一度死んだら、天界の王になっていた。二度死んだら、記憶が無くなった。三度目の人生始まる。
「聖霊王様、お目覚めですか?」
俺が目を開けた時にまず映ったのは、七人の美少女だった。
全員、白い羽衣を纏っていて、俺に対し傅いている。
次に映ったのは、俺の居座る場所————玉座だ。
彼女達が何者か分からなかったが、俺と彼女達の力関係はすぐさま把握した。
「俺……何でこんな所に……? 俺は確か、高校に行く途中でトラックに轢かれて……」
「まさか聖霊王様、記憶が前世返りされているので!?」
美少女達の中でも、一番背の低い、童顔の少女が問うた。ショートヘアで薄紅色の髪の少女。
「前世返り……?」
「聖霊王様、お尋ねします。貴方様は今、何歳ですか?」
「……17歳?」
「いいえ。1700歳です」
「……1700!?」
「人間界で亡くなられたのが17歳。この『天界』で第二の人生を歩まれてから、1700歳です」
「天界……。つまりここは……あの世?」
「はい。我々七人は『聖霊』。貴方様の忠実なしもべです」
「君達と俺は……初対面ではない? 俺は記憶喪失なのか?」
「ウチらは、アンタが目覚めるのを100年、待っていたんだよ」
七人の内の別の一人が口を開いた。耳に金色のピアスを付けている、長い金髪の少女だ。指に髑髏のチェーンブレスレットを付けていて、不良っぽい印象を受ける。
「アンタは今日この日、この時間まで、石像だった。それがついさっき、石化が解けたんだ。100年前、二度目の死を迎えたアンタは、自らを封印する事で、死を逃れた。今のアンタは、三度目の人生を迎えているワケだ」
「三度目の人生……?」
「ラース。聖霊王様は今、記憶が人間界の頃で止まっているのです。いきなり沢山の情報を与えてしまっては、混乱してしまいます。順序を追って話さなければ……」
「そーは言ってもよ、ラスト。聖霊王の石化が解けたって事は当然、悪霊王の石化も解けたってワケだろ? この天界の危機に、悠長な事してる場合かよ?」
「今の聖霊王様は、人間の高校生程度の知識量しか持ち合わせていないのです。言ってしまえば、子供返りしている状態。一つ一つ、思い出して頂かねば」
「……わーあったよ」
「聖霊王様、まずはこの霊王城から出かけましょう。この『天界』の景色一つ一つを見る事で、思い出す事もある筈です」
「あっ、ああ……」
「申し遅れました。私の名はラスト。聖霊王様に代々お仕えする『大罪の七聖霊』の一人、『色欲のラスト』にございます」
☆
城の外に出て、まず俺と七人の乙女達が向かったのは、貧民街だった。
ヒビの入った路上で、ボロボロになるまで擦れた木綿を纏った子供、老人が胡坐をかいている。彼ら全員、虚ろな目をしている。
七人の乙女……『大罪の七聖霊』達が白い羽衣に身を包んでいるのに対し、貧民達はツギハギだらけな、手入れのされていない服に身を包んでいる。江戸時代の人々のような格好だ。
……今更気づいたが、何故か俺は黒と白を混ぜ合わせた装束を着ている。
「聖霊王様、ここがこの天界で最も貧しい者達が集まる場所にして、死者が初めに生まれ変わる場所、転生街でございます」——ラスト……童顔ロリ乙女が口を開く。
「普通の人間は一度現世で死ぬと、始めはここから赤ん坊として産まれ変わるんだ」——次にラース……金髪不良乙女が。
「人間界で、どんなに身分の高い立場にいた者でも、死ねば、この転生街に貧民の赤子として生まれるのです。この天界においては、『霊力のレベル』が全て。生前にいくらお金を稼いでいたとか、どんな社会的立場にいたか等は、一切関係無いのです」
「霊力の……レベル?」
「腕っぷしの強さが全てってワケだ。仮に現世で金持ちだった人間でも、霊力の素質が無いんじゃ、『あの世』である天界では、この転生街で貧民からスタートとなる。逆に、現世で貧しかった人間でも、霊力の素質が高ければ、ウチら聖霊の子供として産まれる可能性がある」
「聖霊っていうのは……『人間じゃない存在』じゃなくて、『元人間の中で霊力の高い幽霊』の事を指すのか?」
「そーだな。ウチらもアンタも……この天界にいる生物全て、元々は現世の生物だった」
