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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それは君じゃない

それは貴様じゃない〜「それは君じゃない」シエル視点〜

 シエル様の頭の中は、こんな感じです。

 マトモなことも言ってる(と思う)んですけどね・・・。

 あと、主人公がサクッと人間殺してます。


 そして長いです。お時間のある時に。


 人間、やろうと思えば何とかなるものだな。


 異世界からミルステラ王国に迷い込んだピノアとか言うクソ聖女が、私の身体を依代扱いしやがり邪神を降ろしやがった。


 その邪神を抑え込み、取り込んで力を我が物とすることに成功した。


 全ては私の最愛の婚約者ロシー♡のお陰だ。


 邪神の力を完全に使うには人間として生まれた肉体を一度滅ぼす必要に迫られ、愛するロシー♡に心臓を貫いてもらった。


 天にも昇る心地だった・・・ハァ♡


 心地のままに昇天するには、遣り残したことが多過ぎるので、私とロシー♡の()()()()()の為に、ガッツリ邪神の力を振るいまくった。


 邪神の力で視えた未来は幾通りもある。

 だが、私が望み、選ぶのは一つ。

 それを()()()が、()()()にはあるのだ。


 私はロシー♡を愛している。

 だが、その肉体に拘り本質を見誤ることなど無い。

 視えた未来で醜悪な振る舞いをする「ドロテア・マリーローズ」が、我が最愛のロシー♡とは完全なる()()であることを私は見抜いていた。


 私はロシー♡の魂を、大切に大切に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()術式で包み、遠くの安全な世界へ隔離した。

 そして世界の時間を「ドロテア・マリーローズ誕生の瞬間」まで戻し、本来入るべき魂が別世界へ隔離された空っぽな「ドロテア・マリーローズ」の肉体に、戻る器を消滅させたクソ聖女の臭くて汚い魂を押し込んだ。


 これで準備は完了だ。


 あとは勝手に自滅していく「クソ聖女入りドロテア」が、邪神の力で視た未来をなぞるように嫌われまくる人生を進むだろう。


 ドロテア・マリーローズは、私の誕生の一ヶ月後に生まれたマリーローズ公爵家の娘だ。

 私は生まれながらに王太子となることが決まっており、王妃と同時期に懐妊したマリーローズ公爵夫人が産んだのが娘であれば、王太子の婚約者となることがドロテアが産まれる前から決まっていた。


 だから、ドロテアが産まれたその日に、ドロテア・マリーローズを私の婚約者とする王命が下されたのだ。


 どのような令嬢に育つかも、資質を備えているのかも分からない「生まれたばかり」で、『王命』を下して王太子の婚約者を決めるなど、迂闊に過ぎると思うが、実父である国王には()()期待していない。


 運が良ければロシー♡のような最高の女性である場合もあるが、運が悪ければ「クソ聖女入りドロテア」のような怪物が、次期王妃面をして王家の権威を盾にのさばるのだ。

 運に任せたツケで、「判断を誤った国王」として()()()()まで苦しむがいい。


 時を戻す前、聖女の強力な「治癒の力」に目が眩んだ国王は、世界に災厄を招く怪物にミルステラ王国を差し出したようなものだ。

 国王が「聖女ピノアの望みを叶えよ」などという『王命』を出さなければ、()()()、あそこまでの事態にはならなかったのだ。

 今は私のものとなった邪神の力で視たのだから、あれが国王の失策の結果だったことは確実だ。


 時間を戻した私は、最初は生後一ヶ月の赤ん坊からスタートしたが、実際には人間ではないので「赤ん坊の姿」は見かけだけのこと。

 この世界の中に限るが、転移で移動出来ない場所も無いし、人間が使う魔法など小手先の奇術に思えるほどに、自在に様々な現象を起こし、操ることが今の私には可能だ。


 そんな私は魅了の状態異常くらい解除してやれるのだが、面倒だから先に王家の廟からネックレスを回収しておいた。


 前回は、あの女が()()()()()王家の廟に案内されて人払いの要求も飲まれたが、今は王太子の婚約者と言っても、悪評ばかりで誰からも期待されていない()()()()()()()だ。

 アレが王家の廟へ入り人払いをするなど不可能なのだが、先手は打っておくに越したことは無いだろう。


 ついでに、古代遺跡の隠し部屋から『神従の首輪』も回収した。

 一度嵌められた経験から、今なら嵌められても行動が阻害されない自信はあるが、こいつはロシー♡に傷を負わせたので捨て置けない。

 キッチリと()()()使()()()をしてやるつもりだ。


 おっと、そろそろ最愛の呼び方を改めておかなければ。


 ロシー♡は馴染んだ呼び方だけど、今はクソ聖女が入った女が同じ名前で生きている。

 別の世界に避難させた最愛♡も、今頃「ドロテア」とは別の名前を持っている筈だ。


 うむ、「最愛♡」良いな。

 だが少々固いか。彼女の愛らしいイメージならば、もう少し軽やかで歌うような響きの音が良いな。


 そうだ、ディア♡にしよう!


 ディア♡

 マイ・ディア♡

 うむ、良いな。これで行こう。


 さて、マイ・ディア♡の為に、視えた未来から大きく逸脱しない程度で少々()()()()をしておくか。

 ()()とまでは行かないが、国王と王妃の権力と求心力は、私の年齢が上がるに連れて減少するように。それから、前回クソ聖女に魅了された者達は全員出世コースから外す。


 別に、個人的な恨みなどではない。

 魅了の魔道具の効果や発動条件を考慮すれば、魅了された者達は出世するに値しないのだ。


 あのネックレス型の魅了の魔道具は、元王女の持ち物だけあって確かに強力なものではある。

 だが、『神従の首輪』のような神具─神の力により生み出された道具─とは異なり、所詮は人間が作った「魔道具」だ。

 装着しただけで、誰彼構わず無条件に惚れさせる万能品などではない。


 あの魔道具の魅了の対象は、装備する者にとっての異性のみ。

 発動条件は、()()()()()()()()()()()()()()()身体接触。近付くだけではなく、身体に触れることが条件であり、嫌われている相手に触れてもノーカウントとなる。

