学校
ティナは学校に通っていた。喋れはしないが字は書けるということで、町外れの小さな学校が入れてくれた。周辺の麦畑を営む家の子達が通っている。
最初の頃はよく一緒に行ったり迎えに行ったりしていたが、今は友達も出来て自分で行って帰ってくる。どうやって会話してんだと不思議だったが、どうやら仲の良い子たちと指文字を作ってそれで意思疎通しているらしい。たいしたもんだ。
それでも最初は楽しそうにしていたが、最近はどこか浮かない顔。
今日も外には出かけず、朝からテーブルでのろのろと色を塗っている。
「どした、今日は着ないの?」と聞くと、うん、と力なく頷く。
ティナはこの間買ってやった、大柄な花柄が取り入れられた新しい服を大層気に入っていて、いつもそれを着てお絵かきに出ていたのだが、今日は、色褪せてきたので作業用に前掛けを縫い付けてやった水色のワンピースを着ている。
手を動かしながら、どこか別のところを見ている様子だ。
・・・学校で、なんかあったか?まあ学校にはいろんな奴がいるしな。
今度、迎えに行って帰り道がてら話しくらい聞いてやるか。
学校に通うようになってから女の子の友達もできたけど、意地悪な男の子にも出会った。まーくんだ。男の子の中でも小柄で、ティナの方少しが大きいくらいだが、大きな目できっと睨み付けて口悪く罵られる。
今日の帰り道も、分かれ道に入ったところをダーっと走って来て前をふさがれ、言い放った。
「お前なんかが着たってぜんっぜんかわいくねーよー。服がかわいそうだぜ!」
そんなことない。ロイはいつも可愛いよって言ってくれる。似合ってるよって言ってくれる。
女の子達といれば勝ち気な子が追い返してくれるが、ティナひとりのところを狙われるとたまったものではない。言いたい放題言われ、とぼとぼと帰ることになる。
それでも、今日はロイが迎えにきてくれると言うので分かれ道のところで女の子たちと別れると、ティナの気分は浮き立った。お迎えは久しぶりだ。
道の向こうからロイが歩いてくるのが見えると、ティナは駆け寄った。
お、早いな。
学校からすぐの分かれ道とはいえ子供の足だしおしゃべりもしながらだろうしと思ってゆっくり来たつもりだが、すでにティナは待っていて駆け寄って来た。
「お帰り」
抱き留めてやりながら向こうに視線を流す。小柄な人影が近づいてきたからだ。
あ、とティナも気づいて、向こうはすぐさましかめっ面をした。ティナも身を縮めるようにぎゅっとオレに抱きつく。男の子の眉根がさらにぐぐっと寄った。本当に些細で、同じ男だから気づいたようなものだ。
「なんだよそいつ」
威嚇するような低い声に、思わず笑いがこぼれそうになるのを何とか堪えて冷静に返す。
「うちの子に何か用?」
「あんた誰?」
少年の口調はいかにも無遠慮ですべてが気に入らないと言わんばかりのけんか腰だ。
ティナの元気のない元はコレかあ。
「オレ?オレはこの子の親代わり。一緒に暮らしてる。」
一瞬の後に少年は目を剥いて抗議した。
「お前が!?親って・・・うそだ!」
子供らしい素直な反応だった。だってこんなに若い。兄と言ってもいいくらいだ。とうちゃんと全然ちがう!、と顔に書いてある。
果たしてこの少年の耳に届いているかもあやしいが一応言っておく。
「仲良くしてやってな?」
その晩、夕食後いつものように早々に屋根裏の自室に追いやられた。最近姉ちゃんの3番目の子供が生まれて母ちゃんは姉ちゃんの赤ちゃんの世話で大忙しなのである。まーくんは、ベッドの中で腕組みをしながら考えていた。日中に出会ったティナと男のことだ。親代わりだと言っていたが、うちの父ちゃんに比べてはるかに若い。とうちゃんの出っ張った腹に比べればずっと細身で、いつも農作業着を着ているとうちゃんと比べたらなんか都会風で、しかもイケメンだ。なんかこう、両隣に美人なお姉さんを並べているのが似合うような・・・。
はっと気づいた。
そうだ、ああいうのは女ったらしと言うんだ。母ちゃんが前に、都会に出て働くって言う姉ちゃんに言ってた。都会には顔はいいけど何人もの女と付き合ってポイ捨てする男がいるから気をつけろって。
ティナが学校に来るようになってから、いつもの毎日が少し変わってしまった。ティナは仲良くしている女の子たちによく面倒を見てもらっていて、男の子にからかわれたりすると強気な女の子が飛んできてそいつを蹴散らしたりして、悲しそうな顔をしていたのがすぐににこにこする。いじめられて暗くなるようなやつでもないみたいで、新しいリボンだとか街で流行ってるレースだとかいう話を女の子たちとしていて楽しそうだ。そしていつもふわふわした服を着ていた。親と暮らしていないのは知っていた。親代わりの人と暮らしているんだと先生が言っていた。その家の人がよくしてくれるんだろうと思っていた。
