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オレの友人の話をしよう

オレの友人の話をしよう。

そこそこイケメンで口がうまくて気の利いた冗談をいくつもとばせるあいつが、女にモテないわけがない。夜にふたりで町に繰り出せば、たちまち慣れ知った女たちに囲まれ、いつだって楽しい夜を過ごせた。女を取りあうこともなく、後腐れ無くカラッとつきあえるちょうどいい飲み友だった。

これはそんなあいつの話だ。

久しぶりに訪ねた知人宅で、オレは言葉を失っていた。

「・・・・・・」

花柄の壁紙と、花柄のソファカバーと赤と白の縦縞に小花が散っているクッションと、・・・いや、これ以上は言うまい。

おまえ、どした?聞いてくれるな、という短いやりとりが目だけで交わされた。

「もうすぐ帰ってくる筈だから」

誰が?と聞く前にバタンとドアが開いた。少女が走り込んでくる。

「道具は部屋において、手を洗って」

ロイに追い返されるままにパタパタと別の部屋に駆け込み道具を置いてくると、タイルの貼られている洗い場に直行する。ロイは棚からパウンドケーキを出して切り分け始めていた。

二切れほどのそれが小皿で客人にも振る舞われる。

「おまえこれ・・・」

聞いてくれるな、その目が言っていた。

昔から器用な奴だとは思っていたが・・・菓子までつくり出すとは・・・

手を洗い終えた少女が椅子を引いて座ると、すっと出される小皿。少女はフォークを取ると食らいついた。


次の時、訪ねていくと昔から器用な友人はボールを小脇に抱えて生クリームを泡立てていた。

「おう、らっしゃい」

少女と共にテーブルに付くと、ふんわりと生クリームが添えられたパウンドケーキの小皿が出てきた。小さな紫の花びらが飾られているという凝りようだ。

「しょうがねえんだよ。これがねえとつくれつくれってうるせえんだ」

ちらっと目で隣を示す。なんでも、この間街に出かけたときに奮発して少しイイ茶店で休憩したらしい。そのときに初めて体験したらしいこの生クリームが以来、一番のお気に入りだそうだ。生クリームは言っても高級品である。バターと砂糖は決して安いものではないし泡立てる手間もかかる。それを強請られて仕方なくとは言えつくってやるこいつは、もう相当いかれてるなと思った。

パウンドケーキに布を被せ棚に仕舞おうとするロイの動作を少女はずっと目で追っている。

「なに、まだいるの?」

うん、と少女は頷く。

「もう食っただろ。今日の分は終わり。」

少女は不満そうに喉の奥で唸った。

「だめ、晩飯入んなくなるぞ」

「うがっあっ」

お行儀悪くフォークを持った手でどんどんとテーブルを叩く。途端にロイに恐い目で睨まれてテーブルから手を下ろした。しゅん、と小さくなっている。

「わーったわあった・・・ちょっとだけな?」


夕食後、少女は一枚の紙を手に部屋から出てくる。ロイはすぐに気づいて少女に歩み寄る。

「お、よく描けてるじゃねえか」

手元を覗き込むと、先程のパウンドケーキの乗った小皿の鉛筆画だった。

お世辞にも上手だとは言えなかったが、食べたときのふんわりとした甘い味を思い出させるような雰囲気がよく表現されていた。

「貼っとかねえとな。どこにすっかなー」

ロイは壁に目を走らせる。よく見れば、壁は手書きの画でいっぱいである。料理や草花、野の昆虫たち。ロイは隙間を見つけてピンで留める。

(それで、生クリームまでつくっちまうわけだ・・・)


先に少女を寝かしつけて、テーブルに夜茶が出てくる。温かいそれをずずっと啜った。

「おまえ、もうお父さんだな」

ロイは苦虫を掴み潰したような顔で椅子に半分腰掛ける。

「レイリちゃんやリンちゃんがまってるぞー」

「子連れで行けるわけねーだろ」

子供の前では見せない態度の悪さで椅子に踏ん反り返った。

「おまえ、なんであんな子供引き取ったんだよ」

友人は空を仰ぎ見た。

「・・・ほんと、なんでかねー」



当時、伯爵から古文書の解読を受けていたオレは、伯爵邸からの帰り道に何度か襲われていた。毎回革の包みを小脇に抱えて伯爵邸から出てくるオレは、重要な取引の書類を運んでいると勘違いされたらしい。日も暮れかけた帰り道、背後をいくつかの黒い塊に埋められた。いい加減うっとうしいと思っていたオレは、先手必勝とばかりに撃退した。よろよろと撤退していくそのなかに倒れて動かない塊があった。

雇い主を吐かせてやる!

