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お仕事

久方ぶりに昔の同僚が訪ねてきた。市中の様子や近況やらをひとしきり話しているとドアが開いて、そちらを見た友人の眉がピクと動くのが分かった。

・・・なんだこの小汚いのは。

ありありと顔にそう書かれていた。

おおかた寝っ転がって描いていたのだろう。葉っぱや土が服のあちこちに着いていて、朝結んでやった髪も解けかけている。子供を引き取って育てていると簡単に説明した。

「ああ、・・・それなら丁度良い」

急に調子が明るくなった。

「母が、ちょうど小回りのきく小間使いを探していたところだ」

「・・・いや、その、喋れねえんだよ」

「なおさら都合がいい。母はお喋りな侍女は好みではない。・・・字は書けるのか?」

「一応な」

「なら膳は急げだな。次に来るときは書類一式揃えてくる。ああ、一番いい服を着せておけよ。」

そう言ってさっさと帰って行った。・・・何しに来たんだあいつは。

それはさておき、これによって最近頭を悩ませていた問題に幾何かの光明が差したような気がした。あの件以来、ティナはロイにべったりなのである。留守番させようにも、どこに行くにも着いてくる。少しは親離れが必要なのではなかろうかと思っているのだが。

「まあ・・・これも経験かあ?」


せっかちな友人は三日後には書類を携えてやって来た。

「オレの紹介とはいえ身元保証は必須だからな。ここに両親の名前を書け」

「いや・・・両親は死んでんだよ」

「お前があの子の後見人か?あの子の親とはどういう関係だ?」

「あのー・・・じいさんの弟の孫の・・・」

「ほう、あの方に弟がいたとは初耳だな。ではここに親の名前を書いてこっちにお前の名前を書け」

話はさっさか進んでいく。ティナは支度を整えてトランクと共に馬車に乗せられた。

友人が帰去したあの後、一応説明はしておいたのだが不安そうな瞳が何度もロイを見返す。

「行っておいで」

御者の掛け声と共にガラガラと車輪が回り始め、馬車は遠ざかって行った。


見たこともないほど立派な館だった。美しい婉曲を描く椅子、側面に蔦の彫刻が彫られたテーブル、色鮮やかな花瓶。大きな絵画。そんなものがそこかしこに飾られている。

案内の従僕が開いた扉に一歩踏み入れると、ふかふかの絨毯につま先が当たる。そんな部屋の中にその人はいた。従僕が去ってバタンと扉が閉まるのを見届けて、ティナは慌てて帽子を取った。

「あら、かわいい子ね」

ふふ、と柔らかく笑う声のかわいい人だった。

「ティナというのね?」

こくと頷く。

「ばあや、喋れないそうだからよく面倒を見てやってね」

「畏まりました、奥様」

扉の側に控えていた初老の女性が慣れた様子で応えた。


「ティナ様、こちらへ」

案内された部屋は天蓋付きのベッドが置かれ、小花柄の壁紙で囲まれた絵本にでてくるようなかわいいお部屋だった。ばあやと呼ばれた女性が壁際の扉を開けてどれでも好きなのを着ていいんですよ、と見せてくれた。明日仕立屋さんを呼びますからお直ししてもらいましょうねとも。こうして新しい場所での毎日が始まった。


「さあさお嬢様、朝でございますよ」

ばあやさんは毎朝部屋のカーテンを開いて、朝日をいっぱいに入れる。着替えを手伝ってくれる。

着替えを終えて鏡台に座ると、後に回って髪を整えリボンを結んでくれる。

「さあできましたよ、お嬢様」

朝食の台車が運ばれてくる。朝は、わふわの卵と丸いパンと平たいパンとさくさくのパンと、少しの果物とあたたかい紅茶。パンはいくつでもお替わりができた。


朝食の後は、ばあやさんから行儀作法を習う時間が少しある。

「下を向いてはいけませんよ。」

「靴先で遊んではいけませんよ。」

「指を弄ってはいけませんよ。」

「靴音を立てずに歩きます」

廊下で人とすれ違ったときの挨拶、お部屋への入り方、お辞儀の仕方、ドレスの裁き方、座り方、人にドアを開けるとき、お茶の出し方。たくさんのやり方があった。


その後、奥様のところに行って朝の挨拶をする。ばあやさんと一緒に習った通りにした。お手紙を渡したり、本を戻したり、お茶の準備や片付けを手伝ったり、インク壺を取り替えたり、いろいろと用事をして過ごす。

あの人は詩集が好きだと行って、お気に入りの詩編のいくつかをあのきれいな声で聞かせてくれた。また、こんなふうにもできるのよと花の刺繍も見せてくれた。そして少しずつ教えてくれた。用事が済むとお部屋に帰って、本を読んだり刺繍の続きをしたりした。

