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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハイファンタジーを追い求めて。短編ファンタジー小説集。

狩人ベネリの戦い

作者: Lance

 一つ言えることとすれば、ここにあんな奴がいるはずもなく、俺は不幸だということだ。ん、もう一つ言えることがある。それはここに巨木があって助かったということだ。

 大きな影が四つ足を踏み締めて六メートル下をグルグル巡っている。時々喉を不機嫌に唸らせている。獲物は確かにここにいる。だが、においが途切れてしまい、混乱しているのだろう。

 ベネリは太い幹に手をやり、この化け物からどうやって逃げようか考えていた。

 獰猛な獅子の顔と、気味の悪い山羊の顔を左右に持ち、胴体は黄金色。四肢は太く爪は頑強で牙と同じく鋭く、尻尾には毒蛇が生えていた。

 キマイラという魔物だ。森に住むがこの近辺にまで来るとは思ってはいなかった。幸い犠牲が出る前に発見できたは良いが、そう、俺は逃げを選んでいる。キマイラが諦めてどこかへ去るのを待っている。脳みその感覚だともう三十分近くこのままだ。そろそろ夕暮れの帳が降りる。そうすれば、俺の帰還が遅いことに村中が訝しみ始めるだろう。そして親切な村の連中は俺を探しに森へ入る。そこにはこいつがいて、標的を変えて捜索に来た村人達を襲う。

 ああ、いけねぇなあ。ここで待つことは愚策だ。では、今すぐ降りて駆け出すか。キマイラの脚の速さは既に証明済みだ。苦労して駆けてこうして近場の木に攀じ登った。

 待つのも逃げるのも駄目か。そうすると……戦うか。

 矢は鉄の矢じりがついたのが十二本、狩人用のブロードソード一振り。短剣が三本。魚油の小瓶に火薬と火打石。最後の二つが全てを決めるだろう。そういう意味では明らかに恵まれているのだろうな。

 キマイラが背を向けた時、俺はゆっくり木から下り始め、最後の二メートルを飛んで地面に着地した。

「ベエエエエッ!」

 足音に気付いた山羊の首が甲高く気味の悪い鳴き声を上げる。

 獅子の首もこちらを振り返り、一気に距離を詰めて来る。

 矢なんて射てる暇も無い。

 俺は剣を抜いて、キマイラの突進を避けた。

 その途端に伸びる毒蛇の尻尾を俺は斬り落とした。キマイラが絶叫する。地に落ちた毒蛇を無視し俺は火薬の使いどころを決めていた。

 キマイラが上から躍り掛かって来る。三メートルはあるその身体を俺は避けると、敵は間髪入れずに襲い掛かってきた。

「ベエエエッ!」

 山羊の声がうるさい。それにあまり耳を貸すべきでは無いのだ。キマイラの山羊の首はその鳴き声に催眠作用がある。俺も一瞬だがまどろみを感じた。

 キマイラが右手で引っ掻いてきた。

 避けきれず、特注の短いブロードソードで受け止める。その時、刀身にひびが入った。

 ああ、くそっ、ついてない。

 キマイラの腕の強さは予想以上だった。爪の固さもだ。

 俺はブロードソードを鞘にしまい、短剣を取り出した。そして三歩ほど離れて投擲する。

 キマイラが突進の格好をしていたところにちょうど山羊の額に短剣が深々と突き刺さった。

 山羊の声はまるで断末魔のような鳴き声を上げて、赤い目を閉じた。

 もう一本の短剣を投げ付け、キマイラの右前脚を貫く。

 獅子の首が吼える。激昂し、襲い掛かって来るが、速度は鈍い。俺は火薬の入った袋を置いた。

 これは賭けだった。キマイラがこいつを咥えてくれれば。

 動きの鈍った魔物の突進を避け、どうにかこの場に釘付けにしたい。この火薬のにおいに興味を持ち、口に入れるところをみるまでは、俺はここで闘牛士のようにヒラリヒラリと身を躱すだけである。

 そうしながら矢を一本と油の入った小瓶を手にし、突進を避けつつ、矢じりを油に浸す。

 キマイラもなかなかそうはさせない。尻尾の毒蛇も片方の山羊も死に、脚にケガを負っている。重傷の身でも、俺のことを食ってやろうと躍起になっている。

 俺は火薬の小袋を拾い上げた。

 駄目だ、興味を俺から外さない。

 避けるのも疲れるし、夕闇だって迫っている。キマイラの姿が見えるうちこそがチャンスであり、闇の帳が降りれば、俺は木に登ってどうにかするしかなくなる。もっと積極的に戦うしかない。腕の一本をくれてやるぐらいで。それで村の周辺を救えるのなら安いものだ。

 キマイラが頭上を飛び越え、噛みつこうとする。

 俺のその鼻面に火薬の袋をぶちまけた。

 硫黄のにおいが漂い、嗅覚の鋭い猛獣の化け物も混乱している。

 よし、今こそ!

 俺は矢じりに火打石を鳴らした。炎が燃え上がる。

「喰らえ!」

 俺は目をしっかり見開いて矢をキマイラの鼻面に突き立てた。

 そして急いで手を引っ込めた瞬間、凄まじい音と衝撃が起こった。

 俺はそのままに数メートル飛ばされた。そうして目を開き、耳が詰まったような感覚の中、両手が無事なことを確認して魔物に向き直った。

 キマイラの顔面が破裂していた。

 最後の獅子の顔はもはやそこには存在していなかった。太い骨が剥き出しになり、幾つもの血の噴水が上がって遺体は音を立てて横たわった。

 俺は勝利と安堵の溜息を深々と吐いた。そして前を見る。

「さて、ここからが狩人の本業だな」

 俺は、残った短剣を手にし、キマイラの毛皮を剥ぎに向かった。そしてこの魔物を少し哀れんだ。

 人間の開拓と戦争で森に暮らす魔物ですら食うに困る始末である。これはその証明だろう。キマイラの黄金色の毛皮は夕焼けで光っていた。

 お前もそんな可哀想な奴だったのかもしれないな。

 俺は魔物の亡骸を見下ろし、神に祈りを捧げ、皮を剥ぐ作業に移ったのであった。

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