 接触回数を重ねるほど魅了の効果は深くなるが、既に心の中に絶対的存在となる愛する対象が居る者には、何度触れても効果が無い。


 因みに、聖女の治癒の力を行使する際に、患部や患者に()()()()()()()()()()

 聖女や聖者の「治癒の力」は、患者に手を翳して治癒を願うだけで発動される力だ。

 これも、「神の慈悲」の一環と解釈されている。


 この世界の人間は、異世界からの迷い人が「神の慈悲」で強力な治癒の力を持っていることを知っているが、迷い人の側にとっては、この世界の人間は「得体の知れない異世界人」である。躊躇わずに身体に触れることが可能かと考えれば、容易では無いだろう。

 だが、治癒の力を証明しなければ、身一つで迷い込んだ異世界人が生きて行くのは難しい。

 だから、「神の慈悲」で触れずに治癒の力を発動させられる、という解釈だ。


 だが、私が取り込んだ邪神の記憶の中には、大昔の神々が迷い込んだ異世界人へ与える「神の慈悲」の内容を改める話し合いの様子がある。


 嘗て、この世界の王侯貴族は、「得体の知れない異世界人」に直接触れられたく無いからと、強力な治癒の力を持っている()()では異世界人の保護を認めず、迷い込んで早々に非業の死を遂げる異世界人が続いていた。

 そこで神々は頭を悩ませ、下手にもっと価値の高い力を与えても却って迷い人の危険が増すだろうと、授ける「強力な治癒の力」を「触れずに発動する」条件に改めることを決めたのだ。


 あのクソ聖女が「自動で授かる神の慈悲」で得た立場で世界を滅茶苦茶にしたことで、また神々は話し合いを開いて、今度は監視か選別のシステムでも構築することになるのだろう。

 まぁ、神々の「話し合い」は長いので、人間の一生程度の期間では終わらないが。


 前回魅了されていた者の中には、既婚者や婚約者の居る者も多かった。


 私自身が唯一と決めたディア♡以外に目移りしない質だからと、それだけで、「浮ついた気持ちを持つ男達」を出世コースから外す判断をしている訳では無い。

 気持ちが妻や婚約者から浮いて離れていたとしても、何故ソレ(クソ聖女)に触れることを許し、尚且つ魅了までされた? と言うのが最大の理由だ。


 魔道具の魅了が効いたということは、装着していた()()()()()()()()()()()()()()()()という証左なのだから、出世コースで職務を全う出来る能力を疑う。


 断じて私の好みの問題ではない。


 アレは「聖女」の看板を掲げているが、目付きと表情は凶悪犯罪者に似通い、態度は場末の娼婦が上品に見えるほどの阿婆擦れ、話す内容は齟齬だらけで嘘ばかりだと判じられるいい加減なもの。


 あれ程あからさまだったそれらに、たかが「聖女」の看板を掲げていただけで、王族の警護を担う近衛騎士や王族の側近が気付かず、身体に触れることを許すほどに警戒を解くなど、正面(まとも)に役目を果たせるとは思えない。


 国政の中枢や正しく繋がねばならない王家の血筋に、災厄や穢れを誘い込みかねない迂闊な無能者など、私の治世には必要無い。


 という訳で、サクサクと要らない奴らは選別して出世コースから外しておいた。


 ついでに、「ハニートラップに弱そうだから機密を扱う部署には一切回さないように」と通達してある。

 機密を扱わない騎士や文官など、前線の下っ端や閑職だけだがな。

 血筋と学業の成績だけは良い者が多いから文句は出るが、何人か見せしめに『失態の証拠』を公に出してやれば静かになった。


 転移出来ない場所の無い私に目を付けられたら、()()()()()()()()と安心していた物証も表に出し放題だ。ついでに、覗けない場所も無いからな。

 さぞ恐ろしかろう。


 尤も、私の能力は公開していないから「王太子には優秀な影が()()()()付いている」と思われているけれど。

 王も王妃も、国王直下の暗部も把握していない「王太子の影」って、何者だと想像しているんだろうねぇ?


 ああ、ディア♡

 早く会いたいよ。

 君が居ない世界は汚いモノばかりが目に付くよ。

 漂う空気も臭い気がするんだ。

 私だけじゃない。

 ()()君に救われていた者達も、大分、魂に傷を負っているようだ。


 セオドアは、溺愛する妹の光となってくれる存在だった君が居ないから、病弱で気も弱く屋敷から出られないモニカ嬢への心配と不安で余裕が無い。

 外面では落ち着いた穏やかさを保っているけれど、それは妹を守るための()()()()だ。

 積もる心労で、魂は疲弊し、深くはなくとも細かな傷が増えて行っている。

 そこに「クソ聖女入りドロテア」が絡んでいくのだから、ストレス値は非常に高いだろう。


 キースも、「幼少期に肯定してくれる()()()友人」だった君が居なかったことで、前は持っていなかった劣等感や卑屈さの裏返しである棘で心を守るようになっている。

 私だけではキースの「幼馴染みの友人」として、「救い」にはならないんだよ。

 私は王族で、キースは友人でもあるが臣下だ。キースは初めから、私が彼に求めているのは外見ではなく能力だと分かっている。

 それに私は同性だからね。外見へのコンプレックスを軽くしてくれるのは、同性より異性からの肯定の態度だ。


 ヨーグは、見殺しにしたら流石に君に嫌われ・・・はしなくても、悲しませてしまうだろうし、不要な罪悪感を抱かせてしまいそうだから、あの女に勘付かれないよう最低限の手助けだけしているけど、今の彼の人生は、ずっと「悲惨」の一言だ。

 表情も目付きも()とは別人のようだよ。本質は変わっていないのだろうけど。

 彼は元々、裏組織で育てられた孤児だ。()も、君に拾われるまでに随分と手を汚させられていた。今の彼の魂は、傷だらけで、その傷を覆い隠すように、かなり闇に染まっている。


 ねぇ、ディア♡

 ・・・実は、私が邪神の力で視た未来には、()()()救われる未来もあるんだ。

 けれど、私はそれを()()()()

