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お仕事 3

珍しく飲みに行こうと言い出したのはあいつからだ。奴は基本自分から口説くということは滅多しない。しなくても女の子達が寄ってくるからだ。その中から一匹を釣り上げる手腕は一瞬だ。今日はその様子をご覧に入れよう。

ロイを連れて馴染みの店に顔を出せば、早速女の子が気づいた。

「あっれーどうしたの?珍し。この辺りからは足を洗ったと思ってたけど」

「こわい上司にまたこき使われてんだって。お兄さん疲れてるらしいから、何か出してあげて」

会話もなくさっさと腰掛けるロイに女の子は慣れた様子で体を寄せた。

「へえ?じゃああとっておき?」

「ああいいぜ。なに、とっておきとかあんの?」

密談のように囁いてくすくすと笑って奥に引っ込む。すぐに干し肉とナッツのつまみが出てきた。よく分かっている。つまみはいつも店で一番安いものしか頼まない。要は何でもいい。酒が飲めれば。

女の子も次々出てきて、あ、ロイだとか上司に苛められているとか口々に好きなことをいいながら群がってくる。

「前ときどき一緒に来てたよね?なんかエラソーな態度の人」

「ったくそうだよ、リンのヤロー偉くなったからってこき使いやがって」

「でもイケメンだったじゃーん」

「ぜーんぜん堅物だったじゃん」

「まあ、あいつザルだしな」

酔っ払った態度を見せないので女の子達にはおもしろくなかったのだろう。

「かわいそーロイ」

「かわいそー」

きゃっきゃっと笑ってロイに抱きつく。すっと手を回して腕の中に入れてやりながら店のメニューを開く。

「なにする?」

女の子たちの酒とつまみはケチらない。

「コレ?と、コレ?」

あとは手軽に摘まめる食い物をいくつか注文してやる。

飲み物や摘みが運ばれ飲んで食べて宴も酣となっていく。女の子たちの最近の街での流行り話に交じってときおりロイの近況にも話が及ぶ。

「あんな偉そうなんじゃ人も辞めるって。人手が足りねえのもお前のせいだろ。オレを巻き込むなってんだ」

ちなみにリンの率いる執政局は、最も多くの入局者を輩出する王都大学院の間では激務で有名である。使えない奴はリンがすぐ首にするか着いていけなくて辞めるので、慢性的な人手不足である。

他愛もない話で盛り上がっているところをふと思い出したように言った。

「あれ、コレうまいな」

うんうんと女の子たちが頷いた。

「最近入ってくるようになったの。」

「他のお客さんにも結構好評だからどうかなーと思って」

「へえ。高級ワインを出すような上等な店だったか?オレみたいなのはお呼びじゃないってか?」

「まっさか!ウチがそんな高級なワケないじゃーん」

「ないじゃーん!!」

「ねえ?」

きゃきゃっと女の子たちが茶化す。

「ああ、だからとっておき?」

「そ、とっておき」

「いやーオレもいい身分になったもんだな。とっておき扱いか」

テーブルのワイン瓶を手に取るとしげしげと眺めた。瓶の底に刻印が入っていた。椅子の背もたれにもたれかかると隣の女の子がしな垂れかかってくる。

「ミレイとかエリーも会いたがってたよ。とっておきなんだから他のとこ行っちゃダメ。」

「じゃあ、オレと一緒に行く?」

おっとここで口説きモード。

女の子は上目遣いたっぷりにロイを見つめた。

「・・・連れてってくれるの?」

ロイがぐっと距離を詰め耳元に囁く。

「今日のオレはとっておきだから」

女はふふと笑って満更でもない様子。程なくしてロイは席を立ち、戻ってきた。

「なんか、さっき奥でエマ怒られてたけどあいつ見ない顔だな」

「ああネズミ男ね。店長が雇ったのよ。計算に強いからって」

「ほーんと細かくて嫌になるわ」

「あたしもだいっきらーい」

「ワインもあいつが始めたのよ。いい仕入れ先を知ってるからって」

「ウチは麦酒の店よ。お高いワイン好きな客はお断りよ」

「でもさっき出した高級ワインがあるでしょう?あれが意外とお客にはウケが良かったから店長がそのままでいいかって・・・」

女の子たちの反応を見る限り全員から嫌われているようだった。


夜も更けてきた頃、ふたりは店を立った。

「何か収穫はありましたか?」

「ああ・・・まあな」

急に飲みに行こうと言い出したのはこいつだ。最近またリンの下で働き出したとのことだったからまあ何かあるんだろうなとは思っていたが。ん?今日は持ち帰りはなしか。


「収穫は?」

連日の疲れも見せず淡々とリンが聞く。農園で生産されたワインは酒造組合が販売を引き受けている。最近近ラスター一派が立ち上げた酒造組合の卸先を調べた中に、昨晩の店があることがわかり、馴染みの顔をして偵察に出向いたのである。

