早との昼食のために朝食を控えめにしてきたため、空腹は最高潮に達していたのだが、胡散臭いお店に入るのは躊躇われた。

 文章から食材を取り出すということがあり得ない以上、考えられるのは千早が何者かに騙されていると言うことだ。

 常識人でしっかり者の千早が、あんな意味不明な言葉を信じてしまったと言うことは、相手はかなり口がうまく頭の回る人物なのだろう。できれば会いたくない人物だったが、このまま千早が騙され続けていてはいずれどんな犯罪に巻き込まれてしまうか分からない。


(相手を見て、ヤバそうだったらすぐ帰る。もっとヤバそうだったら110(ひゃくとおばん)


 運動嫌いでインドア派の十夜だったが、運動神経は良かった。

 駅までの最短ルートを思い描き、万が一の場合の逃走方法を思案していたとき、何の前触れもなく扉が開いた。


「あなたずっとそこにいるけれど、千早ちゃんの言ってた弟君かしら?」


 心地良い低音の声とともに顔をのぞかせたその人は、十夜が思っているような危ない見た目ではなかった。

 爽やかな好青年にも見えるが、同い年くらいの少年にも、威厳のある壮年にも見える。年齢不詳と言うのが一番ぴったりと来る顔立ちだった。


「……えぇっと……千早ちゃんの弟君……よね?」


 十夜の顔を確かめるようにジっと見てから、不安そうに少し間を置いた後で首を傾げた。

 男性が疑問に思うのも無理はなかった。十夜は百花とはよく似ているのだが、千早とは全然似ていないのだ。

 スラリとした長身に切れ長の目、モデルと見紛うほどに美人な千早とは違い、十夜は控えめな身長をしており、小動物のようにクリクリとした大きな目をしていた。百花と双子の()()だと間違われるほどに。

 幼いころはムッとしていたのだが、何十回何百回と言われ続けていれば諦めの境地にも達する。


「千早の弟の十夜です。いつも姉がお世話になっております」


 つい反射的にそんなことを口走ってしまい、すぐに失敗したと思いいたる。いくら見た目は普通だからと言って、彼が千早を騙している極悪非道な人物でないとは限らないのだ。

 一度下げた頭を上げるタイミングをうかがっていると、バシリと肩を叩かれた。


「んまぁー、良く出来た子だこと! お世話になってますなんて、そんなそんな! 本当、千早ちゃんに似て礼儀正しい子ね!」


 久しぶりに会った親戚のおばちゃんのようなセリフに、懐かしさを感じる。最近はほとんど行かなくなったが、母方の叔母にそっくりだった。


「さあさ、外は寒いから早く中に入って入って! 十夜君に風邪なんかひかせたら、千早ちゃんに怒られちゃう!」


 強引に十夜の腕を引っ張り招き入れる様子も叔母そのもので、促されるまま扉をくぐる。

 最初に感じたのは、ほっとするような暖かさ。次の感じたのは、紙とインクのにおいだった。

 食堂に入ったはずなのにおかしいと思う間もなく、部屋の壁三辺全てに並ぶ大きな本棚と、ぎっしりと詰まった本の数に圧倒される。今話題の新書から、古典の名作、絵本、洋書まで、ありとあらゆる本が並べられていた。

 時間の関係で最近はほとんど読めていないが、十夜は本が好きだった。一日中読みふけって徹夜したことも一度や二度ではない。

 読みたいと思っていたのに買う機会を逃して今の今まで忘れていた本に、一度は読んでおきたいと思いながらもなかなか手が出せないでいる分厚い本。繰り返し何度も読んだせいでボロボロになり、いつの間にか捨てられてしまってそれ以降本屋で見つけることが出来なくなったあの本まで。

 何時間でも眺めていたいほどのラインナップに目を輝かせる十夜の耳に、男性のしっとりとした声が聞こえてきた。


禁断(コピペ)食堂へようこそ!」

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