 私が選ぶのは、私が君と、君だけと結ばれ愛し合う未来。


 君が私の腕の中に戻って来たら、ちゃんとやる気を出して彼らの救済にも力を尽くすけれど、それまでは彼らにも辛い思いをさせておく。

 それは、今は「ドロテア・マリーローズ」として生きているクソ聖女を、最も効果的に絶望させる時まで油断させておく為と、


 ・・・・・・個人的な感情だ。


 君は気付いていなかったようだけど、彼らは三人とも、君に恋心を抱いて慕っていたんだ。

 勿論、彼らはそれを気取られるヘマをするような無能でもないし、きちんと弁えていた。

 だから私は彼らの排除に動くことはしなかった。魅力的な君に恋い焦がれてしまうのは、仕方の無いことだしね。

 けれど、面白くは無かったんだよ。


 私が個人的な感情で、未来を知り、救済する力も持ちながら、傷付いている彼らを傍観していたことを知ったら、君は私を責めるかい?


 それでもいいよ。

 だから、ディア♡

 早く戻って来て。私の腕の中に。

 もう、苦しいよ───。


「糸が、切れたな」


 私の中から、久しく欠落していた歓喜の感情が湧き上がる。


 遠い世界に避難させていたディア♡を、その世界に繋いでいた、仮留めの糸のような(えにし)の糸が、切れた感覚を掴んだ。

 ディア♡が、この世界を、私のことを、今、思い出している。


 嗚呼、私と会いたいと思ってくれている?

 ねぇ、早く想いを言葉にして。

 ディア♡早く私の腕の中に───。


「シエル様?」


「お帰り、ロシー♡いや、マイ・ディア♡今の君の名前は?」


「え? あの、せと香、です」


 戸惑う黒髪の小柄な少女。

 間違いなく私のディア♡だ。魂の匂いが同じだ。

 今の名前は「セトカ」と言うのか。可愛らしい音だ。


 ああ、ずっと嗅いでいたい良い匂いだ。これはマイ・ディア♡の魂の匂いだったのか。

 どうやら私は、邪神の力で人間の魂を感知し判別出来るようになる前から、ディア♡の魂の匂いは感知出来ていたらしい。


 以前と変わらぬ、柑橘系の爽やかさを宿しながらも甘やかでジューシーな香り。嗚呼・・・思わず食べたくなってしまうよ、ディア♡

 君は相変わらず、なんて美味しそうなんだ!


「あの・・・?」


「うん。説明するよ」


 可愛らしくコテン、と首を傾げるディアを膝の上にガッチリ捕獲したまま、私は()()()()()()()()()をディア♡に伝えた。

 私の個人的な感想や、片付けの終わったゴミのことなど、ディア♡に知らせることではないからね。


 私の「説明」の後、ディア♡が話してくれた『ゲーム』とやらの内容は、非常に興味深かった。

 なるほど、あのクソ聖女が、持ち得ない筈の情報を持っていた理由が漸く判明した。


 漏れ出した邪神の思念だ。


 異世界人が迷い込んだいうことは、人間が通り抜けられる大きさの、その異世界と通じる穴があったということ。

 クソ聖女の居た世界と、この世界の境界には、クソ聖女が迷い込む前から邪神の思念が漏れ出す程度の穴が空いていたのか。


 因みに、私がディア♡を取り戻したのは「召喚」なので、偶々空いていた穴を通したのではなく、私の力で道を通して引き寄せ、ディア♡が通過した後から直ぐに道を埋めて塞いでいる。


 その『ゲーム』の全てが邪神の思念の通りではなさそうだが、娯楽用の商品のようだから、「現実に起こり得る未来」だけでは面白味に欠けるのだろう。

 受信した邪神の思念の中から、そのままで物語として楽しめる『未来』は採用し、それ以外は、色々な『未来』から「面白味のある部分」だけを切り取り、継ぎ接ぎして、娯楽性のある一本のストーリーにしたものと思われる。


 セオドアとキースが魅了される未来は、可能性はゼロに近いほど低いが、私も視ている。

 セオドアは妹が急死する未来で茫然自失の心の隙を突かれ、キースは父である宰相が政敵に冤罪をかけられて失脚した未来で、絶望を心の隙とされていた。


 私とヨーグが魅了される未来は、何処にも無い。

 その『ゲーム』的には「補正値」と言うらしいが、私の心にディア♡以外の者が住み着くことなど有り得ないし、ヨーグのあの女への憎悪と嫌悪も桁が外れているからな。


 しかし「補正値」という「設定」を、あの女が知っているというのは好都合だ。

 何の効果も無いレプリカを渡したフォローがそろそろ必要かと考えていたが、魅了効果を発揮しないのは「補正値」のせいだと本人が思っているなら放置でいいだろう。

 ヨーグを含め、周囲に当たり散らしているようだが、あの女の評価が益々下がる一因になるだけだ。


 素直に謝ったらディア♡も許してくれたことだし、今まで傍観していた彼らの救済にも着手しよう。

 そうすれば、今は「ドロテア」の従者の立場で当たり散らされているヨーグも、こちらで保護が出来る。

 ただし、私のディア♡に懸想させないように、治癒だけディア♡にしてもらったら、世話をするのは私の配下の誰かを付ける。


 そうそう。ディア♡は聖女と同等の強力な治癒の力が使えるのだ。

 何故なら、私が通した道を通過する時に、ディア♡も異世界とこの世界の境界を、()()()()()()通り抜けているからね。


 「神の慈悲」は、異世界からこの世界へ境界を抜けた時に自動で授けられる。

 監視も選別も無いままに、だ。

 よって、無差別に授けられる「特別な力」が齎す様々な混乱を最小限にする為に、「治癒の力」は()()()()()()()()()()()()()()()

 迷い込んだ異世界人の魂が肉体の死後何処へ行くのかは、彼らの元の世界の規定次第だからだ。


 だから、「神の慈悲」の特別な力は、当人限り一代限りの代物となる。


 今、異世界から召喚して取り戻した私のディア♡は、自動で授かった強力な「治癒の力」を持っているが、クソでも「聖女」だったあの女の()()()()()()()()()()()()()()から、あの女は今、()()()()()()()()()()()()()のだ。


 聖女と呼ばれる力を持っていたからこそ、欲に目が眩んだ国王が後ろ盾となり、好き勝手に振る舞えていたのだと、あの女は愚か過ぎて理解が及ばないだろう。

 ただ、「ドロテアになったら皆がチヤホヤしてくれない」くらいに考えて、思い通りにならない周囲に癇癪を起こし、更に人々から嫌われるだけだ。


 其処に、あの女が元居たと思われる世界から、『神が愛し子として()()した少女』が現れ、嘗て聖女だった時には自分が使えていた強力な治癒の力を持ち、自分が狙っている男達から愛を注がれる様を見せつけられたら、どう感じるだろう?