ロイが取り出して見せたのはワイン瓶の底の欠片だった。切り口を見てすぐに察した。

「二重底か」

あの晩、ロイは人目を盗んで裏口に出ていた。店の裏手にはゴミが積まれている。空き瓶の木枠もあった。ワイン瓶は回収業者が引き取りに来るのだ。しかしこれは・・・。

そこには割れた瓶の欠片が山となっていた。先程の高級ワインにあったのと同じ刻印の欠片もある。取引を囲い込むために酒造組合は組合ごと独自の刻印を持っている。ここにあるものはおそらく出本は同じだろう。割れるのはよくあることだ。大きな欠片も集めて溶かせばまた瓶になるので業者が持って帰る。

よくあるにしても多い、とロイは思った。

何でこんなに多いんだ?まるで敢えて割っているかのようだ。

欠片の山にじっと目をこらした。


「・・・国境を越えて流れている可能性が高いな」

リンの調べではラスター一派の酒造組合は国内よりも国外から買い付けに来る商人との取引が多いのだ。

「国境の検問を当たれ」

はいはいはい、人使いの荒いことで。



夫人は窓の外を眺めて切なく溜息をついていた。

「こんなに近くに居るのだから、たまには顔の一つも見せに来ればいいのに。」

「きっとお仕事がお忙しいんですよ」

家督はないが優秀な三男坊は、大学に入れた後、就いた仕事が性に合っていたのかちょくちょく邸宅に戻ってこないことがあった。よそ様と比べれば大邸宅でもないが、一応王都の一等地に居を構えており利便性も悪くない。毎日馬車での送迎もつけてあげるし、厨房でヤカンから移したお湯が温かな紅茶になって振る舞われている頃には王宮の門をくぐっているくらいの距離だと言うのに。

「だからって、この間から宮廷に詰めたっきり家に寄りつきもしない。母が恋しくはないのかしら?」

最近では元同僚を引っ張り出して政務に当たっているらしい。無愛想で率直に物を言う我が子はあまり友人が多い方ではないと思っているが、彼とは気が合うのか学生時代にはこの邸宅にもちょくちょく顔を見せていた。

いいことを思いついた、と夫人は振り返った。

「今度のお茶会に二人を呼ぶことにしましょう」


もともとオレがやってたのは地方局の集計で、主計の点検や指導でよく出向いてたから今回オレが戻ってきたことで地方に動き回ったとしてもさほど不自然ではない。件の農園の地域も含めいくつかの地方局に目星をつけて出発の準備を整えていたある日、飾り模様の入った豪奢な封筒が届けられた。

なんじゃこりゃと思いながらひっくり返してみると、ちょうど執務室の入口にリンが現れた。手に同じ封筒を持っている。そして不機嫌そうだ。(愛想がないせいでいつも不機嫌そうに見えるがこれが本当に不機嫌な顔だ)

「母からの召集令状だ」

「お?」

何でも仕事で泊まり込みが続くとお茶会と称する召集令状で家へ強制帰宅させられるらしい。

「まったくあの人もいつまでも子供ではないのだから・・・」

ぶつくさ言いながら背を向けて出て行く。帰り支度でもするのだろう。まあティナを預かって貰っている手前、オレも行かないわけにもいくまい。身なりを整えて参上した。


普段から愛想のない友人は母にも同様らしい。挨拶を交わす間もニコリともしなかった。ご機嫌伺いなのに、いいのか?

夫人は友人が帰ってこない愚痴をくどくと言い立てる。

が、「申し訳ありません。仕事が立て込んでおりまして」としゃあしゃあととりつく島もない。夫人の視線がオレに向いたのでオレも挨拶を返した。

「ご無沙汰しております」


テーブルに移動してお茶が始まった。

「あなたたち二人ときたら寄れば悪巧みばかり。お父様までも一緒になって。この母を除け者にして。」

「・・・政治とは難しいものなのです」

「ええ心得ていてよ。あなたたちの悪戯をさんざん見てきましたからね。今度は何を企んでいるのかしら?」

仕事では完膚なきまで相手を論破するこいつも母には弱いらしい。渋い顔で黙りこんでカップを口に運んだ。

「家の愚息がごめんなさいね。仕事部屋で寝起きされているのですって?そんなところでは窮屈でしょう。どうぞこちらにお泊まりになって?」

「その件ですが母上、彼は明日から地方の調査に行くことが決まっているのです。」

「まあお出かけに?」

夫人の後に控えているティナの表情がみるみる萎んだ。


ひとしきり世間話に花が咲いた頃、年配の侍女が奥様、と声をかけた。

「あらそうね。わたくしはそろそろ失礼させて頂くわ。」

婦人はカップを置くと立ち上がる。

「この後来客があるものですから。おふたりはどうぞゆっくりなさって。明日からの旅程には十分お気を付けてね。では」

夫人はそう言って侍女を連れて出て行った。大人しく控えていたティナが様子を窺っている。

「ティナ、来い」

腕を拡げると走り寄ってきて抱きついた。

「よっと」

持ち上げて一緒にソファに座る。

「いい子にしてたか?ん?」

こく、と頷く。

「そうか」

わしゃわしゃと頭を撫でてやる。ティナは一度とって返すとテーブルに置いてあった本を持って来た。ページを開くと何かを書き付けた紙が何枚も挟まっている。その紙を見せて説明してくれた。

