二部 その8
ある晩、出掛けようとするオレの前に少女が立ちはだかっていた。
玄関のドアを背にして、今日は行かせないぞ、と睨んでいる。
こちとら子育て中は飲みに行くこともせず、女の子と遊ぶこともせず真面目にやっていたのだ。
ここいらでひとつ羽目を外したっていいだろう。
しかし、後ろめたいオレは口調も弱い。
「・・・なんだよ、もうひとりでお留守番ができねえ年じゃあねえだろ?」
そうじゃない、とティナは首を振る。
大人はお酒を楽しむものだということはわかっている。でも、あんなふうに、苦しそうに飲んで欲しくなかった。まるで自分を追い詰めるみたいに飲むのだ。
ティナが心配していることはロイだってわかっているだろう。
ふたりはしばらく睨みあっていたが、ふと出来心がオレに湧き上がって来た。
一歩踏み込んでいた。
戸に手をついてティナを腕の中に閉じ込める。
「じゃあ、オレと一緒に寝る?」
驚いて目を大きくしているティナの耳元に低く囁く。
「どういうことするか知ってんの?」
翌朝、ロイはまったくいつも通りだった。
ドアの前に立ち尽くすティナに声をかける。
「おう、起きたか。ちゃんと顔洗ってこいよ」
ティナは眠そうな顔のまま、のろのろと部屋を出て行った。
テーブルに付くとすぐにトーストとスープを出してやる。
午前中はどことなく動きが堅くロイの顔色を伺っている節があったが、ロイがまったくいつも通りに接しているとティナの態度も徐々に軟化した。
午後にはいつも通りに写生にでかけて行った。
夢でも見たと思ったことにするのか、忘れることにしたのか。
昨晩は完全に失敗だったと思っている。ロイからすれば気に入った女を口説くときの他愛のないやりとりのひとつに過ぎなかったのだが、ティナは恐かったのだろう、泣いてしまった。
ティナくらいの年になれば恋の一つや二つもしている筈で、男女のやり取りというものをもう学び始めているはずなのだが・・・。
まだ気持ちの面で育ち切っていないティナには、ああいう接し方はまだ早すぎたのだと分かっている。何かあれば翼の下に匿ってくれる親鳥のようにロイを慕っているティナからすれば、どのように対処すれば良いか分からなかったのだろう。
・・・だが、いつまでの子供のままで居て貰っては困るのだ。
(オレが、困るんだよっ)
夜の街の界隈を、ロイにしては珍しく昼間に歩いていた。
なんとなく居心地が悪い。だが縋れるものがあるうちは藁でも掴むのがオレのモットーだ。しょうがない。サラならこの時間にはもう起きているはずだ。
きょろきょろと人目をはばかりながら、半分崩れかけの戸口をひょいとくぐった。
昼間でも薄暗い道を進み、途中数歩の階段を踏むと案外奥が長い廊下を進む。
何人かで借りている共同住宅で、サラはここから出勤している。
戸口に吊るされているビーズカーテンを肩で押し退けると、涼し気な訪いの音を告げた。
「よ」
壁には色とりどりの布が掛かり、窓辺のカーテンがふわと揺れている。隅のテーブルには小瓶に花が生けられ、こじんまりとした古い貸家部屋住まいだが掃除は行き届き心地よく整えられている。
ここでよく同じ家屋の住人や仕事仲間の女の子と喋っていた。窓辺の椅子で本を読んでいることもある。奥にもうひと部屋あり、共同のキッチンが別にある。
早速話に入り、ことの顛末を語っていると急に驚くほど威勢の良いサラの声が飛んだ。
「あんたバッカね!」
ペチンと音が鳴る。
「いて」
「誰がいきなりベッドに誘えなんて言ったのよ!」
「いやだって・・・」
「ちゃんと気持ちに向き合いなさいって言ったのよ。子供扱いせずにね!女と見れば寝ようとする下半身男のあんたとは違うのよ!」
なけなしの勇気をかき集めて相談してみればこのザマだ。叩かれた額を撫でながら情けない言い訳をする羽目になる。ぼそぼそと話すロイに、サラは呆れたように諭す。
「あんたもいい加減決めなさいよ。所帯を持つと変わるわよ」
帰り道、ロイは仏頂面を隠せなかった。
サラの話を要約すれば、ベッドに誘う前にまず最初にお互いの気持ちを確かめましょう、ということだ。
んなこっぱずかしいことができるかよ!この年にもなって・・・。
だいたい気のある女は誘えば付いてくるものだ。それで分かるだろう!
そういう付き合いばかりをしていた自分に今更青い少年時代のような振舞いを求められても・・・。
途中焼き菓子の店に寄り道し、いくつか見繕って包んでもらっていた包みを雑に受け取ると店を出た。
若い頃は遊び歩いていたが、誰かと一緒になろうなんて思いもしなかった。
失うのが怖かったのだろうか?
でも・・・