 あの女の知る『ゲーム』では、『ヒロイン』は()()されることになっている。

 それに、『ゲーム』に「聖女」などという呼称は出て来ないと言うではないか。


 あの女は、この世界に迷い込んで「聖女」と呼ばれ、特別扱いを受けることで自分が『ゲーム』の『ヒロイン』だと思い込んだのだろう。


 だが、あの女は偽物だ。

 『ゲーム』の『ヒロイン』でもなければ、私が視た『未来』で愛されて幸せな結末を迎える少女でもない。


 自分は()()なのだと、あの女に、じわじわと思い知らせてやる。


 とか考えていたら、ディア♡が物凄く可愛らしいことを言って泣き出した。


 あの『ゲーム』の『悪役令嬢』のドロテアになる未来がディア♡に有るのなら、私の側に居ることをディア♡自身が許せない、って!


 そんな未来、有るわけが無いのに!


 絶対無いから大丈夫だよディア♡

 だって魂が全然違うから。輝きも色も匂いも形状も、あのクソ聖女の汚物魂とは完全なる別物だからね!

 ディア♡に『悪役令嬢』になる要素なんて全然無いよ!

 なろうと頑張っても無理だと思う。それくらい魂の質が違うから。


 嗚呼、ディア♡が愛しくてたまらない・・・。


 大丈夫だよ、ディア♡もう、絶対に()()()()からね?


「さぁ、本物の『悪役令嬢』を追い詰める準備をしよう。ディア♡も協力してくれるね?」


「はい」


 ああっ! か・わ・い・いっ‼


 フゥ~。人間だった頃、興奮を表に出さずに隠し切る教育を受けておいて良かった。

 ディア♡を怯えさせたり、変態だと思われたくは無いからね。

 バレないように匂いは嗅ぎまくっているけど、まだペロペロはしてないからね、大丈夫、バレてない。


 さて、先ずは私の持つ神の力でミルステラ王国の神殿に神託を降ろそうか。

 神の力さえ有れば、「神の意思」を受け取る場所に神託を降ろすことが出来るのだ。それが()()()()()()()()()()()()

 私という「前例」が出来たことで、その辺りも、そのうち神々が話し合って対策するのだろうが、対策が取られるのは早くて数百年後だ。

 今、私の邪魔をする存在は何も無い。


 神託の内容は、そうだな。


『ミルステラ王国王太子シエルの腕の中に、我が愛し子を召喚し、授けた。決して二人を引き離すこと無く愛し子を大切に扱えば、ミルステラ王国の抱えた【災厄の種】を芽吹かせずに排除することが叶うだろう』


 こんなところかな。

 今頃、神殿は大騒ぎだろう。神官達が駆け込んで来る前に、ディア♡と打ち合わせを済ませて、この部屋の結界を解いておこう。

 ディア♡との再会を誰にも邪魔されたくなかったから、この部屋には強固な結界を張っていたのだ。


 やがて慌てた足音が幾つも近付き、焦ったようなノックが鳴り響いた。


「入れ」


 入室を許可すれば、入って来た者達は、私が膝の上に乗せて抱え込む、この世界の人間には見られない容姿の少女を視界に入れて絶句する。

 私は少々神の力を混ぜて場を支配し、厳かに告げる。


「神託があったのだろう。私も、この娘と共に授かった。神は、神の愛し子を異世界から召喚し、私の伴侶として与えられた。これは、()()()()()()()()()()()()を憂えた神からの恩寵である」


「は、伴侶、で、ございますか?」


「そうだ。神託によれば、国王が選んだ私の伴侶は『災厄の種』であるらしい。憂えた神が、私に選んで授けてくださった伴侶がこの娘だ。名をセトカと言う」


「セトカ様、であらせられますか。その、神の愛し子様なのですよね? 殿下には婚約者様がいらっしゃいますし、伴侶というのは建前でそちらは神殿に頂ける方なのでは・・・」


「貴様、神官でありながら神の意思に逆らうか」


 そう言えば、あまり関わりが無かったから神殿の腐敗には手を入れていなかったな。

 「神の愛し子」として現れたディア♡を神殿の権威を高める道具として要求して来るとは。

 私のディア♡を、奪おうとするとは──万死に値する。


「ギャアッ」


「「「ひっ」」」


「おや、神の意思に逆らい権力欲に溺れていた神官は、神罰を下されたか」


 ディア♡を要求、それも物のように寄越せと言って来た神官に、私の怒りが神の雷となって向かい、その身を貫いた。

 勿論、ディア♡の可愛いお顔は私の胸に伏せさせている。見て楽しいものではないだろうからね。


「他に、神託を捻じ曲げる神殿の者は?」


「「「おりません‼」」」


「そうか。神は愛し子を私の伴侶として与えられた。決して引き離すな、とも仰せだ。そして、国王の選んだ現在の婚約者が、神の憂える『災厄の種』だともな。ああ、もしや、そこの神罰を喰らった神官も『災厄の種』に属する神の憂いだったのかもしれんな」


「な、なんと」


「神の意思に逆らい神託を捻じ曲げようとし、この国の『災厄の種』に与して神の憂いとなった『神罰を下されし者』だ。神殿が適正に処理しろ」


「「「ははっ」」」


 神の怒りを買い、神罰を目の前で下された()()()()()同僚の成れの果てに、神官共は大いに怯えている。


 神託など滅多に降りるものではないからな。敬虔な信仰を持つ神官よりも、権力欲の強い者の方が神殿内で上位に座しているのが現状だ。

 今も、神託で出現を知った「神が召喚した愛し子」を、私を丸め込んで奪い取り、神殿に囲って洗脳し、「愛し子の言葉は神の言葉」とでも喧伝して、愛し子を「自分達に都合の良い文言を喋る道具」にしようと駆け付けたのだろう。


 そのような『未来』を、()が許す筈が無いだろう?