「『聖霊王』という身分に就任するようなお方は皆、その時代の霊達の頂点に君臨出来る程の武力、霊力をお持ちの方々なのです。貴方様は、それだけの武力をお持ちなのです」
「俺なんかが……幽霊の頂点……」
俺は元々、スクールカースト最下位の高校生だった。
勉強の出来ない高校に進学し、そこでも不良達に虐められているような、根暗だった。
勉強も運動も出来ない……何も持たない人間——それが俺だった。
そんなダメ人間の俺が、「あの世」では王様だなんて……信じられない。
「あの方々は……『大罪の七聖霊』様?」「何故あのような高貴な身分の方々が、こんな貧民街に……?」——人々が、街を行く俺達の存在に気付き始めた。
「聖霊王様。天界に産まれてからの、『1700年のご記憶』は、少しは戻られましたか?」
「いや……全然思い出せない」
「そうですか……。しょうがない事です、少しずつ、思い出していきましょう」
慈愛の籠った、赤子を見つめる母親のような瞳で俺を見つめるラスト。170センチある俺より、20センチ以上背が低い癖に、母性を感じる。
「さっきも言ったけどよ、そんな悠長に構えてられる状況かよ!」と、ヤンキー娘、ラース。
ラースという英語は、日本語で「怒り」を意味する。彼女はおそらく、『憤怒』を司る聖霊なのだろう。
「『悪霊王』も、今頃どこかで目覚めちまっているだろうよ。コイツの頭ぶん殴ってでも思い出して貰わねえと、天界の存在そのものが無くなっちまう」
「ラース……貴方の焦る気持ちは分かりますが」
ラストは、顎を撫でて少し考え込んでから——、
「……貴方の言う事も正論だと思います。仕方ありません、少し予定より早いですが、現世……『人間界』に迎い、私達聖霊の役目を果たしに行くとしましょう」
ラストがパチンッ! っと一つ指を鳴らすと——、
地面から扉が生えてきた。
その扉は、自動で開き——、
「聖霊王様。次は私達の敵、『悪霊』について思い出して頂きます」
ラストに手を握りしめられ、扉の中へ誘われる。
☆
扉の先は、夜空だった。
夜空という表現は正しい。何せ遥か上空に繋がっていたのだ。
俺と七人の乙女は今、上空で立っている。
そう……「立っている」のだ。
「何で俺ら……落ちないの? 空気の上で立てているの?」
「それは、ここが天界ではなく人間界だからです」とラスト。
遥か下には、俺のよく知る、令和時代の街並みが広がっている。
どうやらあの世とこの世の街造りは、中世と現代くらいの違いらしい。
「アレを見て下さい、聖霊王様」——ラストが遥か下を指さす。
彼女の指す先は……ビルの屋上だ。
中年男性がいる。格子に脚をかけ……飛び降りようとしている。
自殺の現場だ。
が、それより気になるのは、中年男性の背後だ。
彼の背後に、黒い翼を生やした、褐色肌の美女がいる。黒のビキニスーツを着ていて、胸や脚がはだけている。
……あそこはビルの屋上だぞ? ビルの屋上で、水着?
しかも今の季節は肌寒い。冬の季節だ。
異様なのは見た目だけではない。まず彼女は空を飛んでいる。
次に、彼女の両手には糸が張り巡らされている。その糸の一つ一つが、中年男性の手脚と繋がっている。まるで、褐色美女が中年男性をマリオネットとして操っているようだ。
「あの黒い翼を生やした存在こそが……『悪霊』です。ああやって人間を操り、自殺に追い込むのです」
「『悪霊』共に自殺させられた人間の魂は、ウチらのいる天界には行かねえ。上には行かず、下に行く」
「……下?」
「『悪霊界』……天界を俗にいう天国とするなら、その反対の、地獄だ」
「彼女らはああやって、人間を自殺に追い込む事で、眷属を増やしていくのです。寿命や不慮の事故で死んだ魂は、天界へ。自殺した魂は、悪霊界へ」
「人間の自殺は……あいつらが原因なのか?」
「はい。悪霊は現世で目ぼしい人間を見つけては、彼らの精神を落ち込ませます。負のエネルギーを喰らい、腹を満たし……最後は食料である人間を自殺させる事で、自らのしもべにするのです」
「ここまで説明すれば、ウチら聖霊の仕事が何なのか、もう分かるよな?」
ラースが嗜虐的な笑みを浮かべてから……一気に下へ飛び立つ!
