終話:裏切者(ユダ)は誰だ?!
100人近くの老人達が俺達9人を見下ろしている。円を作って。
彼らは聖老院……この天界の政治を取り仕切るお偉いさん方だ。
「聖霊王、並びに『大罪の七聖霊』よ。此度の敵軍の討伐、ご苦労であった」
「悪霊王が目覚めた今、最早我々に時間の猶予は無い。人間の自殺件数は、ここ100年間以上に増加する事だろう。我々が悪霊王を討伐せぬ限り」
「そして今回、貴様らから申し出のあった『転生街の下人の位を聖霊に格上げする』件、了承しよう」
俺の隣に立つ誇郎……プライドの兄が、希望に満ちた笑みを浮かべた。
天界は、どうやら三つの身分構成で出来ているようだ。
一つ目は、転生街の下人。転生街は、天界各地に合計88か所存在する。
二つ目は、聖霊城に住まう、俺達聖霊。俺と『大罪の七聖霊』以外にも、100人近くの聖霊がいる。
生まれつき聖霊の家系に生まれる者もいれば、プライドのように下人から成り上がる者もいる。
三つ目は、先のお偉いさん方、聖老院。彼らのメンバー構成は、ここ1000年以上変わっていないらしく、立場的には、『大罪の七聖霊』以上の身分だが、この俺、聖霊王とは対等レベルの身分だとか。
今回のような「下人を聖霊として認めるか否か」のようなジャッジは、彼らに任されている。
先日の悪霊王との戦闘の功績が認められ、プライドの兄は聖霊の仲間入りを果たした。
「貴方には、お礼を言っても、言い切れないわ」
聖霊王の玉座で脚を組む俺に、プライドがそう漏らした。
「兄の才能を見出してくれて、ありがとう」
頬を赤らめるプライド。初めて見る、少女らしい柔和な笑み。
「俺の力じゃない。お前の兄に、たまたま才能があっただけだよ」
「それを見つけてくれたのは、貴方よ」
「お前の目的は、果たされたか? もう、兄を楽させる為に聖霊王の座を狙う必要は無いよな?」
「……新たな目的が出来たわ。貴方に恩返しをする。貴方と共に、悪霊王を討つ」
「そうか。これからも、よろしく頼むぜ」
俺は彼女と握手を交わした。
「私、やはり今の貴方の方が、昔の貴方より好き。1700年分の功績を積み重ねて、自信家と成り果てた貴方より、今の子供っぽい貴方の方が」
「子供っぽいって……これでも高校生になる17年分の記憶はあるんだぜ?」
「17歳なんて、まだ子供よ。1700歳の男に比べたら」
「まあ……確かに……」
「お二人共、お話し中の所申し訳無いのですが……」
ラストの声だ。他六人の『七聖霊』が、俺の部屋に入って来た。
「今回の悪霊王の襲撃、いくつか不可解な点がございます」
「不可解な点?」
「我々の住まう聖霊城は、空中移動要塞です。日によって天界中を巡回しております。今回聖霊城が根差していたのは、全88か所存在する転生街の、第55番区にあたります」
「ここ、移動要塞だったんだ。初めて知った……」
「悪霊達が、何故我々が現在、『第55区』に居た事を知れたのか、その情報の出所が気になります」
「その疑問は、私も抱いていたわ」——とプライド。
「100年前も、似たような状況がありました。悪霊サイドに、我々の情報が筒抜けた状況が。その時は、我々天界サイドに、悪霊側のスパイがいました」
「スパイ?」
「天界の霊が、悪霊達に情報を売ったのです。当時のスパイの正体は、転生街に住まう下人達でした。当時の聖霊王様、及び聖老院の政治に不満を持った下人達による反乱」
「ラスト、貴方は今回もその可能性があると言いたいの?」
「その可能性もありますが、プライド。それにしても情報が敵に漏れるのが速すぎると、私は思います。犯人がいるとしたら、第55区に住まう転生街の誰かか、あるいは————」
「……この聖霊城に住まう、聖霊の誰か……?」
