新しい依頼
うげっと顔をしかめた。その反対に待ち人はさわやか笑顔を浮かべてオレを迎えた。
(オレのこころのオアシスが・・・)
仕方なく隣に腰を据え最近の市中のうわさ話を当たり障りなくくっちゃべっていると、琥珀色の液体を湛えたグラスが出てくる。
路地裏にひっそりとできたばかりのここならば見つかるまいと思っていたのに、いったいどうやって情報を掴んでいるのか。やるかたなく舐める酒は文句なくうまい。
本題は伯爵の古文書コレクションの知り合いで、貴重な文献を持っていることがわかったから復元・解読をしてもらいたい、とのことだった。
「彼は、その後どうです?」
「あ、ああ・・・」
「最近、子供を拾って育て始めたとか」
さすが、情報が早い。
「我が主人は彼の腕を高くかっておいでです。期待に沿えるよう願っていますよ」
以前からそうだったが、子供を拾ってからますます渋るようになった。
こりゃ説得するのは難儀なことだわい。
夜更けにトントンと鳴ったドアを、ロイは不審がることもなく無造作に開けた。
「まーた、なにしに来たんだよお前は」
「あーそういうこと言う?このおじさんわ」
「どうせ女に振られたんだろ」
「じぶんはちーっとモテるからって。気をつけた方がいいよティナちゃあん。この女ったらしはいーつ子供が出てくるかわかったもんじゃないから」
テーブルで、寝る前のお湯をちびちび飲んでいたティナはちらっと酔っ払いを見上げる。いつものことなので慣れたものだ。
「飲んだら寝ろよ」
こくっと頷く。
「で、何しに来たんだ?」
「あ、お前に仕事持ってきたんだわ」
いらねえってと返しながらドアを閉める。二人で暮らすなら今の稼ぎで足りているのだ。あえて忙しくしたいとも思わない。
「そう言うなって。伯爵からの依頼じゃ断れねえだろ」
酒瓶をテーブルに置きながら勝手知ったる様子で自分も座る。話によると北方民族に伝わる神話を基にした祈祷書の復元らしい。古文書もかなり古いものらしいから手間もかかるだろう。ロイは渋面をつくる。
「・・・今あんま仕事増やしたくねえんだよなあ、そこまでいるかってとなあ」
「まーたそういうことを。」
傍で一緒にいたティナに向き直って言った。
「いいか、ティナちゃん。ロイはああ言ってるけど、お仕事ってのは大事なんだぞ。ティナちゃんが来てるレースのドレスや帽子も、おやつに食べてるケーキやクッキーも、ぜーんぶロイが仕事して稼いでるから食えるし買えるんだ。花柄のクッションつくるのだってそういう生地が要るだろ?な、ロイにお仕事してほしいよなあ?」
しばし考えたティナは、こっくりと頷いた。
「ほらな?ティナちゃんもこう言ってることだし!」
ったく都合良くダシに使いやがって・・・
酔っ払いに付き合わせぬようそうそうに寝室に追いやる。最近出来たあの店の酒の質がいい話から子供が神隠しにあっただの店に新しい子が入っただの川に変死体が挙がったらしいだのあの子は浮気がバレて店を移っただの、たいして代わり映えのしないうわさ話をひとしきり聞き流す。最終的には、なし崩しのように引き受けることになっていた。
「女の子は金がかかるんだから、稼いでおいて損はねえって。」
まだ渋っているロイにお構いなしにさっさと話を進める。
「あ、依頼人には伝えとくわ。近いうち訪ねてくると思う」
ひらひらと手だけ振って帰って行った。
割がいいと言うか、単純にパピル語の文献に少し興味を引かれたのだ。じいさまの蔵書にも数冊しかない文献だった。
「ええと、マー・ロイさん?」
数日後、黒髪の大人しそうな青年が戸口に立っていた。