ビルの屋上へ降り立つ。黒羽の褐色美女に向かって思い切り……、
「グォワ!!」——蹴りを入れる。褐色美女は、獣のような悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「彼女ら悪霊の中でも、下級の悪霊は人語を操る事が出来ません。知性も、獣並みにしか持ち合わせておりません。そして私達聖霊の役目は……」
「アイツらをやっつけて、人々の自殺を食い止める事……ってワケだな」
ラースと褐色美女の戦闘を、遥か上空から見守る俺達。
「来いよ、化け物……」——褐色美女に向かって手招きするラース。
「グルルルルッ」——褐色美女は、理性の無い瞳でラースを睨みつけてから——、
口を開いた。
すると、格子でぶら下がっている中年男性の体から、黒い煙が漏れ出し——、
その煙が、美女の口の中へと吸い込まれていく。
「マズイですね。悪霊が、あの男性の体に纏わりつく負のエネルギーを喰らっています」
褐色美女————悪霊の体が膨張していく。筋肉質な体へと、作り替わっていく。
「グォアワッ!」——悪霊がラースへ向かって、拳を振るう。
「うぐっ!」——殴られたラースが吹っ飛び、格子へぶつかる。
「悪霊のレベルが、上がってしまいました。今の彼女は食事後で、下級悪霊から中級悪霊級へと身体強化されています。ラース一人では、少し手に負えない相手かもしれません」
「お前達『大罪の七聖霊』は、どのくらいの悪霊と戦えるレベルなんだ?」
「個人によって力量が変わりますが、ラースの霊力は、中級悪霊と互角か、少し劣る程度です」
「やべえじゃねえか! 助けに行かないと!」
俺が下に向かおうとするが、他六人の『大罪の七聖霊』達は微動だにしない。
「何やってるんだお前達! 仲間のピンチだぞ!」
「聖霊王様。今こそ、貴方様の真価を、我々にお見せください。我々はあの闘いに参加しません。貴方様がそのお力で、ラースを救って見せてください」
このピンチにおいても、母親のような慈愛の表情を崩さないラスト。
「……なるほど。この闘いは、俺の実力を試す試験ってワケか」
……いいぜ、やってやろうじゃねえか。
このクラスカースト最底辺高校生の俺の霊力を、見せてやるぜ。
現世では、落ちこぼれだったんだ。死んだ後くらい、エリートになってやる!
俺はたった一人、悪霊VSラースの戦場である、ビル屋上へ降り立った。
「グルッ……?」——悪霊と俺の目が合う。
「うおおおお!」——俺は全力で悪霊に突進し——、
奴の頬に拳をめり込ませてやった。……がしかし——、
「ホア?」——子猫に殴られた飼い主のような、あっけらかんとした表情を浮かべる悪霊。
「え? 効いていない? 俺、聖霊王だよ?」
アレ? 俺、天界最強の霊力を持つ存在なんじゃないの?
「ギシャア!」——悪霊に頭突きされる俺。
「ぐお!」——メチャクチャ硬い。その頭突きで、ラースが倒れる格子の方向へ吹き飛ばされる。
吹っ飛ばされたお陰で、悪霊と少しだけ離れる事が出来た。
激痛の中、俺の隣で膝を付いているラースに問う。
「おい! 俺って聖霊王なんだよな!? 俺のパンチ、アイツに全然効いてないんだけど!?」
「それは……アンタが自分の力の使い方を見誤っているからだよ。アンタは霊力が高いんじゃない。『霊能力が高い』んだ」
「……霊能力?」
「ウチの手を握れば、分かる」——ラースが右腕を差し出す。
反射的に、差し出された彼女の手を握ってしまう。
「【我が名はラース! 聖霊王の『怒りの拳鍔なり』!!】」
そう叫んだ彼女の体が、白く発光し——形を変えだす。
縮小していく、縮小していく、縮小していく——。
光が消え去り、現れたのは——俺の指に収まっていたのは——、
メリケンサックだった。
『コレがアンタの力だ』——メリケンサックが、ラースの声で喋った。
「ラース……なのか……?」
『さあ、ウチを使ってみな……』
「ギシャアッ!」——悪霊が迫る。
俺は、一度右肘を背中より後ろに引っ込めてから……溜めて……、
正拳突きした。
「グギャッ!」——10メートル以上離れた所にいる悪霊の腹部に、風穴が空いた。
その場に倒れた悪霊の体が、透明になって消滅していく。
『あの世の生物の死は、完全な消滅を意味する……』——メリケンサックが俺に語りかける。
「俺の霊能力……異能はつまり……」
聖霊達を武器に変えて、使用する能力……?