掴み挙げた黒い塊は思いの外軽かった。不審に思って布をはぎ取ると、ボサボサの小さな頭が現れた。

「こどもおっっ?」

見るからに孤児と分かる小汚い痩せた子供が気を失っていた。


「何で放ってこなかったのよ」

これは後日、拾った子供のことを相談に行った友人の台詞だ。

「いや、だって、オレのせいで死なれたら後味わりいし」


取り敢えず連れ帰って、綺麗好きのオレとしてはこんな汚い塊を室内に置いておきたくない一心で風呂にぶち込んだ。

洗ってみるとオレンジ頭の女の子が出てきた。

(女か・・・)

何の虫が付いてるかもしれないぼろ切れのような服を室内で使いたくなく、仕方なく自分の服を着せた。

「名前は?誰に雇われた?」

だんまりの女の子。その晩はパンをひとつやるとガツガツと頬張って食べた。翌朝、もうひとつパンをやった。食べるだけで何も喋らなかった。そこでオレはひとつの可能性に思い当たった。

(こいつ喋れねえのか!)

風呂に入れたときも服を着せたときも一言も発しなかった。扱いに困って、結局町外れの知人宅(女)に連れて行った。


事情を聞いた女は冷たかった。

「冗談でしょ。あんたが拾ったんだからあんたが飼い主でしょ。飼い犬のめんどうくらい自分でみなさい。ああ、必要な物ぐらいは揃えて送ったげるわ。」

くるりと少女に向き直った。

「いい、今日からこのおじ、おにーさんと一緒に暮らすのよ?このお兄さんがあなたの面倒見てくれるからね」

こくと頷く少女。

「あら素直なイイコじゃない。よかったわね、ロイ」

にっこりとメイリは笑った。


数日して女から届いた小包の中は女の子らしい洋服と下着と靴とその他諸々。正直助かった。一応見られる格好にはなったものの少女は一日中部屋の隅でじっとしていた。自分の仕事を進めつつちらっと少女を伺うが、少女は変わらずぼんやりと空を見つめている。この気詰まりな雰囲気を何とかしたいのだが・・・

・・・子供って何して遊ぶんだ?


そうだお絵かきだ!と閃いたのは三日後だった。子育て経験のない自分が思いついたことを誉めてやりたい。早速町で色鉛筆と図画帳を買い求め、部屋の隅に蹲っている少女に与えた。

「何でもいいからかきな。ほら、こうやって・・・」

朝食時の小皿が片付け忘れられていたので、それを手本に描いてやった。図画帳と鉛筆を受け取って暫くじっとしていたが、何やら鉛筆を動かし始めたので取り敢えず一安心。

居場所は変わらず部屋の隅のままだった。


運んでやった簡素な食事を部屋の隅で食べ終える。傍らに置いていた帳面を拡げ鉛筆を動かし始める。それを見計らって食器を下げる。そうした日々が過ぎていった。仕事の合間にちらっと様子を窺うと、変わらずお絵かきに没頭している。飽きると昼寝をしたり、ときどき仕事をしているロイに視線を飛ばすこともあるので、気にはしている様子だった。

お絵かきをしているからまあいいかとほとんど気にかけていなかったが、昼食を終えたある日、ふと見ると丸くなって眠っていた。その傍らに帳面が閉じられていた。

そういやなにかいてんだ?

そっと近づいて試しに帳面をめくってみた。最初は何か分からなかった線が、だんだんパンになってきた。パン、パン、パン、そのうちスープが加わってパンとスープになった。そのうちパンとスープと小皿、毎日3回、食べたものセット。

「・・・食いモンばっかだな」


一日中家ん中閉じこもってっからだ!


