表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

(5)



「ええ、そうですよ。自転車…、あ、いえ、このランドナーで旅をしてるんです。そうですね、直近では佐賀の唐津方面に居ましたから、唐津から来たという事になりますかね」

「何、唐津だと?」

「ええ、今自転車で九州を旅してるんです」

 巡査は見事証明(アリバイ)を得た。得てから、冷静にマッチ棒の全身を眺める。

 頭の先から順に視線を落とすとTシャツに半パン、そしてスニーカーが見えた。確かに服装は自転車旅をしていると言えばそう見えるが、どうも巡査には怪しくて仕方がない。

 何故ならこのマッチ棒は自分の目の前に現れた時に空を見上げていたじゃないか。何故、空を見上げてるんだという先入観がぬぐえない。

 それに田中ひよりの話では此処数日この付近でこのマッチ棒は見られているのだ。


 ――それは何ゆえに?


 巡査は睨むような目つきで至極簡単に思った。


 ――こいつ怪しくないか。

 一人身の若い旅の男。

 何をしようが、旅の上ではし放題。

 そう、明日には罪の痕跡を消して、何処にでもとんずらできる身軽さ。


(まさに軽犯罪者、つまり下着泥棒にはうってつけじゃないか)

 巡査の気持ちが強くなる側で若者は頭を掻いた。もじゃもじゃ頭がその度に揺れる。

(良し、ならば…)


 ――なら、行動はどうだ?

 夜行性か?


「…そうか」

 言って巡査が咳を一つする。

「ならば移動はいつしている?夜か?」

 若者は警官の言葉を聞いて目を見開くと驚いた。

 そして驚いたまま言う。

「とんでもない、夜なんて移動なんかできませんよ。だって夜じゃ観光も何もできないじゃないですか」

 マッチ棒が身振りを交えてそう当然の世様に言う。それが妙に縁起臭く見た。

 巡査はふんと鼻を鳴らす。

「…ほう?観光何ぞ出来なくても、色んな目的は果たせるんじゃないか?君?」

 巡査は一気に切り込む。

「それはどういう事です?」

「どうもこうもじゃないだろう。お前、若い男だろうが‼。男身一つで旅の空を行けば、いずれ男の情念と言うのか、そのぉ…男子の生理的欲情と言うか、そんなものがふつふつと湧き上がったりしてだなぁ、それが昂じて欲望のまま女性の部屋とかにだなぁ…」

 そこまで言われてマッチ棒が心底驚いて巡査の話を遮った。

「ちょっと何言ってるんですか‼」

 マッチ棒が思わず声を大きくする。大きくしてその勢いで巡査の側を抜けようとした。

「こら、待たんか‼変態野郎」

 怒声混じりで巡査が言う。

 するとマッチ棒が振り返る。

「変態野郎ってどういうことです」

「そのままの意味だよ‼」

「ちょっと、こちとら何か分からないことばかり聞いていると頭に来やしたぜぇ」

 言うなりマッチ棒が背を伸ばして身構えた。

「頭に来ただと?何を言いやがる、この変態野郎‼いや、この下着泥棒が‼」

 巡査が怒声を放ったその瞬間、突然マッチ棒が雷にでも打たれたようにその場に立ち竦んだ。その様子を見た巡査が言う。

「どうだ!図星だろうが‼思わず立ち竦んだな!さぁ交番まで来い‼この変態野郎‼」

 ここぞと言わんばかりに巡査がマッチ棒の手首を握ると手錠をしようとした。しかし巡査の手は次の瞬間、手首をくるりと返したマッチ棒の掌の中で握られていた。

 それから不思議だが、数度となくマッチ棒は手を握りしめて巡査に言った。

「成程、そうか!そうだったのか‼それであんなに沢山下着があったのか…ええ、良いでしょう、巡査さん。一緒に交番まで行きましょう。そこで洗いざらい僕からお話をしたいことがあります」

 先程からのあまりの変貌ぶりに出戸巡査はその場できょとんとしていた。本当に全く訳が分からなかったのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