退屈な日常と
「ヨーロッパで魔女と呼ばれた女性たちも、もとをただせば一般女性。興味本位で黒魔術に手を出すような人もいたでしょうね。それが時代によっては裁かれる時もあったくらいだったというのは知っておいて欲しいわね」
魔紗の言葉もなかなかにきついものであった。ともあれ、オカルト専門家達が危険と判断するのならば触れないに限る。
「わかりました。私も周りの子達がやるのは止める事にします」
さくらもおとなしくいう事を聞くのであった。
「それがいい。丼副君、恋愛を成就する悪魔召還とかももってのほかだからな!」
「えっ、所長。そんな悪魔もいるんですか!?」
さくらの食いつきはこの日一番のものとなった。前のめりの姿勢になって尋ねている。
「いるわよ。ソロモン七二柱の魔神のレライエ。恋愛、復縁、禁断の恋となんでもござれよ。それから男性視点の話になるけれど、女性からの愛を得る術を授けるゴモリーという名の悪魔もいるわね。・・・朧木、この子にそんな話をするのは逆効果だったんじゃあないかしら」
さくらはメモ帳に魔紗の話を熱心に書き込んでいる。後でどうするつもりなのだろうか。
「うーむ、女性の恋愛にかける情熱と言うものを侮っていたかも知れんな」
「実践はしーまーせーんー。後で調べるだけです♪」
「余計な知恵を付けさせるものでもなかったな」
朧木の言葉に魔紗がうなずく。
「大変な従業員をお持ちのようで。さて、私はそろそろ教会に帰るわ」
「君もいつもなにしにここに来ているのかね。丼副君と仲良くおしゃべりをしているところは良く見かけるのだが」
「何って狼男の様子を見に来ているに決まっているでしょ。ちゃんと餌はやっているかとか気になることは多いんだから」
ヴォルフガングは床に寝そべったままだ。彼は一貫してエクソシストの相手はしていない。
「魔紗君。君、ヴォルフガング君に避けられてないかい。片思いが過ぎるというものだよ」
「私は仕事でやっているだけよ。ちゃかさないで」
「はいはい。僕も丼副君をとやかく言えんな。ともあれ、ヴォルフガング君は非常に優秀なうちの従業員だ。彼が滞在を望む限りは、僕は彼を手放すつもりは無いぞ」
彼が望む限りは、と付け加えてあるのが重要だ。狼男の意識を尊重している。一応妖怪にも人権はあるので、とても重要な事だった。
「それならそれで仕方が無いわね。それだけ私もここに長居する機会が多くなるという話よ。諦めないから。それじゃ、また」
魔紗は悠々と帰っていった。
「まったく、とんだ客人だな」
「私は魔紗さんを頼りにしてますし、遊びに来てくれるのは嬉しいですけどね」
「一応、ここが職場なのは忘れてくれないでくれたまえよ・・・。まぁ彼女も超常現象対策のエキスパート。僕の仕事がらみの付き合い相手ではあるのだが」
朧木にも魔紗という女はなんとも言えない相手なのだ。フェイと同じで対立構造の人間関係にあるにもかかわらず、朧木探偵事務所に出入りしている。
「さぁて、今日も御仕事終わっちゃいました。何もないから時間が長く感じるの何のと」
「暇させているのは僕が悪いんだけれどね」
「じゃあ、お先に失礼します」
さくらも帰り支度を整えて帰宅していった。事務所にはヴォルフガングと朧木だけが残る。そのヴォルフガングもあくびをしている。寝ているように見えてエクソシストを警戒していたらしく、ずっと目を覚ましていたようだった。
「ヴォルフガング君、たまには一杯どうかね」
「酒かい? メイガスも好きだねぇ。オレはよしておくよ」
「そうかい。そいつは残念だね」
ヴォルフガングはすっくと立ち上がった。
「今夜は用事があるんでな。悪いがまた今度頼むぜ」
「おや、そうかい。珍しいね」
ヴォルフガングも事務所を出て行った。後には朧木一人が残った。
「見越し入道を退治して以降は大きな事件もなくなった。何事も無い日々は悪くないさね」
朧木は過去に取り扱った事件ファイルを開きながらそう言った。長年の活動の履歴だ。そこには彼が戦った妖怪の記録が残してある。転生者として事件を起こした者の記録も残っている。
ぱらぱらとページがめくられる事件ファイル。朧木は特に意識せず事件ファイルを机に置いた。その時、とあるページが開かれる。
三枝聖。東西問わずあらゆる魔術に精通。朧木良介(記録者)と交友を持つ。ある日、突如転生者として覚醒。人類救済の妄念に駆られて行動。記録者はこれと交戦、敗北する。その後、対象の行方は知れず。現在も人類救済を目的に行動していると思われる。記録者は現在もこれを追跡中。
朧木はその記録に目を留める。一人の男の写真も添付されていた。優しそうな表情をした男性。朧木はその写真を苦々しそうに見ている。
「三枝・・・今お前はどこで何をしている・・・」
朧木はぱたりと事件ファイルを閉ざす。ふぅとため息一つ吐いた。
その後、朧木は事務所の戸締りをして退所する。




