彼女(プライド)の誇り。そして、ゴシックドレスのラスボス
「聖霊王様、昨日はとんだご無礼を働き、大変申し訳ございませんでした」
翌日から、プライドは昨日と打って変わって、俺にかしこまるようになった。
「どうしたんだよ、昨日と随分様子が違うじゃないか」
「昨日あの後、とある事をきっかけに、『七聖霊』の一人としての自覚が産まれました。貴方様が私を抱きたいと言うならば、我が身、喜んで差し出します。私の喜びは、貴方様から寵愛を受ける事であると自覚致しました」
「へっ! やっと自分の立場を理解しやがったか! プライド!」——とヤンキー娘、ラース。
「聖霊王様の『我々を武器に変える異能』無くしては、悪霊王を討つ事は叶いません。我々あっての聖霊王様ではありません。聖霊王様あっての我々なのです」——とロリっ子ママ、ラスト。
……それから城の中で、やけにプライドは俺に迫るようになった。
玉座で脚を組んでいれば「肩をお揉みしましょう、聖霊王様」。
風呂に入ろうとすれば「お背中お流ししましょう、聖霊王様」。
飯を食う時なんかは「私の作った料理からお食事下さい、聖霊王様」。
————一気に距離を詰めて来た。それも無表情で、淡々と。
違和感丸出しだ。厳しい表情のまま甘えた行動を取ってきて、表情と行動が一致していない。
そして、夜になり、俺が寝室で寝ていると——、
トントンッ、とドアをノックする音が聞こえた。
「……誰だ?」
「プライドです。聖霊王様、入って宜しいですか?」
「……ああ……」
扉が、開かれる。
そこに立つプライドは、黒いキャミソールしか来ていない。脚や胸元がはだけている。
普段の白い羽衣を纏っている時以上に、セクシーな姿。
「こんな時間に……何の用だ?」
「分かりませんか? 女性が夜にこんなはだけた服装で男性の部屋に入ってくる理由。貴方様の寵愛を受けたく、参りました」
「昨日はあんなに俺の事嫌っていたのに、急にどうした?」
「今朝申し上げた通りです。七聖霊の一人としての自覚が芽生えたのです」
「……兄に楽な生活を送らせる為か?」
「な……なぜソレを!?」
「悪いな。昨日、お前の霊力を追って、跡を付けていた」
「……そうか、忘れていた。聖霊王には『私達を武器化する能力』ともう一つ、『鋭い霊力探知能力』がある事を……」
「何だって?」
「何でも無いわ。それで、私をどうするワケ? 七聖霊からクビにでもしてみる?」
「……そんな事はしない」
「昨日の兄と私の話、聞いていたのでしょう? 私は貴方を暗殺して、自分が王になるつもりだったのよ?」
「……知ってると思うけど俺、聖霊王として生きた1700年分の記憶が無いんだ」
「……」
「俺は、17歳の高校二年生……そこで記憶が止まっている。高校での俺は、無能な陰キャ。クラス内で空気のような存在……だった」
「……」
「お前ら七聖霊は、俺を有能な人間だと思っているみたいだけど、そんな事は無い。お前達に慕われるような器じゃないんだよ、俺は」
「……何が言いたいの?」
「プライド、お前には、人間だった頃の記憶はあるか?」
「……ある」
「相当優秀な人間だったんじゃないか? お前程の美貌と器用の良さならば。料理も上手いし、家事も出来る。その上、知的に物事を論理立てて考える」
「……人間の魂が、現世の体と知性を引き継いで天界に来るなんて、誰か言ったかしら?」
「俺の体と知性が、人間だった頃と同じなんだ。当然、引き継いで天国に来ると考えられる」
「……ええ、貴方の言う通り。私は、人間だった頃も、常に優秀な人間だったわ。高校では生徒会長に選ばれたし、大学ではミスコンで優勝したりなんかもしたわ」
「そんなお前は……俺とは真逆の人間……いいや、真逆の霊だ。俺は落ちこぼれ。お前は秀才」
「それは人間だった頃の話でしょ? 今は違う。私は貧民街から産まれた落ちこぼれ。だから『七聖霊』になれるくらい努力して、優秀な霊である事を周囲に証明した」
「今の俺は、心が『無能な高校生』のままだから、『優秀な人間』としてのお前の気持ち、分かってやれないかもしれない。けれど——」
「!?」