「聖霊王様がご復活された事を現在知る者は、聖霊達しかいないのです。下人で知る者がいるとしたら、プライドのお兄様くらいですが、それならばわざわざプライドの手を借りたでしょうか? 聖霊王様と共に悪霊達と戦ったりしたでしょうか?」
「私の兄さんは……確かに私を聖霊王に就任させようと企んでいたけど……悪霊達と結託するような人じゃない……」
「心配すんなよプライド! ここに居る誰もお前の家族を疑ったりしてねーって!」————とラース。
「聖霊王様。私は、聖霊の中にユダ……裏切り者がいると考えております。100人の聖霊の中の、誰か。今後、この城内に住まう者達への警戒を強化しようと考えております」
「本当は仲間の事を疑いたくないけど……そこは任せるよ、ラスト」
☆
夜となり、ベッドに横たわる俺。
ここ数日で、色々な事が起こり過ぎた。
何故だか、聖霊王とかいう凄い存在になっていたり。
悪霊とかいう、悪い奴らが現れたり。
七人の美少女に慕われたり。
その美少女達の一人の、悩みを解決してあげたり。
敵の親玉が現れたり。
そして今度は……裏切者探し。
(目まぐるしく、状況が変わるな)
ふと、先日の悪霊王との闘いを、思い出した。
最後に現れた『大罪の七悪霊』とかいう連中についてだ。
七悪霊……という組織名なのに何故か——、
六人、しかいなかった。
一人足りなかった。
今回の、裏切者の件に関係あるだろうか?
俺のよく知る天界の霊は、ラスト、ラース、プライド、プライドの兄の四人のみ。
この中に裏切者がいる可能性は、低い。何せ聖霊は100人、下人はそれ以上いるのだから。
とはいえ、俺の動向をよく知るのは、俺の身近にいる霊だ。
まず調べる事があるとしたら……悪霊達が転生街に出現した時刻。
その時刻を知る人物がいるとしたら……プライドの兄、誇郎だ。
まずは彼に会いに行こう。敵が身内にいる可能性があるならば、俺も秘密裏に情報収集せざるを得ない。
翌日、早朝。
聖霊城は、直径1キロ近い、巨大な城だ。
その城の最上階が俺、聖霊王の間。
一般の聖霊は、俺の部屋の下に住まう。
「俺に何の用だい? 聖霊王様」
俺はプライドの兄、誇郎の部屋に訪れていた。小さな個室だ。
「アンタに聞きたい。あの日、悪霊達の襲撃があったのは、何時だった?」
「それは、空に穴が開いた時刻の事を聞いているのか?」
「そうだ」
「アレは確か……昼の十六時半……くらい?」
「十六時、半か」
……ラストが、俺の部屋に敵襲を報告してきた時刻は、十六時ニ十分。
——ラストの報告と、実際の敵襲があった時間に、10分の差がある——?
誇郎の部屋を出た俺は、歩いて自分の部屋に戻る。通路を歩きながら、思考を巡らす。
(そもそも、いくら情報を集めても、確信に至れる程の情報ではない。疑惑止まりだ)
「聖霊王様! どこにいらしたのですか!?」——廊下を行く俺に、ラストが声をかけて来た。
「あー、ちょっとな……」
「私には言えない事……。まさか! プライドかラースの部屋に!?」
「何故そうなる、この色欲の聖霊めが……」
「私、色欲を冠していますが、それほどエッチじゃありませんよ?」
唇に指を当て、愛らしく笑うラスト。子供染みた笑みだ。
こんな子が裏切り者なワケ、無いか……。
「そうだ! 今日私、幼稚園にお手伝いに行く日なのですが、聖霊王様もご一緒にどうですか?」
「幼稚園……?」
転生街にも、治安の良い区と悪い区があるらしい。
基本的に、番号が小さい程治安が良く、大きい程悪い。
俺とラストは、2番区にやってきた。
2番区は55番区と違い、美しい街並みだ。道はきちんと舗装され、出店なんかもいくつか。
そして今、幼稚園内で子供達と遊んでいる。
「皆! にらめっこって知っていますか?」——ラストが園児達をあやしている。
園児達は素直にラストの言う事を聞いている。俺は、そんな彼女の様子を園内のベンチに座って観察。子供達と同じ目線になって遊べる勇気が、俺には無い。