 神殿側は片付いたな。怯え切って、もう私に逆らう意思のある者など居ない。


 私は神官共の後ろで控えていた侍従や文官達に指示を出した。

 ディア♡を()()()にお披露目する打ち合わせの為だ。

 私の現在の婚約者である「クソ聖女入りドロテア」の父と兄であるマリーローズ公爵とミカエルも、否やは無いだろう。


 国王からの横槍も入ることは無い。


 ただでさえ、「王太子シエル」の年齢が上がるに連れ、王と王妃の求心力及び権力が減少するよう手を回していたのだ。

 ミルステラ王国の成人年齢は十八歳だが、もう一年足らずで成人する「王太子」に譲位して引退することを望む声は、既に大分、大きい。


 加えて、今回の神託だ。


 ()()ドロテアの振る舞いもあり、国王の評価はドロテアの悪評が高まるほどに引きずられて下がっている。

 神託によって、「国王が選んだ婚約者」であるドロテアは、「災厄の種」であり「神の憂い」だと断じられたのだ。

 国王の権威失墜は、最早、覆せるものではない。


 神殿は腐敗しているが、権力組織としては十分に使える。寧ろ、使いやすい。

 その神殿も、「神に憂いを齎した国王」より、「愛し子の伴侶として神に選ばれた王太子」の支持を表明して来るだろう。


 目の前で神罰の下る瞬間を見せられたならば、服従する他の選択肢など残っていない。

 神の怒りで神罰を下されるなど、神殿内での地位が危うくなるどころか、一族郎党が異端審問にかけられる恐れもある最悪最底辺の罪人の扱いとなるのだから。


 さて、各所からの()()()()()によって「体調不良」を訴え、自室に逃げ隠れた王は放置して、私は呼び出した者達と打ち合わせだ。


 先に呼び出したのは、マリーローズ公爵と、その嫡男ミカエル。

 ディア♡がロシー♡だった頃、彼女を溺愛していた仲の良い父と兄だった者達だ。


 先ずは神託の内容を二人に告げ、「ドロテア・マリーローズ」との婚約は破棄となることを通達した。

 ただし、然るべき場を設けるので、今しばらくは婚約破棄の事実を伏せる指示も出した。

 二人は、「ようやく肩の荷が下りた」という表情で、粛々と指示通達を受け入れた。


 両名とも、あの「クソ聖女入りドロテア」が「未来の王妃」となるくらいなら、自分達の手を汚す覚悟も決めていたそうだ。


 未だに婚約が維持されているのは、失策が相次ぎ求心力の下がり続ける国王が、()()()()()()()()()()を認められずに王命の撤回が出来ないだけ、という噂が信憑性を持って流れていたので様子見をしていたが、「王太子の成人」までに撤回されなければ、娘を、妹を、手に掛けるつもりだったと言う。


 この忠臣である二人から、()()の娘であり妹であるディア♡を取り上げたことを済まなく思う気持ちはあるが、ディア♡をそのまま「ドロテア・マリーローズ」として誕生させる『未来』では、どの選択でも若くして他人に殺されるのだ。

 私は、この『未来』を選択したことを後悔しない。


 召喚した時に着ていた服から、ミルステラ王国のドレスに着替えていたディア♡が、立ち上がって二人に見事なカーテシーを披露する。


 魂が覚えているのだろう。


 それは、マリーローズ公爵もミカエルも、呆然と見惚れるほどに完璧な所作とカーテシーだった。

 彼女は、王妃教育まで優秀な成績で修了した、最高の淑女だった。

 今も、それを記憶に残したまま、凛とした立ち姿で二人に正しいミルステラ王国貴族の挨拶の口上を述べた後、自分の立場と召喚の経緯を説明した。


「両親を亡くしたことで、あちらの世界との縁の糸が切れたそうです。その際、こちらの世界の神様から、シエル様と共に『災厄の種』と戦い、ミルステラ王国の救いとなってほしいと、お呼びかけいただきました。天涯孤独の身の上、私でお役に立てるならばと、召喚に応じた次第でございます」


 説明の内容は私との打ち合わせの通りだが、ディア♡の所作や話し方、耳に心地良い雑音の無い上品な声は、内容以上にマリーローズ公爵達にディア♡を「未来の王妃に相応しい女性」として納得させた。

 そして、初対面だと言うのに、常ならば慎重な公爵から提案が出される。


「天涯孤独の身の上と言うならば、我がマリーローズ公爵家に籍だけでも入れてはどうでしょうか。さすれば『家同士の契約』を盾に反論する勢力を黙らせることも容易いでしょう。勿論、その場合は危険な『災厄の種』は我が家から切り離しておきます」


 ディア♡のクリクリと丸い黒い瞳が、驚きに僅かに見開かれ、伺うように私を見上げた。

 その瞳の中に、隠し切れない喜びと期待が揺れるのを見つけ、私は苦笑した。

 記憶は無くとも、公爵もきっと、何かしら感じるものがあったのだろう。

 ディア♡も望んでいるのなら、公爵達から彼女を取り上げた負い目のある私に異論は無い。


 ディア♡がマリーローズ公爵家の籍を有することになる代わりに、現在の「ドロテア・マリーローズ」が公爵家から縁を切られると聞いても、ディア♡が躊躇ったり罪悪感を持つことは無い。