「『貧民街から産まれた落ちこぼれ』としてのお前の気持ちならば、同じ『落ちこぼれ仲間』として分かってやれると思っている」
「記憶を失った今の貴方は、私と出逢ってまだ間もない。何故そこまで……?」
「それは、人間だった頃、誰かに何かを与えられる程、俺に力が無かったからだよ。今は、お前達『七聖霊』の力になってやれる。そういう異能が、今の俺にはあるから」
「……私の兄は……」
「……」
「私の兄、誇郎兄さんは、私の備わっている高い霊力に、私が赤ん坊だった頃から気づいていた。あの兄と私は、実は100歳も年の差があるの」
「……」
「兄は私以上に、両親に苦労させられた。仲が悪くてね……最期は刺し合いになった……らしいわ、兄から聞いた話だと。私はまだ赤ん坊だったから、両親の事あまり覚えていないの」
「お前は、兄をどうしたいんだ?」
「幸せになって貰いたい。私を利用しているような兄だとしても、私が大人になるまで男手一つで育てて貰ったのは、事実だから」
「霊界は、霊力の高さが全て……だよな? 富むか、貧しくなるかも」
「ええ。兄は霊力がからっきし。だから腕っぷしで成り上がる事は出来なかった」
俺の憶測だが、霊界の男は女以上に、霊力の高さがモノを言うのかもしれない。
……「霊力による社会的地位」について、一つだけ疑問が残る。
「俺って、霊力あまり高く無いんだよな?」
「高くは、無いわ。でも代わりに、貴方には特殊な霊能力がある」
「つまり、特殊能力を持つ霊ならば、高い社会的地位を得られるという事か?」
「……何が言いたいの?」
「特殊能力は、霊それぞれが持って生まれた、先天的才能なのか?」
「先天的な場合もあるし、後天的な場合もあるわ。ある日突然、特殊な霊能力に目覚める事なんかも……」
「もう一つ、質問したい。俺の能力は、『七聖霊を武器に変える能力』なのか? それとも————『全ての霊を武器に変える能力』なのか?」
「……その質問の答えは、後者よ。貴方は霊ならばどんな存在でも武器に出来る」
「……もし、霊としては弱いヤツでもさ、武器になったらメッチャ優秀なヤツだったら、社会的な価値が産まれると思わないか?」
「貴方、何を考えているの?」
「お前の兄に、俺を会わせてくれよ」
と、その時——、
「聖霊王様! 敵襲です! 突如、悪霊共が転生街に出現しました!」
ラストが走って、俺の部屋の前までやってきた。
「……って、アレ!? 何故プライドが聖霊王様のお部屋に? それも、そんな露出度の高い恰好で……。ま……まさか!?」
「違うぞ、ラスト。誤解するなよ、俺とプライドは、まだそんな関係じゃ……」
「『まだ』!? 今、『まだ』と仰いましたよね!?」
「おい、先走るなよ、ラスト」
「……申し訳ございません、取り乱してしまって。よく考えたら、聖霊王様が私達の事をお好きにするなんて、当然の権利でございました。ただ、まだ私は聖霊王様に抱いて頂いた事が無かったので、抜け駆けされて気分で、つい嫉妬してしまいました……」
……記憶喪失前の俺、まだラストには何もしていなかったんだ……。
「で、敵襲とは?」——と冷静にプライドが問う。
「あ、そうです。突如、次元を突き破って、悪霊共が大群で攻め行って来たのです!」
☆
夜の転生街に、俺達八人は駆けつけた。町中に火の手が上がっている。
褐色肌に、黒い翼を生やした、白目の女性達——悪霊共が、一般の霊達を次々襲う。
「敵の数が多過ぎます! 聖霊王様、ここは我々、手分けして駆除していきましょう! 聖霊王様の護衛にはプライドを。残る六人は、バラバラの方向に!」
「お前達は、たった一人ずつで大丈夫なのか?」
「敵は雑兵ばかりです、問題ありません。聖霊王様は、どうかプライドを上手くお使い下さいませ」
その言葉を最後に、六人は散り散りの方向へと走り去った。
「さあ聖霊王。私達も行くわよ」
プライドは、俺の手を優しく握り——、
「【我が名はプライド! 聖霊王の『誇りの双剣なり』!!】」
プライドの体が光り、形を変えていく。
小さく、小さく、小さく——。
俺の手の中に納まったのは——、
一本の、短剣。
「アレ? 今、双剣って言わなかった!? 一本しか無いんだけど!?」