ラストも、元々人間だったのだろう。鬼ごっこ、じゃんけん、だるまさんが転んだ……人間の子供ならば一度はする遊びを、子供達に教えていた。
……ふと、思った。人間は死ぬと、この天界に赤ん坊として生まれる。
その際、記憶はどうなるのだろう? 0から始まるならば、俺が人間だった頃の記憶を覚えている筈が無い。プライドも、人間だった頃の記憶を引き継いでいる。
もしかしたら、それも産まれ持った霊力の多寡が関係するのかもしれない。下人は0から記憶が。聖霊は、人間時代の記憶を引き継いでこちらにやってくるのかもしれない。
「聖霊王様! 今日はデートして頂き、ありがとうございます!」——隣合わせに歩き、街を行く俺とラスト。そろそろ夕暮れ時だ。
「お前、子供をあやすのが上手いんだな」
「私、人間だった頃は幼稚園の先生だったんです!」
「道理で
「この2番区には私、よく来るんです。幼稚園を置ける程治安の良い転生街は、一桁台の区だけですから。……私の夢は、全ての区に幼稚園が置けるくらい、世界全てを平和にする事です」
「55番区は……かなり荒れてたもんな……」
「聖霊王様! この街には高台があるんです! そこで夕日を見ましょう!」
まったく、ラストは子供のように元気一杯だ。
高台に立つ俺達。全身で夕日を浴びる。草むらから、優しい風が入り込む。
「2番区は、年中春のような気温なんです。年中咲いている桜なんかもあるんですよ!」
「区によって、気温も違うんだな」
「55番区のように、年中冬のような気候の区では、作物も実りにくいです。気候の問題で貧富の差が産まれている部分もあるかもしれません」
「気候の問題なんかも、悪霊王が関係しているのか?」
「いいえ。こればかりは、悪霊王を討伐したからどうこうなる問題ではありません。誰かのせいではない、誰にもどうしようのない問題です……」
「悪霊王を倒したからといって、全ての問題が解決するワケじゃないって事か……」
「誰も、自分がどこに生まれるかは選べません。貧しい家庭か、裕福な家庭か。人間の家庭か、聖霊の家庭か、下人の家庭か……あるいは、悪霊の家庭か」
「悪霊も、家庭を持つのか?」
「彼らの上位存在は、知性を持ちますから。我々と同じく衣食住を伴います。……ただし我々と違い、彼らの食料源は、『人間の絶望』ですが」
「そう思うと、悪霊って奴らも気の毒な連中だな」
「彼らは、別に悪意をもって人を襲っているワケではありません。生理現象として、胃袋を満たすのに人を襲う必要があるというだけの話です。人間が昆虫を食せないのと同じような物です。悪霊は、人間以外食料に出来ない。彼らの胃袋が受け付けない」
「……なんとかならねえかな。人間と霊と、悪霊が共生する方法、見つからねえかな……」
「……聖霊王様、やはり昔より少しお変わりになりましたね?」
「何故そう思う?」
「記憶を失う前の聖霊王様は、敵に情け等かけないお方でした。それが貴方様の良さであり、同時に、欠点だとも私、思っておりました」
「欠点……か」
「おこがましい物言いで申し訳ありません。ですが、物事の良し悪しは表裏一体です。優しさには、甘さも含まれております。厳しさには、無慈悲さも含まれております」
「じゃあ、今の俺は、『甘い霊』という事か?」
「悪く言えば、甘い。よく言えば、優しいお方です。それは、記憶を失う前の貴方様が持っていなかった物です。今の貴方様ならば——」
「?」
「今の貴方様ならば、本当の私も、受け入れて下さるかもしれませんね」
瞬間——ラストの背中に、黒い翼が生えた。
白い肌は、みるみる褐色に染まっていった。その姿はまるで……まるで……、
「あく……りょう……?」
「そうです、私がユダ……裏切者ですよ、聖霊王様」
裏切者? ラストが、裏切者?