 ディア♡は優しく、魂も清らかで美しい。


 だが、それと怒りは別だ。


 ディア♡は、ディア♡の大切な人達を傷付け、欲望のままにミルステラ王国を崩壊させたクソ聖女も、「王太子の婚約者」でありながら責務を果たさず権力だけを振りかざし、ディア♡が大切にしていた人達を苦しめる「今のドロテア」も、許していないのだ。


 優しい面を持ち、美しく清らかな魂の持ち主であっても、残酷な判断を後悔無く下し実行出来るディア♡

 その真っ直ぐな怒りは、責務を果たす者の誇りと、守りたい大切な人達への愛情から。


 嗚呼、君ほど私の妃に相応しい存在は無い。


 ドロテアとの婚約破棄が確定されたのを機に、ドロテアが王家の廟から王女の埋葬品を盗み出すようヨーグに命じていたことを公爵らに伝え、ヨーグをこちらで保護することを申し出た。


 公爵は「仰せのままに」と頭を垂れ、ドロテアには、「ヨーグは王家の影に連行された。心当たりはあるか」と告げれば、保身の為に黙るだろうと自ら提案した。

 流石に、娘として十七年見てきただけあり、ドロテアの思考パターンを把握している。


 ドロテアとの婚約破棄宣言、公爵家からの除籍及び放逐、諸々の所業の断罪は、ディア♡の披露目の夜会で一気に行うと決め、手順を打ち合わせて公爵達は退出させた。


 次は、セオドアとキースを呼ぶ。


 あの女が、「ドロテア・マリーローズ」となり婚約者の居る身でありながら、この二人に異常なほど執着して纏わり付いていたのは、彼らが『ゲーム』の『攻略対象』だったからか。

 聖女の肉体と力を失い、偽物の『ヒロイン』ですらない『悪役令嬢』の役回りになっていることに、『ゲーム』を知っていて何故思い至らないのだろう。


 まぁ、異常者の思考など、大概が理解し難いものか。


 私の護衛であるセオドアと側近のキースにも、神託の内容を伝え、ディア♡を紹介する。

 勿論、「神が()()()()()()()()()()()()召喚した愛し子」としてだ。

 懸想する余地は初めから潰しておく。

 親しみと敬愛だけ持って()()()()に、よく仕えてくれ。


 セオドアには、「セトカと同じ年頃の妹が居たな?」と水を向け、ディア♡の趣味が刺繍であること、以前聞いていたセオドアの妹の趣味と合うのではないかということ、そして「お前の妹なら信頼出来る」と締めくくり、妹のモニカ嬢にディア♡の友人候補として城に上がってくれるよう要請した。


 ディア♡からモニカ嬢のことを質問され、しばし会話を交わしただけで、セオドアは陥落した。

 あくまでも「ファン」としてだ。懸想はしていないし、させていない。

 ずっと気弱過ぎる妹のことで気を張っていたセオドアは、感動の面持ちでディア♡に謝辞を述べ、()()の人生では初めて見る晴れやかな笑顔を浮かべていた。


 キースにも、「私の側近として、いずれ王妃となるセトカを支えて欲しい」と告げる。

 ()()は相当に猜疑心の強くなっているキースは、ディア♡を入室時からジッと観察していたが、出迎えた時の見事なカーテシー、黙って座っていても醸し出される気品あるオーラと高位の貴婦人を凌ぐ完璧な所作、セオドアとの会話から窺える知性と教養を兼ね備えた気遣いに、文句の付け所が無かったようだ。


 その上で、二人にディア♡の披露目の夜会で行う予定のあれこれを話せば、目を輝かせて前のめりになった。


 二人とも、それほどあの女が嫌いか。

 そうだろうな。私も同意見だ。


 二人に執着するあの女を煽るために、ディア♡を慕う態度を見せるよう依頼すれば、物凄く楽しそうに快諾した。


 キース、お前のそんな活き活きした表情を、私は()()初めて見たぞ。余程の鬱憤が蓄積していたのだろうな。

 心配するな。もう、お前のストレス源の一番大きなヤツは消える。

 私の妃になるのは、既に前の人生で王妃教育を完了しているディア♡だからな。

 お前に回る仕事は随分と減るから、安心してイライブ家の跡取りとして婚約者探しの見合いをしろ。私も良さげな令嬢を探してやる。

 ディア♡にさえ懸想しないなら、お前の嫁は他国の王女でも構わないぞ。


 さて、ディア♡の為に、私の色を使いまくった独占欲を誇示する披露目の衣装と装飾品を手配しよう。


 ディア♡の安全の為だと、神託は未だ公にしていない。


 密かに進められる披露目の準備の合間に、保護したヨーグの怪我はディア♡の治癒の力で治した。

 この世界の治癒魔法では完治不可能な深い古傷も多く、ディア♡の愛らしい顔が悲しみと怒りで強張っていた。

 許せん、あのクソ女。


 ヨーグは感謝のあまり、ディア♡へ崇拝の念を抱いたようだ。

 恋情ではないから容認することにした。


 従者として側に居させられたヨーグは、「ドロテア・マリーローズ」の悪事の証言者としても役目を果たしてもらう。

 今までの私の配下による助命行為にも恩を感じているようで、身体も万全に動かせるようになった今、鍛え直して私の影として仕えてくれることになった。


 ディア♡への想いだけで()を待っていた私に、人間だった頃の心が戻って来る。


 マリーローズ公爵、ミカエル、セオドア、キース、ヨーグ、私がディア♡を取り上げたことで笑顔を失わせ、魂に傷を作らせた者達。

 彼らの表情が、目の輝きが、失われた日々を鮮やかに心に甦らせる。


 そして、ディア♡の披露目の夜会の日が訪れ、あの女の断罪劇の幕が上がる。


「ドロテア・マリーローズ! ミルステラ王国王太子である私は、貴様との婚約を破棄し、ここに居る神の愛し子として()()されたセトカを、()()()()()()()()()()()()ミルステラ王国の次期王妃とすることを宣言する!」