『私にも分からないわ! 100年前、一度も貴方に武器化して貰った事無かったから、今回が初めてなのよ!』——右手に握る短剣が喋る。
「「ギシャア!」」——二匹の悪霊が、同時に俺達に襲い掛かる。
俺の右手が、俺の意思に関係なく、自動で動き——、
悪霊二匹を八つ裂きにした。
その動きは、とてもじゃないが俺が自分の意思で出来る筈も無い、キレの良い動き。
「プライドお前……戦闘のセンスがスゴイな」
ラースを武器化した時も、俺の意思に関係なく、俺の体は動いた。
あの時はヤンキー娘らしい、『剛』の動きだったが、プライドのソレはラースと対をなす、『柔』の動きだ。敵の攻撃を流して、そのまま押し返すような——。
『どう? 私、他の聖霊達より使えるでしょ?』
ラースは力業で攻める戦闘スタイルだった。プライドより霊力も高かった。
しかしそれ故、一対一には向いているが、複数戦闘には向いていない印象。
反対にプライドは、ラースよりは霊力が劣るが、無駄な動きを抑えたような戦闘スタイル故、今回のような複数戦闘の方に向いているのかもしれない。
攻撃を正面から受け入れるタイプのラースに対し、攻撃を受け流すタイプのプライド。
火の街を進むごとに、俺とプライドは悪霊を一匹一匹切り刻んで進んだ。
プライドは今、俺の体は借りて、ある場所に向かおうとしている。
それは、彼女の実家……兄の居る家だ。
総勢50匹は切り刻んだ所で、古びた小屋に着いた。
小屋の前で、女型の化け物と、筋骨隆々の男が戦っている。
『兄さん!』——短剣姿のラースが叫ぶ。
「ん? 誰だアンタは!? 今、どっかから誇里の声が……」
『兄さん、ここよ!』
「また誇里の声だ。……てか、アンタもしかして聖霊王!?」
「……そうだが?」
「なっ! なんでそんなスゲェ人物がこんな所に……!?」
よそ見するプライドの兄に、悪霊が牙を剥き出し、噛みつこうとする。
その瞬間を、俺……いいや、プライドは見逃さず——、
彼の前に立ち、短剣と敵の牙を衝突させる。
『……兄さんとこの男を、誰にも傷つけさせない!』
叫ぶプライド……短剣が、悪霊を口の中からぶった切る!
一刀両断された悪霊が、透明になって消滅していく。
「聖霊王の武器になったって事は……誇里、お前……俺を裏切ったか?」
『違うわ兄さん、私は……』
彼女が二の次を言う前に、空に次元の風穴が出来た。
「何だ、あの穴?」
『アレは霊孔……この天界と悪霊界、人間界を繋ぐトンネルよ。あの穴を閉じ開き出来るのは、私達「大罪の七聖霊」並みに上位の霊的存在のみ……』
その時、空に空いた穴の中から——、
一人の少女が、俺達の居る地上へ降り立った。
その少女は、黒い翼に褐色肌をしている。悪霊達と同じく。
違うのは、服装だ。黒いゴシックドレスを着ている。
今までの悪霊共は全員ビキニスーツで、露出度が高かった。だがこのゴシックドレスを纏う少女からは、ちゃんと理性を持つような印象を受ける。
「……久しぶりね」——悪霊が、喋った。
今まで、獣のような呻き声しか出さなかった悪霊で、初めて喋る個体を見た。
「……何者だ、お前?」——少女に問う。
明らかに、他の理性無き化け物とは、一線を画す存在感。
「久しぶりね、聖霊王ちゃん」
「誰だと聞いている」
「忘れちゃったの? アタシが誰か」
更に、風穴の開いた空から、白目を剝いた、獣感に溢れ出た女性が二匹、地上に降り立つ。
二匹は、ゴシックドレスの少女の隣に立っている。
彼女を襲う気配を見せない。それどころか、彼女が二匹を従えているような印象さえ受ける。
ゴシック少女がその『二匹の女性』の首を絞めると——、
二匹の女性——悪霊が、姿形を剣に変えた。
(これは、あの少女が剣に変えたんだ)
霊的存在を武器に変える能力……こんなのまるで……、
「『まるで俺みたい』……とか思った?」——ゴシック少女の、子供のような笑み。
「なあ、プライド。コイツは……この少女は……」
『今のを見たら、ヤツが何者か、もう分かっているでしょ?』
そうか、そうなのか。
コイツが……この少女こそが、俺達の倒すべき敵……。
「アタシが……悪霊王だよ、聖霊王ちゃん」
☆