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禁断食堂へようこそ  作者: 佐倉有栖
私のミルヒライス
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第八話

「レラインちゃんがカイル君のために作った、あのミルヒライスですよ!」


 美和が焦れたような口調で補足する。

 穂乃果はややあってから小さく「あぁ」と呟くと、そのシーンを思い出した。


 孤児だったカイルは、小さな村の教会で育った。村の人は皆優しく、特に村長の娘のラナとは年が近いこともあり、かなり親しかった。

 いずれはラナと一緒になることを夢見ていたカイルだったが、魔物の襲撃で村の半分を焼かれ、ラナの両親を殺されてしまう。

 カイルはラナに必ず世界に平和を取り戻すと約束し、魔王を討伐する旅に出る。

 その道中、カイルの耳に村が襲撃されたというニュースが飛び込んできた。カイルはすぐに村へと戻ったのだが時すでに遅く、ラナは襲撃の際に死亡し、埋葬された後だった。

 ラナを守ることが出来ず、戦う目的を失いふさぎ込むカイルに、旅の道中で仲間になったレラインがミルヒライスを振舞うのだが、その味はラナの作ったものと全く同じだった。


「そこで、レラインちゃんは言うんですよ! “ラナとの約束はまだ残ってる。平和な世界を、カイルはまだ実現できていない”って」


 興奮気味にセリフを諳んじる美和の声に耳を傾ける。普段の彼女よりもやや低いのは、美和なりのレラインの解釈だろう。穂乃果もその点に関して異論はなかった。もしもレラインに声をつけるならば、落ち着いた声が良い。


「レラインちゃんは、村の生き残りに聞きまわってラナちゃんのミルヒライスを作ったのよね? カイル君は旅の最中、ラナちゃんの作ったミルヒライスの美味しさを仲間たちに自慢してたから。私、その後のレラインちゃんのセリフが大好きなのよ!」


 レラインがカイルにかけた言葉は、どんなものだっただろうか。大体のニュアンスも思い出せるのだが、はっきり何と言わせたのかまでは覚えていない。

 そのシーンにとっては大切なセリフでも、その後に何万字も書いているとさらに大切なセリフが増えていき、徐々に忘れて行ってしまうのだ。穂乃果の記憶力は人波で、何十万字も書いた文章をそっくりそのまま覚えていることは出来ない。

 そんな穂乃果とは違い、何十回も読み直した美和は一語一句正確に覚えていた。


「ラナは確かに死んでしまった。どれだけ焦がれても、もう彼女に会うことは出来ない。でも、彼女はいなくなったわけじゃない。この村に住んでいた人々の記憶の中にも、カイルの中にも、まだ彼女はいる。……ねぇ、カイル。私たちにラナのことをもっと教えて。私たちもまだ、ラナにいなくなってほしくない。だから、もっと彼女を知りたい」

「そうそう! それで、カイル君がラナちゃんとの思い出を話してるうちに、平和な世界を取り戻すって約束した日のことを思い出して、また剣を取るのよね!」

「あ、私そのあとラナちゃんのお墓参りするシーンも好きです! レラインちゃんがラナちゃんの墓標を抱きしめて“私たち、きっと親友になれるはずだった”っていたらカイル君が“今からでもなれる。ラナは、絶対にレラインを気に入っただろうから”って! 本当、あのシーン最高ですよ、胡桃先生!」


 熱量高く話しかけられても、どんな反応を返したら良いのか分からずに困惑してしまう。

 彼らと同じテンションで自画自賛することも出来ず、かといって正直に「実はそこまで覚えているシーンではないんです」と言っては興ざめも良いところだろう。結局は、ただ曖昧な微笑みを浮かべて頷くことしかできなかった。


「でも、どうしてミルヒライスなんですか?」


 ふと気になったことを口に出せば、学人と楽しそうに話していた美和が振り返った。笑顔のまま口を開き、直前で何かを思い出したように視線を上に向けると言葉を濁した。


「あの、何て言うか……レラインちゃんの作ったラナちゃんのミルヒライスって言うのは、私の中では背中を押してくれる料理の象徴だと思ってるんです。優しく包み込みながらも、それでも前を向いて歩いていく力をくれるものと言うか」


 今の穂乃果には、そんな料理が必要だと思ったのだろう。


「胡桃先生、今悩んでいることがありますよね?」


 押し黙る穂乃果に、美和がそう水をむける。

 心の中に広がるモヤモヤを、素直に美和に告げたほうが良いとは分かっているのだが、真央の言葉が未だに引っかかっていた。

 穂乃果の悩みは詰まらないことで、贅沢なもの。言ってしまったら失望されるかもしれない。

 ぐずぐずと考え込む穂乃果の額に、学人の中指が押し当てられる。グっと力を込めて押され、俯いていた顔が強制的に上げられた。


「あのねえ、美和ちゃんはただ単に穂乃果ちゃんの話を聞いて、頑張れっていうためにここに連れて来たんじゃないと思うわ。もし仮にそうだとしたら、ミルヒライスなんて頼まないと思うのよ。ただ頑張れって葉っぱをかけるためなら、魔獣のひれステーキあたりを頼むんじゃないかしら?」


 魔獣のひれステーキは、一口食べれば力がみなぎり、腹の底から活力がわいてくるという代物だ。カイル達一行が巨大な山に挑戦する前に、麓の村で食べたものだった。


「美和ちゃんは、穂乃果ちゃんの悩みを聞いて、受け入れたうえで、自分にできる精一杯のことをしようとしてるのよ。話してみるのも手だと思うわよ?」


 そっと背中を押すような学人の言葉に、穂乃果はギュッと胸元で手を握り合わせた後で、恐る恐る口を開いた。


「あの……私の話……って、本当に……面白い、ですか?」


 美和と学人がゆっくりと顔を見合わせ、全く同じ表情で一言「はあ?」と首を傾げた。

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