二部 その15 (王子様、現る!7)
よく晴れた日の昼下がり、邸宅の広間ではにぎやかに出掛ける支度が行われていた。顔見知りの侍女たちなのだろう、大きくなりましたねえ立派になってと話しかけながらティナに帽子を被せたり鞄を持たせたりしている。ロイは側の椅子に腰かけブーツの紐を結んでいる。
執務の手を止めよく晴れているなと窓の外を眺めたリンはふいに、アルベルトが去り際に小遣いを預けて行ったのを思い出した。ティナ嬢には申し訳ないことをした。お詫びに帝都を案内してやってほしいと。思い出したが吉日で早速ロイが寝泊まりしている部屋を訪れてみれば、行儀悪くテーブルに足を乗せ読書しているところだった。ティナはと見回せば、侍女たちのお茶会に呼ばれているらしい。今頃は賑やかにおしゃべり中だろう。それならばと提案したところの急遽お出かけとなった。
広間の開け放たれた扉の向うには、既に馬車が待機し、侍従が立って待っているのが見える。
状況を察した夫人がそそそと奥から出て来た。
「お出かけなのですって?」
ちらと出かける支度をしているふたりに目を送る。
「ティナ・・・大きくなって。お買い物なら是非わたくしに案内させて頂戴な。ティナならあれもこれもきっと似合うでしょうよ」
今しがた思い至って決行したばかりだというのに耳が早い。
やんわりと夫人を押し留める。
「野暮というものですよ、母上」
「・・・ま」
意味深な息子のセリフに聡い夫人はすぐに合点がいったようで、手に持っていた扇で抑えきれない笑みを隠しながらふたりの様子を観察するのであった。
帝都散策は、この間のような庶民馬車ではなく屋根付きの豪華な貴族馬車である。クッションもよく効いて乗り心地は段違いだ。御者はよく言い含められているらしく、ティナの好きそうな服や帽子や靴屋の前で止まる。ティナは言うまでもなく上機嫌である。対してロイは、いつもより口数少なく、どこか心ここにあらずである。また新しい仕事のことでも考えてるのかな、と思っていた。
途中、店内で品物を見ている間にどこかに見えなくなっているなと思っていたが、ティナが馬車に戻ると戻って来た。ぽんと膝に放られる小さく束ねられた紫の花束。
「・・・よく考えろよ」
決まりが悪いのか窓の方を向いてしまった。
なんでオレなんかがいいのかねえと思うが、伊達に年を経ているわけではないのでそこらの青二才どもよりよっぽど気が利いているし女を喜ばせるのも上手い。頭も回るし喧嘩にだってそうそう負けやしない。ティナの年頃であれば若く将来有望な男が引く手あまただろうが、結局自分がいいと言われることに喜んでいるのだから現金なものだと思う。
あのとき、失いたくないと、初めて思ったのだ。
森の家に帰っていつもの毎日が戻った。
ティナの気持ちを確かめた上で、ささやかな、初めての夫婦の夜を迎えた。
まあ結局なるようになって今に至るというわけだ。
チェリオには隠すことでもねーかと話をしておいた。どの道バレたときの方が気詰まりだ。
こいつにしては珍しく顔色を変えた。
「おまえっ、あんな子供に!」
「っせえよ」
久しぶりにギロイリと凄みをきかせることになった。
だいたいどの面さげてあの男がこんなことを言うのだ。女なら見境無く手を出しまくって遊んでいたあのふざけた女ったらしが。
だがあんな女ったらしでもティナをそういう対象に見ていないことはおかしかった。一般的な道徳論を持ち出して自分を批判しているのだ。手を出している自分は何なのだろう?悪党か?
「まあなんつーか、叔父さんってこんな気分なのかねえ?」
黙っていたと思えば渋ーい顔で顎を撫でまわす。
「お前は別に何も世話してねえだろ」
「いやあオレの中ではまだこうちいちゃーくて、オレの膝あたりをチョロチョロしててときどき見えてなくてぶつかってたあの頃のまんまなのよ」
何年まえだそりゃ?しかもティナはそんなに小さくせねえ。拾ったときにはもう少し大きかった・・・はずだ。
自分がつくったお菓子をおいしそうに食べるあの笑顔をいつも側で見ていたいと思ったのだ。あのふんわりと笑う笑顔がいつもあればそれでいい。そのためなら菓子なんかいくらでもつくってやるし花柄のクッションカバーやカーテンだっていくらでも縫ってやると思ったのだ。