午後のお茶の時間にはよく呼ばれて一緒に過ごした。お部屋でお上がりなさいな、といつもお菓子を持たせてくれた。


あの声で読まれる詩を聞いているのは心地よかったし、糸で花が描けるのもおもしろかった。もらったお菓子以外にも、ばあやさんが厨房でもらったからとあれやこれやと継ぎ足してくれてお部屋のお菓子はいつもいっぱいだった。

鏡台に置かれているリボンはだんだん増えていった。


ある日、ばあやさんは外に用事があるからとお茶の準備をひとりですることになった。習った通りの手順でお湯を注ぎ、カップをそっと奥様のテーブルに置いた。

あら、と女主人は言った。

「ずいぶんうまくなったのね」

ふふふと微笑んでいる。少し膝を折って主君に礼を示す作法で、賛辞に応えた。あの人はひとくち口に含むとゆっくりとカップを戻す。

「でも、楽しくなさそうね」

誉められた割にティナは浮かない表情なのだ。

「行儀作法は大事よ。自分を軽んじられないために」



中間報告とか言っていたがどうせ息抜きに来てんだろう。茶ぐいら出してやる。勝手知ったる様子で遠慮無くテーブルにつくリンの前に、お湯の入ったポットを置く。

「貴族派の連中がまた力を強めている。」

「なに、一回大鉈切りをやっただろ。まだ懲りてねえの?」

ポットから注ぐ。

「特に最近ラスター派周りの連中の金遣いが激しい。毎晩市中で札束をばらまいているような状況だ」

「出所は?」

「おそらくワインだ。ここ数年、連中の何人かが地方のブドウ農園を買い入れている。」

カップを向かいに置き、自分も腰を落ち着ける。

仕事には細かい男だ。部下に命じてあちこちの帳面から拾い上げた数字と睨めっこしている姿が容易に目に浮かぶ。既にそこから何かしら手がかりを掴んでいるのだろう。でなければ迂闊な話はしない男だ。息を吹きかけて湯気を飛ばし紅茶を啜る。

待っていると渋い顔になって話を続けた。

「・・・だが、どうも収支が合わん。」

カップを取り上げて口に含む。む、とさらに一瞬眉間が寄った。

「農園の敷地からある程度の収穫量は推測できる。ざっと計算してみただけだが、市中に出回っているワインより十から二十倍高い値段で売っていることになる。出入りの商人に話を聞いてみたが、最近ラスター派の後押しもあって他品種、つまりいろいろな農園から買い付けをするようになって高級品も扱うようになったから取引が伸びているんだという話だったが・・・」

友人は渋い顔のままカップを置き、クッキーに手を伸ばしボリボリと噛み砕いた。。

「試しに街を一晩見回ってみたが、ワインの稼ぎより市中に出回っている金の方がどうも多そうだ、という感じがしたな。」

「?」

「・・・奴ら取り巻きも連れて、テーブルにはゴルダー産の貝やブリスク豚のハムやスパルナ産の巻きたばこが山盛りだ。女の他に歌手や芝居も呼んで一晩中どんちゃん騒ぎだ」

なるほど、どれもとびきりの高級品だ。ワインの利益だけでとても賄えるものではないという話だろう。わからない話でもない。

友人は押し黙ってもう一口紅茶を運ぶ。

「・・・ワインと見せかけて別のものを運んでいる・・・という噂がある」

友人はロイを伺った。

「・・・似てないか?あの時と」

「・・・同じ奴らか!」

「まだ分からん。・・・だが手口が似ている」

ロイも渋面を作り胸の前で腕を組む。

「調査はするつもりだが、事は慎重を要する。時間も人も頭も足りん。」

「・・・・・・」

言いたいことはわかる。だがオレが黙っていると業を切らしたように強気に出た。

「このまま奴らの企みを見過ごすわけにはいかん。わが王が軽んじられるようなことがあっては、国の威信に関わる!」

「・・・オレは一回辞めた身だ・・・向いてねえよ」

「お前が向いてないなら誰が向いてるんだ!その胡散臭い爽やかな笑顔とうそっぺらをすべらかに話す弁舌でまたじじい共を騙しまくれ!」

「・・・・・・」

ひどい言い様である。

「・・・戻ってこいよ」

天を仰いだまましばし沈黙の後、ぽつりと呟いた。

「・・・まあ、ちょっと用もあることだしなあ」

是と決まれば行動の早い友人はさっさかオレを連れ出した。出仕の服くらい貸してやる。泊まりは官舎の空いている部屋を使えばいいと。


朗報は、お茶の時間に女主人からもたらされた。

「あなたの育ての親がこちらに来るそうよ」

ちびちびと紅茶を飲んでいたティナの顔がみるみる明るくなった。

「行ってみる?」


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