「そうか、たまごがうまいのか」

うん、と頷く。

「そうかパンもうまいのか」

うんと頷く。

「部屋もかわいいのか、よかったな。ん?の、ノースムー」

見慣れない綴りに四苦八苦していると思わぬ所から助け船がでた。

「ああ、北の谷に咲く花という詩集だ。母のお気に入りだ。子供の頃オレもよく聞かされた。」

こいつの母親との関係がちょっと分かったような気がした。

「そうか、詩も読んでもらったのか、よかったな」

うん、と頷く。その後はお気に入りの本を持って来て、まだ難しい言葉があるから読んでくれと言う。読んでやっていたら先程の年配の侍女がお菓子とお茶のお替わりを運んできた。ティナが作ったクッキーだと言う。あらかた粉を振るったり丸めたくらいだろうが礼を言って有り難く頂戴した。その後も続きを読んでやっていると途中でうとうとし始めた。興奮して疲れたか?


母との面会を終えた後、この優秀な元同僚は幼子と団欒の時間を過ごしていた。話を聞いてやって本を読んでやって甲斐甲斐しい。こんなに面倒見のいい奴だったか?幼子は久しぶりに身内に会えて興奮していたがやがて静かになった。

「お前、吹っ切れたなら戻ってこないか」

「ん、・・・ああ」

膝の上でうとうとしている子供の背中を撫でている。

「左手の甲に十字のある男、か。まさかそこらじゅうの男を捕まえて左手を確認するわけにもいかんだろう」



三年前まで、オレはここで働いていた。

子供の頃に両親を亡くしたオレは祖父母に引き取られ育てられた。もともと出来のいいオレは、街の学校を成績優秀で卒業すると推薦で王都大学院へ入れた。そこで出会ったのがリンとチェリオだ。リンは貴族の三男坊で、家督はないが優秀なので父の手伝いをするようにと入れられたらしい。チェリオはなんで通っているのかわからんくらいちゃらんぽらんな奴だった。講義にはほとんど出ない。街でいつも変な奴とつるんでいる。が、不思議とオレとリンとは気が合った。遊びはほとんどチェリオから教わった。

リンの奴もぶつくさ言いながら通っていたがそこでの生活は性に合っていたらしい。成績優秀で卒業しそのまま執政局に入った。オレも入った。給金が良かったからだ。


 入ってからは目の回るような忙しさだった。オレの仕事は税の集計だったがなんせ地方官ともなるとまともに計算もできない奴が長になっている。挙がってくる数字の合わんこと合わんこと。帳簿の訂正から記録の仕方、計算の仕方まで出向いてって教えたこともある。

 そのうちオレの仕事はだんだん政治色を帯びるようになっていった。貴族院で審議される議案の中で王政に影響を及ぼすような議案を潰すのだ。貴族議員に取り入り情報を引き出し、煽てたりなだめすかしたりしながら取引を持ちかけ、時には多数派工作を仕掛け、時にはちょっとあぶない橋を渡ることもあった。こちとら日々の業務で金の流れを把握しているのだ。情報には事欠かない。

 当時取りかかっていたのは貴族派の主流を占めるラスター派の脱税調査だった。当時はジャガイモ袋があやしいと踏んでいたのが。

 執政局職員の周囲ではちょくちょくぼやや物盗りといった騒ぎが起きていた。大方嫌がらせだろうことは分かっていたが、職員を特定されないよう不特定多数に、分からないよう仕事を振っていたので誰が何をとはっきりとは分からないはずだ。それで近いところでの嫌がらせ程度で済んでいた。が、さすがに頭を取り仕切っているのはオレだとバレたのか家に火を放たれた。官舎で寝起きしていたオレは無事だった。祖父母が犠牲になった。そしてもうひとり。

 

オレには弟がいた。年の離れた弟で、さほど手も掛からずさっさと大人になって勤めを始めてしまったオレを寂しがったのか、祖父母は遠縁の子供を引き取って育てていた。ときどき顔を見せに家に帰ると嬉しそうに駆けよってオレにもよく懐いてくれた。食い物や男の子の好きそうな船の模型や甲冑騎士のブリキ人形なんかを手土産にちょくちょく帰っていた。たしか十歳を超えたくらいだ。煙に巻かれて動けなくなっている祖父母を助けに戻って同じく煙に巻かれたらしい。何とか助け出されたときには虫の息だった。今際の間際に弟が言い残した。火の手が上がる前、路地で遊んでいた弟はポケットから何かを取り出しながら裏路地に入っていく男を見たと。赤茶けた髪に左手の甲に十字の印があった。


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