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お仕事 4

ロイは翌日の朝にはもう出かけて行った。広間で見送るティナを軽く抱擁していい子にしてろと言って。

ティナは呼んでいた本を閉じて顔を上げた。部屋を見回す。天蓋付きのふかふかのベッド。座っているのは小花柄で覆われたふかふかの、ティナが三人は座れるであろう腰掛け。毎朝出てくるふわふわの卵はおいしかった。あったかいパンもおいしかった。いろいろなリボンでいつも髪を結んでくれるばあやさんは優しかった。

「ん・・・」

今日はいい天気だ。窓の外からちちちとさえずりが聞こえてくる。

側に置いていた紅茶カップを取り上げ、冷たくなっているそれを飲み込んだ。



数日に及ぶ地方調査の結果をリンに報告した。

「検問は大したものは出なかった。カラクリはこうだ。国外へ運び出す商人は検問の荷改めで高級ワインを何本か置いていく。役人は高額ワインの税は徴収するが安価なワインは数を間違える。空瓶を回収して戻ってくる商人が検問に置いてある瓶も回収する。役人の下には証拠が残らない。」

安価な方なら大した金額にはならないので役人も目をつぶりやすい。だいたいどこの検問でもよくある例だ。

「国境をちょっと越えた辺りの森の中で荷を襲わせて調べた。」

「出たか」

「出た。赤鳳花の種の粉末だ」

強奪した荷車に乗せられていたワインを、底の方を狙って何本か割った。ワインと、赤茶けた粉末の両方が見られた。赤鳳花の粉末は夜の界隈では媚薬として知られており酒などに混ぜて使われる。種の粉末を摂取することでより強い酩酊状態となる。繰り返し取り込むと臓器が爛れ死に到る毒薬だ。当然違法だ。検問の荷改めで、コルク栓を抜いてワインが出てくるところを役人に見せ、荷を通していたのだ。瓶にはすべて例の刻印が打たれていた。

「・・・やるか」

「だな」

あとはもう話すことはなくふたりは立ち上がる。ふとリオがロイに意識を向けた。

「・・・身辺に気をつけろよ」

「お互いにな」

怯んでいる様子はなかった。


数日後、ラスター一派が仕切る酒造組合に一斉捜査が入った。事務所・倉庫にあるものすべて持ち出し禁止となり、程なく二重底の瓶が発見された。


「あの小僧らめ・・・」

「懲りてないようですな」

「三男坊といえど侯爵家の倅だ。手が出せん。」

「ではそのように」


昼下がり、部屋でうとうととしていたティナはにわかに騒がしくなった廊下の気配に目を覚ました。いつもより明るい夫人の声がする。そして通り過ぎていく足音。

「とても素敵でしたわ。またぜひいらして?」

「もちろんですとも」

ティナはベッドを降りると細くドアを開いてそっと外の様子を窺った。階下の広間を抜けていくふたりの姿が見えた。髪を撫でつけた髭の男と楽し気に語らう夫人。夫人自らが見送りなんて珍しい。

「おや、お嬢様。お昼寝はもうよろしいんですか?」

ちょうど通りかかった侍女に気づかれ、ティナの視線を追ってああ、と頷いた。

「貿易商の方ですよ。奥様お気に入りの東国の陶磁器を扱っているそうで。」

「東国の陶磁器なんて珍しいものね」

「最近のはやりらしいわよ。この間のお茶会から帰っていらしてから奥様が大のお気に入り」

「この間厨房に置いてあったのをちょっとみたけど花とか小鳥の絵とか。ちょっと変わっていておもしろいわ」

「あら、私はやっぱり薔薇がいいわ」

噂話に花を咲かせながら遠ざかって行った。ティナはお昼寝に戻ることにした。

ベッドに上がってうとうとした。


街の片隅にある薄汚れた壊れかけの広場の隅にいた。冷たく硬い石の感触が足元にあった。

ここにいれば一日一回、あったかいスープが飲める。誰にもぶたれない。ときどき大人がやってきて男の子たちがばらばらと群がる。お前とお前と、指し示された男の子たちが男に着いていく。あぶれた子たちは虚ろな表情でまたどこかに散っていく。ぼんやりと景色が遠ざかって行った。



リンが血相を変えて執務室に飛び込んできたのはある日のことだ。

「お前も一緒に来い!」

は?なに?と思うまもなく馬車に乗せられガラガラと引き立てられて行った。着いた先は先日お茶したばかりのこの無愛想なご友人の実家である。相変わらず豪奢な邸宅である。王政派で権勢を握る一派の主流であるから羽振りがいいのはまあそうだろう。

「母上、一体どういうおつもりですか!」

つかつかと足早に廊下を抜けノックもなく夫人の部屋を開ける。

「あら、どうしたの?」

息子の剣幕にも夫人はおっとりと微笑み返す。手には刺繍の針と布を持っていた。

「ランカスター家に出入りの商人と付き合いを始めたとか」

「この間のお茶会で夫人にご紹介頂いたのよ。すてきな品を持って来て下さるのよ」

「ランカスターと言えば父上の仇敵ではありませんか!なぜそんな商人などと・・・どんな陰謀が隠されているやもわかりません!」

「あら、それとこれとは別よ。ランカスター夫人は良い方よ」

「だとしても危険です!疑いのある者を家に入れるなど」

「これはあなたが悪いのです」

夫人は手にしていた針と布を置いてきっぱりと言った。

「夫も息子もこの母を除け者にして、三人でこそこそ悪巧みばかり。除け者にされているわたくしが何をするのも自由でしょう。口出しをすることはできません。」

「しかし・・・」

お前も何か言えと目線がちらちら寄ってくる。親子げんかに何言えってんだ。

「だいたい殿方というのは物事を単純に考えすぎるのです。会議や書類だけで決まるものなどないでしょう。女性同士のおつきあいはとても重要なのですよ」

それはそうだ。ぐっと詰まるリン。

「そんなに心配だと言うのなら側で見ていらっしゃい。ちょうどいいわ、今日もこれからいらっしゃるのよ」

夫人の浮かれた声音に、そうと決まった。


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