 騒めく貴族達と、「はあっ⁉」と下品な大声を上げて壇上の王族席へ駆け上がろうとし、()()()()()()()()()に押さえ付けられ跪かされるドロテア。


 大柄な近衛騎士三名に押さえ付けられながらも、酷く暴れて「何言ってんのよ!」「馬鹿じゃないの⁉」「ワケ分かんない!」「フザケンナァっ‼」と喚き立てるドロテアは、王太子の婚約者として相応しくないどころの話ではない。


 粗暴にして下品で醜悪。


 紳士達は嫌悪に顔を歪め、貴婦人や令嬢達は恐ろしい化け物を見てしまったかのように、開いた扇の陰で顔を青褪めさせている。


「神殿長!」


 呼べば白髭の老人が、偉そうなローブを纏って仰々しい羊皮紙を掲げながら進み出る。

 床に押さえ付けられ、跪かされ、今は轡で口も塞がれたドロテアの前に立ち、神殿長が読み上げるのは、先日神殿に降ろされた「神託」の内容。


 納得がいかないと轡をギリギリと噛んで食い千切ろうとし、寓話の悪鬼のようにギョロギョロと浅ましく目玉を剥くドロテアに、神殿長も頬を引き攣らせ、周囲の貴族達が一層距離を取って空間が開く。


 ドロテアへの反応と対を成すように、「神託」や「神の愛し子」の文言と、厳しい教育を受けた貴族であれば一見で判じられるディア♡の気品溢れる佇まいに、会場の貴族達からディア♡に向けられる視線は好意的なものが多い。


 それは、無理矢理従者にされ、日々虐待を受けていたヨーグによる数々のドロテアの罪深き所業の証言と、幼少期から受けていた治癒魔法では治せない深い古傷まで完治させたディア♡の治癒の力と優しさを聞き知ることで、更に強まった。


 会場の貴族達の心は、今や一つである。


 ドロテア・マリーローズは「悪」。

 神の愛し子セトカは「善」。


 そして、神の愛し子の伴侶として選ばれた私は、「正義」だ。


 壇上の王族席で、私の隣に立ち、セオドアとキースに大切そうに守られ、ヨーグに恭しく跪かれるディア♡を、焦げ付くような殺意を込めて睨み上げるクソ女。

 噛み締め過ぎた轡の端から、血が流れ落ち、床を汚す。


 さぞ悔しかろうな。

 貴様が受けたことの無い視線を、態度を、心を、()()()出会ってまだ間もないディア♡が、貴様の狙っていた男達から受けているのだ。


 いい気味だ。


 マリーローズ公爵と嫡男ミカエルも、ドロテアの前に進み出た。

 憎々しげに、嫌悪と侮蔑を込めて見下ろしながら宣言する。


()()()()()()()()殿()()()()()()であることを盾に、公爵家当主の父、次期公爵である兄の言葉にも耳を貸さず、怠惰な放蕩三昧の果てに薄汚い犯罪者に成り果てたお前を、娘とは認めぬ。この場にて、ドロテアをマリーローズ公爵家から除籍し放逐することを、マリーローズ公爵家当主として宣言する。そして、神の愛し子セトカ様をマリーローズ公爵家の養女として迎え入れる許しを得ていることを、この場で公表する」


 会場に走るどよめき。だが、それは感嘆の情が多分に含まれるどよめきだった。

 マリーローズ公爵によるドロテアの追放と、ディア♡にマリーローズ公爵家の籍を与えることは、ミルステラ王国社交界に於いて好意的に受け入れられた。


 ドロテアが、公爵や兄ミカエルから度重なる厳しい叱責や忠告を受けても、「王命」や「次期王妃」の立場を盾に何一つ振る舞いを改めようとしなかった場面を、この場のほとんどの貴族は目撃したことがあるのだ。

 それに、ディア♡を迎え入れることで、貴族が重んじる「家同士の契約」を反故にする事態も避けられる。


 王よりも上位の「神」という存在からの「神託」により、明確にされた『王命の失敗』。

 王が誤った判断での『王命』を出し、撤回もせずにいたことでドロテアが増長したことは明白。


 この場で曝されるドロテアの醜態は、国王への失望と不信感を煽り育て、急激に肥大させていく。


 それらが破裂する寸前のタイミングで、私は国王に退位を求める宣告をした。


 もう、時勢に逆らう力など、王には残されていない。

 命が惜しければ、穏便な退位で済む内に受諾するしか無い。


「シエル陛下、万歳! 愛し子セトカ様、万歳!」


 誰かが声を上げると、我も我もと続く時勢を読むに長けた貴族達。

 新王と新王妃の誕生を歓迎する熱狂に包まれた会場で、呆然と座り込む「クソ聖女入りの()()()ドロテア」。


 まだ、終わりじゃない。


 貴様の知る『ゲーム』だって、夜会でエンディングが終わりはしなかっただろう?


 熱狂の夜会も閉幕し、退位した元国王と元王妃をそのまま王族幽閉用の離宮へ連行させて放り込んだ。


 あの大歓迎の譲位劇の後では、元国王の失策のお陰で甘い汁を吸っていた一部の汚職貴族共も、口を噤まざるを得ない。

 奴らも時勢を読むに長けた者達だからこそ、生き残って来た貴族だ。

 邪神の力で覗いてみれば、私に取り入る方策を必死で練っているところらしい。


 奴らについては、煩わしくなるまで捨て置こう。

 私は、最後の仕上げに忙しいのだ。


 マリーローズ公爵の協力を得て、私とディア♡は、マリーローズ公爵家敷地内、地下牢の在る離れの前に居る。

 私達の前には、跪いて一仕事を終えた報告をするヨーグ。

 彼には他の私の影達と共に、墓暴きをしてもらっていた。


 掘り起こしてもらった墓は、「今のドロテア」の企みや横暴で理不尽な死に追いやられた人間達の墓だ。

 遺体の状態に関わらず、掘り起こして地下牢に運び込ませた。

 中の臭気は凄まじいことになっているだろうから、入る前にディア♡の周りに汚物や臭気も遮断する結界を張っておく。


 手足を拘束され轡を付けたまま、引きずり出されるドロテアは、まだ自分が救われる道が有るとでも思っているのか、ディア♡への殺意も凶暴性も失っていない。


 元気だな、こいつ。


 ・・・まぁ、その方が()()も楽しめるか。


 ヨーグが恭しく地下牢へ続く扉を開け、凄まじい臭気が下から昇って来る地下へ降りる階段を、臭気に反応して酷い顔になっているドロテアを引き摺る影達が先に降り、その後をディア♡をエスコートする私が続き、殿(しんがり)をヨーグが務める。


