第六話
「文章をコピペして料理を作るって、どういうことなの? って顔をしてるわね。そのまんまの意味よ。私は、文章から食材を取り出すことが出来るの」
学人が手招きをするように右手を振れば、本棚から一冊の薄い本が飛び出してきた。本は真っすぐに学人の手の上に乗ると、パラパラと自動でページをめくり真ん中付近でピタリと止まった。
突然の出来事に、穂乃果はぽかんと口を開けたまま、今見たものが目の錯覚だと願うように目をこすった。久しぶりにしたマスカラが、人差し指の側面に黒い線を描く。きっと、舌の瞼にもクマのように色が映ってしまっただろうが、そんなことは気にならなかった。
「し……CGですか?」
最近見た映画に、同じようなシーンがあったことを思い出す。魔法使いが杖を一振りして、鍵の閉じた扉から首飾りを取り出したのだ。
穂乃果の言葉に、今度は学人がキョトンとする番だった。パチパチと瞬きをするたびに、長いまつげが揺れる。年齢不詳の彼だったが、その顔立ちは美形と言って差し支えないほどに整っていた。
「まさか、CGを疑われるとは思わなかったわ。えっ、CGってあのCGよね? 私の知ってるCGで間違いないわよね? コンピュータ・グラフィックスのことよね? 最近の若者言葉の略語とかじゃないわよね?」
「そ、そうです。はっ! でも、そう言えばコンピュータはいったいどこに……」
オロオロとする二人の間を、美和が割って入ると腰に手を当てた。
「もうっ! 二人とも落ち着いてください! 大体、胡桃先生は仕方ないとして、なんで学人さんがそんなに動揺してるんですかっ!」
「だって、CGを疑われたのよ!? 初めてそんなこと言われたんだから、取り乱しもするわよ!」
「そんな人間っぽい反応しないでくださいよ!」
「失礼なこと言わないでよ! 人間よ、たぶん」
やや自信がなさそうにそう言うと、学人は胸元で揺れるループタイを弄った。ターコイズ色の石が、宝石のようにキラキラと輝いた。
不貞腐れたようにぷくりと頬を膨らませながら、学人が開いたページを長い指でなぞる。ペラリと一文が剥がれ落ち、ふよふよと宙に舞った。
【卵フライパンの上に割り、妖精の火の中に入れれば、金色に光りました】
卵の文字を指させば、虹色に輝く卵が空中に浮かび、それ以外の文字がサラサラと崩れて消えてしまった。
手品を披露するかのように学人が卵を割る仕草をすれば、虹色の卵がパカリと割れて透明な卵白に包まれた卵黄が滴り落ちてきた。
【ケネスは捕まえてきたばかりの火の妖精をそっと放しました】
妖精の文字が、丸い火の玉に変わる。火の玉はクルクルと回転しながら虹色の卵へと向かい、一瞬だけ強く輝いた後にふっと消えた。後には燃えカスのように“妖精”の文字だけが残ったが、それもすぐに崩れてなくなってしまった。
学人がほのかに湯気の立つ目玉焼きを、どこからともなく取り出した真っ白なお皿で受け止める。透明だった卵白は白く固まっており、その中心では黄金に輝く卵黄がプルンと揺れた。
「これでもCGに見えるかしら?」
銀のナイフが目玉焼きを半分に割り、トロリと鮮やかなオレンジ色の黄身が流れ出した。見事な半熟に、思わず喉が上下する。
「本物……ですね」
「でしょう?」
心持ち自慢げに鼻を膨らませながら、学人がパチリと指を鳴らす。美味しそうな目玉焼きが目の前から消え、あれほど漂っていた卵の香りも嘘のように消え去った。
穂乃果は普段よりも強く脈打つ心臓に手を当てながら、先ほどまでお皿があった空間を手で撫でた。当然のように指先は空を切り、そこには何の感触もない。
「それで、文章をコピペして食べ物を作れるって言うのは信じてもらえたかしら?」
「……はい」
いまだに頭はついていけていないものの、目に見たものは嘘をつかない。穂乃果の理解があろうとなかろうと、学人は本の一文をコピペして食べ物に変えることが出来るのだ。
「ここにはメニューなんてないから、あなたの食べたい物を言ってくれれば大抵の物なら作れるわ。特定の本から食材を選ぶことも出来るし、あるかは分からないけれども特殊な食材だって用意できる可能性があるわ。例えば人魚の肉とかね」
「えっ、人魚の肉、ですか!?」
「実際に食べた子は、美味しいって言ってたわよ。ちなみに、人魚の肉って言っても人の部分じゃなくて足の部分よ」
だから大丈夫でしょうとでも言いたげだったが、とても大丈夫だとは思えなかった。
「食べた子は大丈夫だったんですか!?」
「大丈夫に決まってるでしょう。食べたのだって、食用人魚だし」
「食用人魚って何ですかっ!」
そう突っ込みを入れてから、ふと食用人魚と言う単語に覚えがある気がして穂乃果は宙を見上げた。
ごく最近、その単語をどこかで見た気がするのだ。そしてその単語は、恐怖とセットだったことを思い出す。
「あの……もしかして、その食用人魚って“罪華ノ村ハ永久ノ夢ヲ見ル”からコピペしたわけではないですよね?」
「あら、穂乃果ちゃん、あのお話読んだの?」
「読みました。一緒に受賞した先生のお話は全部目を通したのですが……」
ホラー耐性の皆無な穂乃果には、修行のような時間だった。全体的に不気味な話で、文章の上手さと相まって、夜には読むことができなかった。
「あの村で人魚の肉を食べるって言うのは、村と同化するって意味があったと思うのですが。食べた子は本当に大丈夫だったんですよね?」
「大丈夫だと思うわよ。だってここは罪華村じゃないし。穂乃果ちゃんも食べてみる? 牛肉に近い味みたいだし」
プルプルとかぶりを振りながら、穂乃果は見たことのない相手に対して何事もなく平穏無事に過ごしていますようにと祈った。