午後、散歩に連れ出した。散歩と言っても家の庭の周りをぐるっと回る程度だ。りんごの木が小さな実を見つけていたのを見つけて、もいで放ってやった。服の裾で軽く擦って齧りつく。甘酸っぱくしゃりしゃりと歯ごたえが小気味よい。少女もおそるおそる真似をして口に運んだ。

その日の夜、部屋の隅で丸まって眠っている少女の毛布を直してやっていると帳面に目がとまった。

りんご一個。

(まあ、一歩前進・・・か)


翌日から毎日外に連れ出した。あれはなにこれはなにと庭に生えている草や木の名前を言って回る。ちょうど白筒花が盛りを迎えていたので、花を摘んで根元の蜜を吸うのを見せる。

「ほれ」

もうひとつ摘んで渡してやると、恐る恐る口を付けた。それから目がまん丸になった。ロイの口元がニヤけた。

その日の夜、寝静まったのを見届けてそっと帳面をめくったロイの口元が上がったのを見た者は誰もいなかった。


その後も、覚えるとは思わなかったが庭に出る度に逐一花や木の名前を言ってやった。そのうち気に入った花ができたらしく、帳面にはだんだんと花の絵が増えていった。


いい加減替えの洋服も必要になってきていたので、日用品の買い出しに連れて行った。大人しく後を付いてきていたが、ある店の前で急に足を止めた。視線を辿れば、そこは子供服の店で、軒先からいくつも釣られている服の一枚に目が釘付けになっていた。何てこと無い女児向けのスカートだったが、よく見れば花柄がところどころ縫い付けられていた。そう、ウチの庭にある金蓮花そっくりの。

苦笑して、店内に声を駆ける。

勘定を済ませて渡してやると、目を輝かせて喜んだ。

ふだんの雑な格好を気にしていない様子だったから気に留めてなかったが、案外こういうのも好きらしい。

予想外の出費にはなったがまあいいかと思う。帰る前に茶店で一息入れることにした。石けんやら香辛料やら歩き回っていい加減肩も重い。後は近くまで辻馬車でも拾うか。





「ん?」

ある日、洗濯をしようとティナの服を仕分けていたオレは指先に異物を感じて手を止めた。ポケットを探ってみれば、丸くて茶色い平べったいものが出てきた。

「んー?」

よく見ると何かにカビが生えているようだ。

写生に出ていたティナがちょうど戻ってきて、オレの手の中にあるものをみて血相を変えて走ってきた。

「・・・あ、ああ、」

取り返そうと手を伸ばしてくる。

「いやいやいや、無理だって」

届かないよう高いところに上げながら、もう無理だと説明して廃棄することを納得させた。ティナは大変しょんぼりしていた。しょんぼりしながらまた写生に出て、しょんぼりしたまま帰ってきた。何も描いていない様子だった。

夕食時にも元気がなかった。いつもなら美味そうに食うのに。

食事を終えて、しょんぼりと席を離れるティナを引き留め、もう一度座らせた。戸棚から皿を取り出して前に置いた。

「全部食っていいぞ」


小麦粉と卵と砂糖を混ぜて台所の石窯で焼いた即席クッキーだったが、お気に召した様だ。お茶を入れるロイの目を盗んでまたポケットに入れようとしていた。

「だから隠すなって。カビ生えんだろ。・・・また作ってやっから」

その晩、絵をおずおず持って来てすぐ部屋に引っ込んだ。今までは一輪、とか一個だった絵が、今日はたくさんのクッキーが皿に盛られていた。壁に貼った。



「絵画教室生徒募集」の張り紙を見つけたのはそんなときだった。

今の王様は絵画好きで有名で、お気に入りの画家をたくさん抱えていた。お陰で貴族から庶民まで絵が流行っており、近隣の町では展覧会があちこちで開かれ、皿やコップにまで絵を描いていた。画家や画家の卵もたくさん住んでいた。そういったわけで、画家志望から素人の手習い、ほんとうに「絵」なのあやしいところまで、絵画教室には事欠かなかった。

ティナと暮らすようになってもう随分経っていた。ティナの過ごす環境は町外れの森の中で自分とふたり。あとは森の外れの知人(女)を、用があった際にたまに訪ねるくらいだ。


このままでいいはずはない、という思いはあった。いくつなのか正確なところはわからないが、ティナくらいの年ならみんな学校に通っているはずだ。

だが、入れてくれるところはそう多くないだろうということも。ティナは人付き合いを学ぶ必要がある。


ティナを町の絵画教室にいれたい。友達もできるかもしれない。



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