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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介の受難
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どうしようもない依頼

 フェイはズカズカと乗り込んできて応接用のソファにどかりと座るのだった。さくらが気を利かせてアイスコーヒーを持ってくる。外は暑い。氷の入ったアイスコーヒーは喉を潤すのにもってこいだろう。今日はフェイを客として迎えているようであった。


「やぁ、朧木サン。おまたせネ。今日は時間を取ってもらって申し訳ないネ」


 フェイは相変わらずにこやかな笑顔を浮かべているが、この笑顔のままにとんでもない事をするので油断は出来ない。


「なに、自慢できたものではないが時間はあったのでね。話くらいは聞こうかと。ところでフェイ、聞けば君のところでは日本人の道士を育成し始めたらしいじゃないか。本来なら君も人材育成に忙しい身なんじゃあないのかい?」


 朧木は世間話を装って探りを入れた。相手が本当のことを言うとは限らないが、やはり動向は気になるようだった。フェイも朧木の問いは予想できていたようで、


「あぁ、老師が面倒を見ているネ。私は大して何もしていないヨ。指導できるような立場にはまだないと老師に言われているネ。まぁ、私は新たな門下生には興味ないヨ。めぼしいやつはいなかったネ。彼らは使える人材になるまでに早くて五年。おそくとも十年は掛かると見たネ」


 とあっけらかんと答えた。本来はべらべらと内情を話すべきではないであろうが、今回のフェイは朧木に何らかの用があって来ていた。だから少しくらいなら話しても構わないと考えたのだろう。


「そうか、はやり人材育成にはそれなりに時間が掛かるな。それだけに堅実に動いている君達が僕にとっては脅威なんだが」


 朧木は眉間にしわを寄せた。彼にとってはこのような地道で堅実な行動こそが脅威なのだ。将来的に自分の役割を、仕事のシェアを奪われるかもしれないのだ。


「我らのパトロンの山国議員は町議会議員の中でも若い方ネ。将来を見越して自分の手駒を増やそうと動ける先見の明のある男ヨ。呪術師の育成に金と時間の投資を惜しまないのは見込みがあるネ」


 フェイはのんきにコーヒーを飲みながら話をしている。特に何の気負いも無い。そう、彼はその日はプライベートで来ているのだ。


「僕にとっても山国議員は難敵さ。陰陽寮を立ち上げようとし、陰陽師のルーツになった道教の道士を用意しようとするのだからさ」

「朧木サンを支援する怪貝原議員はキリスト教派のエクソシストを動員しようとしているという噂を聞いたネ。朧木サンだけが出遅れているヨ。まぁ、私のように一介の呪術師としてやっていればよいわけじゃないからご苦労な事ネ」

「さてさて、困ったものだな。僕の流派は一子相伝。大勢の伝承者を作れるわけじゃない。だからこの件に関しては本当に頭を悩ませている」

「後継者の質を確保する為に一子相伝にしたのだろうが、それでは失伝する可能性が高いネ。時代の形にあった伝承形態にすることをおすすめするネ。魔術も古いままではやっていられないヨ」

「この問題ばかりは僕の一存だけでは決められないな。祖霊達に叱られてしまう」

「古い因習に囚われるのは様々な機会損失の始まりネ。朧木サンの流派は非常に興味深い。一度詳しく話を聞いてみたいものヨ。ところで、朧木サンはなぜ月魄刃という道教にちなんだ術を行使するネ? あれだけ異彩を放っているヨ」


 朧木は少し考え込む。しばらくして口を開いた。


「僕の術は隙が非常に大きい。禹歩を行ったり式神召還には和歌を吟じる必要がある。また霊剣をいつも手にしているとは限らなかったりする。そんな状況の時に頼りにしている。・・・昔、友人だった男が『この術はいずれ君に必要となるだろう』と僕に託したんだ。彼は未来視が出来る人物でね。僕も彼の話を信じたのさ。以前フェイ、君がこの術は魂を元に練り上げた術だと看破したことがあったが、その件は僕も承知している。己の魂をかけた術だからこそ信頼に足りるものだと思っている」


 その月魄刃にも月をシンボルとした特色があり、夜に結びつきの強い魔物や魂の領分、死神の力のようなものとは相性は悪い。それを承知の上で用いる分には多大に信頼できる術のようだ。


「文字通り退魔に命を賭けるか、なるほどわかったネ。確かにそれは言えているヨ。そこまで覚悟を持って呪術師をやっているものも少ないネ。新しい日本人の門下生たちにはそれが欠落しているよ。切った張ったのやり取りの場では命取りになるネ」

「正式に陰陽寮が立ち上がれば公務員のようなものとなる。命を賭けて望む人はあまりいないさ」

「さて、朧木サン。話が長くなってしまったが、用件に入るネ」


 朧木は頷いた。


「君から僕に依頼したいことがあると聞いた。一応僕は何でも屋のような表稼業もやっている。まずは話だけでも聞かせてもらおう」


 すると先ほどまではリラックスしていたフェイの表情が変わった。なにやら渋い表情だ。


「・・・そうネ。お願いしなければいけないことネ。実は今度の土日に中国から女がやってくるネ。彼女をうまく煙に巻いて中国へ送り返して欲しいヨ」


 それは変わった依頼だった。朧木の予想の遥か斜め上を行っていた。


「それはまたどういう了見なんだい」

「あの女、私が日本で他の女にうつつを抜かしていると思って殴りこんでくるネ。場合によっては朧木サンに仲裁して欲しいヨ。私はきちんと日本で仕事を頑張っているネ! うちの門下生達に証言させても、私が口裏を合わさせているだけとしか思ってないネ。だから部外者も部外者、商売敵の朧木サンに証言してもらいたいネ!」

「君、一応僕が商売敵だって認識していたのか・・・」


 朧木はフェイに呆れている。商売敵に頼み事をしているのも含めてだ。


「そこは今重要な話じゃないネ。大事なのはどうやってあの女を送り返すかヨ!」


 フェイは必死になっている。よほど都合の悪い相手なのだろう。そんなフェイをみて、朧木は直感的に閃いた。


「フェイ。君、何か過失があるだろう!?」


 フェイはぎくりとしている。明らかに目が泳いでいた。


「し、知らないヨー。あの女が人の話をきちんと聞かないのがいけないネ。リンリンとかランランとかのほうが可愛げあるヨー」


 フェイから女性と思われる名前がいくつも飛び出した。恐らくそういうところだと思われる。


「ふむ。なんだかしょうも無い話だな。痴話喧嘩の仲裁をしろという事か・・・そうだなぁ。その一件、請け負っても良い」


 フェイはしめたといった表情をした。


「それは助かるネ! 仕事の依頼料はどれくらいになるカ?」


 朧木は思案する。そして一つの答えを出した。


「あくまでプライベートで受けて良い。流石に仕事にするには気が引けるような日常的な内容だ」


 朧木はフェイに貸しを作っておこうと打算した。フェイと言う男はそういう点には気にかけるのだと朧木は感じている。だから朧木も相応の対応をとるのだ。


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