二部 その11 (王子様、現る!3)
約束の日、どしゃぶりの雨でもふりゃいいのにというオレの思いとは裏腹に雲一つない快晴。
王子は颯爽と馬車で家の前に乗り付けた。
馬車と言ってもお忍びのお出かけなので、いつもの貴族が乗るような豪奢な4頭立てではなく、庶民の普段使いに使われている屋根のない1頭立ての馬車である。
ただし2台。
前の馬車には王子とティナ、後ろの席に従者が乗り込む。オレは仕方なく後ろの馬車に乗り込んだ。チェリオが続いて隣に腰を下ろす。面倒ごとに首を突っ込むのが仕事のようなこの男が、この機会を見逃すはずがない。
御者の合図とともに2頭はゆっくり歩き出した。
後ろから見ていれば、王子は機嫌よくティナに話しかけている。よく見れば、ふたりの席の布地はどうやら取り換えたばかりのようで真新しい色の小花が散っている。クッションもよくきいているようだ。こっちはただの板敷である。
鼻息もフンと荒くなる。
馬車2台を連れてくるところといい、それぞれに御者を用意しているところといい、さらにはティナと二人で乗る席だけ整えているところといい、気の利きすぎたお貴族様のなにもかも気に入らない。
馬車は程なく街中へ入った。
ふたりはドレスや靴、帽子屋の前で馬車を止めて店を見て回り、つまりはティナのお気に入りのいつもの店を回っているだけだ。今は先ほどティナお気に入りのパン屋で購入したパンをふたりで分け合って食べている。
王子は気前よく払ってやっている様で、馬車の後部座席には既に箱が2,3個積まれている。
昼食はさすがに予約していたらしく、街の中でも少し高級なカフェの2階で取ることとなった。
腹も膨れたところで水を向けてみれば、王子様はつらつらと喋った。
「近頃身を固めろ、婚約者を探せとうるさくてな。うんざりしていたのだ。そんな折にリンが羽休みにこちらに行っててみてはどうかと言ってくれたのだ。ここは子供のころ、よく静養に来ていたからまったく知らぬ街というわけでもない。そうしたらティナ嬢のことを思い出してな。思い出話をリンにしたらひっとしたらと、あなたを訪ねるよう教えてくれたのだ。」
食後のカフェが運ばれてくる。
「我が従兄弟ながらリンは優秀だな。こんな店まで紹介してくれた。」
ここの食事は日ごろから高級食材ばかりを召し上がっているであろう王子様の口にも合ったらしい。満足そうにカップを傾けた。
その後は、いま王都で流行っている傘を商う店に連れて行かれた。貴婦人の間では、晴れの日に飾りのついた傘をさして歩くのが流行りなのだという。いくつも開いたり閉じたりを繰り返し、ティナは小振りなリボンがたくさん巻き付いた白い傘を買ってもらっていた。
店を出て、次の店でお茶休憩をしようという話になって馬車に乗り込もうとしているところだった。
「な、なんだお前らは」
王子の動揺した声にティナははっと顔を上げた。顔を布で覆った男たちに囲まれていた。
「お命頂戴!」
突き出された剣を従者が受け止め弾き返した。
「んなこったろーと思ったぜ。オイ、王子!逃げるぞ!」
ティナの手を引き、泡を食っている王子の首根っこを掴むと走り出した。追いかけようとする追っ手を従者が阻む。制止をかいくぐって追いかけてきたひとりを殴り倒してチェリオが着いてくる。
ひとまず細い路地に逃げ込むと、呆然としたように王子がつぶやいた。
「いったい、どうして・・・」
数年前まで必要に駆られて頭に叩き込んていた貴族の系譜が未だに出てくる。
「あんたの叔父貴が死んだんだろ」
王子ははっと顔を上げる。顔色が変わっていた。
「・・・お悪いとは聞いていたがまさか!」
「叔父貴が死んで継承権があんたに移ったのをよく思わない奴らが仕掛けてきてんだろ。あんたが死んで得する奴は?」
「・・・・・・ハネル侯爵か!なんと卑怯な・・・」
王子は拳を握りしめた。
「叔父貴は大変よくできたお人で皆から尊敬を集めていた。だがその弟のハネル侯爵は何かと人に強く当たって皆閉口していたのだ。だがよもやこんな卑怯な手を使うとは・・・」
「で、どうすんだ?」
おとなしく殺されてやるのかと。
「・・・私に家督が移った以上、私は当主として果たす役割がある。こんなところで死ぬワケにはいかない。そして、死んでやる義理もない」
「手立ては?」
脱出方法を聞かれて王子は押し黙った。
「ま、いいさ。どうせそのうちリンの兵が駆けつけてくるだろう。俺たちの役目はそれまで王子を守り切ることだな」
リンの兵が?と王子は不思議そうな顔をする。
「従者はあんたが連れて来たみたいだが御者はリンの手配だろう?今頃リンの家にすっ飛んでってるだろうさ。あの顔、リンの家で見たことがある」
王子が馬車を2台用意して来た際、何か引っかかったのだ。馬車に揺られながらなんとなく考えているうちに思い出した。あの顔をリンの家で見たことを。そこでこのお出かけのカラクリもするすると紐解けたというわけだ。
王子は目を真ん丸にしていたが、何とか言葉を絞り出した。
「リンが、重用していたわけだ。・・・この場を切り抜けたら、私の部下に加えたい」
「やなこった。切った張ったの世界とは縁を切ったんだ、オレは」
「いたぞ!!そこだ!!」
通りの向こうから指を指され、一行は路地裏を飛び出した。道から道へ、街中を縫うように走り続ける。
振り切ったと思って路地裏に身を隠すもすぐに見つかってまた移動する。
わずかに顔を出して表通りを伺っていたチェリオがぱっと顔をひっこめた。
「どうする?数が多すぎる」
「やっこさん本気か・・・」
素早く頭を巡らせる。まさかリンもこんな急に亡くなるとは思ってもいなかったのだろう。だから万が一の場合にと連絡係りを紛れ込ませておく程度で済ませていたのだ。リンの兵が来るには少し時間がかかるかもしれない。それまで安全に身を隠す場所が必要だ。
こそこそしている一行を、路地裏で遊んでいた子供たちが不思議そうに見ている。逃れているうちに貧民街の方へ流れて来てしまっていたらしい。その中に知った顔を見つけて閃いた。
「お前、そうお前だ。サラを知ってるな?糸杉通りの、いつも赤い三角のピアスしてる・・・」
「サラねーちゃん?知ってるよ?」
手で招くととことこと近づいてきた。膝をついて目線を合わせる。
「ちょーっとお使い頼まれてくんねえか?これからお客を連れて行くから用意して待ってろって」
お客?と子供は一行を見上げる。
「大急ぎで、ひとっ走り頼むわ。」
懐を探るが何も思い当たるものがなかった。すかさずティナは抱えていた紙袋の中から手つかずで残っていたパンを差し出した。ふたつみっつを手の中に重ねてやる。わあと子供の顔が喜びに溢れ、うんと元気よく頷くと走り出した。
「サラとは何者だ?信用できるのか?」
「まあ・・・10年来の付き合いよ」
わらわらと子供たちが寄って来たので、ティナは残りのパンもすべて配って終わりにした。
問題は、そこまで見つからずに移動できるか、である。
まあやるっきゃない。
「王子様、その上着脱いじまいな。そんな派手なんじゃ見つかりやすい。あと帽子も」
「む、そ、そうか」
表通りを見張っていたチェリオの合図で一行はまた移動を開始した。