あんなに若いとは思ってなかったけど。
終礼の鐘が鳴ると、ひとつしかない教室の扉から子ども達が一斉に出てくる。同じ方向に帰る子たちと群れながら散って行く。図らずも、まー君の前にティナと女の子たちがいた。手の中の枝を振り回しながら、少し離れて後を付いていくことになる。やがて分岐にさしかかると手を振って別れた。
「ばいばーい」
「また明日ねー」
「ティナちゃんばいばーい」
向こうの道をとことこと歩いて行くティナの後姿がまだ見える。
今日はエリザの新しい服の話で持ちきりだった。学校に着くと、教室の真ん前で女の子たちが固まっていた。真ん中に他よりひとつ頭が高いエリザがいて、着ている服を見せびらかしていた。自慢げにくるりと回って見せる。別に似合ってるとも思わない。
街で働いている叔父さんが誕生日祝いに買ってくれたんだとか。女はなんでああいうひらひらした服が好きなんだ?あんな服じゃあ冒険に行けない。秘密の場所を見つけたってお前らには教えてやんねー。
ティナの姿が曲がり道で見えなくなった。
あいつも、あのいけ好かない女ったらしに、可愛いよとか言われて服買ってもらって喜んでいるのだ。
「おい」
脇の茂みがガサッと鳴ったかと思うと、葉っぱまみれになったまー君が現れた。びっくりして目を見開くティナを前に何かを投げつける。咄嗟に顔は庇ったが服に何かが当たった。見ればドレスに土が飛び散っていた。さらに茂みから出てくるとティナの髪の毛を引っ張ってぐしゃぐしゃにする。
「うあうっ、うあ」
ティナはやめてと押し返すがまー君はしつこかった。ティナの髪に結んでいたリボンを抜き取ると茂みに投げ捨てた。
「こんなの全然かわいくねーし」
捨て台詞を吐くと意気揚々、来た道を戻って行った。
茂みを探って、破れたリボンを取り戻す。
「っくんゔ、っく」
どうして?どうしてこんなことするの?
似合ってるよって、ロイが買ってくれたのに。
ロイが結んでくれたリボンなのに。
悲しくて悲しくて涙が止まらない。
「おー派手にやられたな」
服は土にまみれ、朝整えてやった髪はぼさぼさで半泣きで帰ってきたティナを見てそう形容した。
「ま、人生にゃそういう日もあるさ。どれ、一杯やるか」
コクとティナは頷いて家の中に入った。
服を着替えさせ顔を拭いて髪を整えてやり、お茶の準備をする。温かい紅茶と、ドライフルーツを練り込んだパウンドケーキをふたきれ平らげる頃にはもう気分は直ったようだ。お絵かき帳を広げ、熱心に色を塗り始める。
それを見て、ロイはオーブンの前に立つとフライパンを温め始めた。
学校が早く終わる日の帰り道は道草し放題である。
今日も友達数人と、帰り道から少し入ったところにある下草の柔らかい草むらでおしゃべりに花を咲かせていた。少女たちの話題はとりとめのない、好きなおかずや最近生まれた子猫の話などである。
「ティナちゃんは好きな人いるの?」
唐突に話題を持ち出され、ロイとメイリとチーさんと、とティナが数えだすと少女が慌てて否定した。
「違うわよ。好きな男の人。」
「一番好きな人のことよ」
別の子も加勢する。
一番?一番はロイだ。
「親兄弟じゃだめよ。結婚できないもの」
ケッコン?
「そうよ。女の人は結婚するのよ。結婚したら家族とは離れて結婚した人と一緒に暮らすの。新しい家族になるの。」
ゴーン。
大きな石で頭を殴られたような気がした。
結婚したら家族とは離れて、結婚した人と一緒に暮らす?じゃあティナが結婚したら、もうロイとは暮らせないの?
ショックに沈んでいるティナには構わず少女たちの会話は進んでいく。
「まーくんはねえ、もうほんとしょうがないわよねえ」
「みえみえよ。子供っぽすぎるわ」
「もっと落ち着いた大人の人がいいわねえ」
「ロイさんは結婚しないの?」
沈んでいたティンの思考が戻った。
ん?ロイがケッコン?
「だってまだあんなに若いじゃない?結婚してもおかしくないわよ」
「恋人くらい居そうよね」
きゃっきゃと楽しそうだ。その横でティナは混乱しきりだ。
恋人?じゃあ、ロイがその恋人とケッコンしたら、ティナはもうロイとは一緒に居られなくなるの?家族じゃなくなるの?
ひとりの子がさも知っているかのように言う。
「でも恋人だからって結婚するわけじゃないわ。お互いが本当に好きって思えないとね」
お互いが好きって思ったらケッコンするのか。・・・ん?本当の好きって何?好きとどう違うの?
困惑しているティナに少女たちは大人ぶってくすくすと笑った。
「ティナちゃんにはまだ早かったかなー?」