 どれだけ抵抗しようと、ドロテアの拘束が解けることも、影達から逃れられることも無い。


 墓から掘り起こした遺体が積まれた地下牢へ辿り着き、中へ押し込む前に、ドロテアの首に『神従の首輪』を装着した。


 当然、これは本物だ。


 ドロテアの目玉が驚愕に見開かれ、次いで「泥棒」とでも叫んだのか聞き苦しい濁音が轡の合間から漏れる。

 私は嗤った。


「ヨーグが貴様に渡したのはレプリカだ。首輪も、ネックレスもな。本物は初めから私が所持していた。放り込め」


 話すことは出来ないと言うのに、何やらまた喚こうとするドロテアを牢内に放り込ませ、ガシャンと音を立てて頑強な扉を閉じ、鍵を掛ける。


「愛し子の伴侶に選ばれたお陰で、私は人智を超えた力を手に入れている。その一端を披露しよう」


 時を戻す前、クソ聖女が首輪の力で私を隷属させて使った、アンデット化の力。

 自我も意思もある状態の私であれば、もっと()()()使()()()が出来るのだ。


()()は皆、貴様に強い恨みを持つ死者だ。その恨みの感情を残したまま、アンデット化した。彼らには、思うままに恨みを晴らし、貴様を嬲り尽くせと命じる。嬉しいだろう? 貴様は男好きの阿婆擦れだからな」


 ドロテアと同じ牢内の遺体達が、ゆっくりと、その損傷も激しい身を起こし始める。

 ここに来て漸く焦りを見せる愚かな女に、私は優しげな笑みを浮かべてやった。


「心配は無用だ。貴様も()()()()()()ようにしてやろう」


 生者のままでは、アンデット化した男達に襲いかかられたら瞬殺だ。

 一瞬で終わる恐怖や苦痛など意味が無い。


「貴様もアンデット化してやろう。記憶も、痛覚も、正気も残したまま。それらを失うことが出来ぬよう設定し、何度でも破壊された肉体を再生しながら、不死の死体(アンデッド)として、私の気が済むまで、ここで永劫に、貴様に恨みを持つ男達から嬲られて過ごすが良い」


 くぐもった絶叫。

 だが、それに反応する者は、牢の扉の外側には居ない。


 ディア♡の視線を受けて、私は影達とヨーグを外に出した。

 ここからは、()()()()を持つ者だけの話だ。


 ディア♡が私から一歩離れ、このドロテアには真似のしようも無い完璧なカーテシーを見せつけてから、冷ややかな声で名乗りを上げる。


「わたくしは、嘗て『ドロテア・マリーローズ』だった者。『聖女ピノア』の所業を許さず、その末路を見届ける為、この場に立つ」


 厳しくも麗しい表情、圧倒的に高貴なオーラ。

 惚れ直す私の前で、ディア♡は、驚愕に動きを止め、怨嗟の呻きを上げる亡者達に掴み倒され、埋もれていく「今のドロテア」の姿を視界に収める。


「今、この世界の『ドロテア』は『悪役令嬢』であり、運命に用意された末路は悲惨なもののみ。今の私は『ドロテア』に非ず」


 そして、厳しい表情を一変させ、ふわりと甘さの漂うような愛らしい笑みを浮かべたディア♡が、私の腕を取り、しっとりと身を寄せた。


「今の私は、()()()()()()()()の、愛し子。この世界を、この国を、シエル様を、『ハッピーエンド』に導く為に身命を賭す者」


「ああ・・・ディア♡素敵だ。マイ・ディア♡愛しているよ」


 見つめ合う私とディア♡


「な、なんで⁉ なんでよ⁉」


 亡者達の力で轡が千切れたのか、口が自由になったクソ女が汚い声でがなり立てる。


 ああ、煩いな。


 私は、時を戻す前から今まで、ディア♡の前では一度も見せたことの無い冷酷な顔付きを、邪魔者に向けた。


「そんなの、決まっているだろう。愛される『未来』を持っていたのは貴様じゃない。それだけだ」


 そして、私はディア♡を抱き上げ、踵を返す。

 もう、ここに用は無い。

 邪魔の入らない所へ行って、素敵な続きをしようね、ディア♡


「愛しているよ、ディア♡」


「はい。私もです。シエル様」


 遠ざかる背後で、()()が叫んでいるが、気にするようなものではないだろう。


 階段を昇り、外に出て、ディア♡を抱いたまま帰路に着く。


 漸く、終わった。


 あとは、幸せになるだけだ。


 ディア♡も、私も。

 ディア♡が大切にしたい人々も。


「ねぇ、ディア♡私は今、幸せだよ」


「私もです。シエル様」


 腕の中に、君がいる。

 話しかければ、君が返してくれる。


 とんでもなく幸せな状況に、私は少しだけ、人間だった頃を思い出して、涙が出た。




 人間を辞めた後のシエルは、「自らが選んだモノ」と「それ以外」の区別が、人間よりも残酷なほどに明確です。


 今のシエルは、最終的には「ディア♡」以外どうでもいいと考えています。

 人間だった頃には本心から大事だった親友や部下も、「ディア♡」の自分への評価に影響が無いなら平気で使い捨てる気です。


 シエル様、もう人間じゃないので。

 ベースはシエルだし主人格もシエルですが、邪神と混ざってますし。


 だから、『それは君じゃない』は「ハッピーエンド」じゃなく「多分ハッピーエンド」なストーリーとして書きました。


 この話の主人公はシエルなので、こっちは「ハッピーエンド」ですね。

 シエル視点では「ディア♡」さえ手元に居るならハッピーなので。



【蛇足】

 シエル様の「ディア♡」の魂は、多分オレンジ色に輝いていて、丸っこい形をしていると思います。


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