「私は『色欲の七聖霊』であると同時に、『色欲の七悪霊』でもあるのです」
「ワケ……分かんねえよ……。どういう事だよ……?」
「聖霊王を最も監視下における存在は、『七聖霊』という事ですよ、聖霊王様」
「それより、何でさっきまで霊だったお前がいきなり悪霊に姿を変えられたんだよ!?」
「私は、悪霊と霊のハーフなのです。悪霊界にて、捕虜の霊と悪霊の間に産まれた霊的存在……それが私です」
「ハーフ……だと……?」
「姿形を自在に、霊側にも悪霊側にも変える事が出来る。スパイとして、私はうってつけの人材だったという事です」
「お前さっき、俺に『世界を平和にしたい』って、言ったばかりじゃねえか!?」
「聖霊王様にとって、『世界』の中に悪霊界は含まれないのですか?」
「……っ!」——その彼女の問いかけに、俺は黙る他なかった。
「先程、私は『物事の良し悪しは表裏一体』と申し上げましたね。ならば、霊側が正義で、悪霊側が悪等という勧善懲悪でこの世界が成り立っているとは、言えない筈です」
「ラスト……お前は……」
「私は『霊と悪霊のハーフ』だからこそ、それぞれの種族の長所短所が、見えているのです。悪霊が人を食すのは、『食さざるを得ない』だけなのです。聖霊王様だって、食事抜きでは、飢えて死ぬしかないでしょう?」
「何故今、この場所で俺に正体を明かした? 不意打ちで俺を暗殺すれば良かっただろう?」
「貴方様に情が湧きました。100年前の貴方様であれば、会話の余地等なく、悪霊を皆殺しにされていたでしょうが、今の貴方様には慈悲の心がある。霊と悪霊の共生の道を、一緒に模索してくれるかもしれない……。だから敢えて、この場で正体を明かしたのです」
「俺が……お前に応じると思うか?」
「応じて下さい。私の手を握り、一緒に悪霊王様の元へ行き、ヒト、霊、悪霊……三種族の共生の道を話し合いによって見つけましょう」——俺に、褐色に染まった手の平を伸ばすラスト。
俺は……どうすれば……?
「見つけだ! あそこよ!」「おいテメェ、ラスト! その姿は何だ!?」——プライドとラース、他『七聖霊』達が、坂の下からやってきた。ラストの霊力の変化を感知したのだろう。
「もう見つかってしまいましたか……。聖霊王様、そろそろお別れです」
ラストの背後に、異空間に繋がる穴が出現した。悪霊界に繋がる穴……?
「悪霊王様は殺し合いを望んでおられると思いますが、私は貴方様との話し合いを望んでおります。どうか次合う時までに、我々と共生する方法を探し出して下さい。期待しております」
その言葉を最後に、彼女は異空間の中へと消え去った。
「聖霊王! 無事かしら!?」「怪我ねえか聖霊王!?」——七聖霊達が高台まで辿り着いた。
アイツは……俺を暗殺するつもりでスパイとして来たんじゃなかったのか……?
だが、俺を殺さなかった。
それは何故なら……俺が本当に、誰の血も流さずに悪霊と霊、人間が共に生きる方法を見出す事が出来る王だと、考えたから。
「……プライド、ラース、皆……」
「「「「「「??????」」」」」」
「俺に、霊界の歴史を……悪霊界の歴史を……もっともっと、学ばせてくれ……」
知識を、もっと身に付けなければ。
ラストは俺に時間を与えた。問題を解決する為の、時間を。
次彼女に会った時、解決法を示す事が出来なければ、ラストとも闘いになるだろう。
俺はアイツと……闘いたくない。
「ラストは……幼稚園児の遊び相手になるくらい……心優しいヤツだったよ……」
「聖霊王、貴方……泣いているの……?」
「俺、アイツを殺したくない。殺し合いたくない」
「オイオイ、そんな子供みて―に泣くなよぉ……こっちが反応に困るだろぉ……」
武力だけでも、知識だけでも。
今の俺には、どちらも足りない。
俺の中に、新たな目的が出来た。
ラストを取り戻す。そして、世界を「本当の意味」で、救う。
殺し合いだけじゃない、「本当の意味」で……。