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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介の受難
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栄光ある嫌われ役

 縊鬼が勝ち誇った。


「なんだ、この程度の力か。我の勝ちの様だな。この時代の陰陽師も大した事が無いものだ。どうれ、直接我が手で絞め殺してやろう!」


 縊鬼は一本の荒縄を手にして朧木へと近づく。


「お前はまだ、僕の流派の極意を知らない。完全に勝利するまでは勝利宣言などしないことをおすすめしよう」


「カハッ、口の減らぬ陰陽師め。下らぬことを抜かすその口、首元から締め上げてくれるわ!」


 朧木は身動きが取れない。だが、朧木の表情に諦めは無かった。

 縊鬼がぐわっと襲い掛かる。縊鬼は朧木の首に縄をかけた。

 と、その時であった。ひゅんひゅんと何かが飛んで来る音。


「ギャアア!」


 上がる叫び声。叫び声の主は朧木ではない。縊鬼だった。苦悶の声と共にゴロゴロと転がっていく。その背には月魄刃が突き刺さっていた。


「月魄刃は術の行使者の元へと帰る。僕の側に近づいたのが運の尽きだったな」


 縊鬼がダメージを受けたのに連動して朧木を締め上げる縄が緩んだ。妖力で操られているからその元が断たれればただの縄となるのだ。

 朧木は縄の束縛から解き放たれて自由となった。縊鬼はまだごろごろと地面に転がったままだ。勝機である。

 朧木はかちかちかちと音を立てて歯噛みした。天鼓。そしていつものように独特のテンポで歩行を行う。禹歩だ。


「諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木は一枚の式神の形代を取り出した。朧木は台詞を続ける。


「宇治川の 先陣競い 行く川の 縄越え歩く 池月よ」


 朧木は故事を和歌とし吟じた。それは宇治川の戦いにおける佐々木高綱の先陣争いの歌だ。朧木は形代を投げ払った。形代が光り輝き、やがて名馬に跨る武将が姿を現した。 平安時代末期から鎌倉時代初期を生きた武将の幻想が具現化する。

 式神が朧木の先頭に立つ。朧木良介必殺の布陣は整った。


「ぐぐぐぐ、おのれおのれ、陰陽師!」

 ようやく立ち上がった縊鬼は縄を操って武将を襲わせる。おびただしい無数の荒縄が式神を襲う。

式神が手にしているのは刀長二尺三寸六分の刀。式神はヒュヒュンと刀を振るい、あっというまに荒縄を切り刻んだ。

「お前がロープの妖怪でもあるというのなら、こちらはこちらでロープを断ち切った逸話をモチーフに式神としての力をこめるだけの事」

 佐々木高綱は先陣争いの最中、川を渡る際に川底の綱を刀で切り裂いたという逸話が残る。その時手にしていた名刀を綱切丸という。綱を切り裂くという名刀、それをモチーフにした式神の刀。妖怪の荒縄を切り裂くくらいどうということはない。

 朧木は式紙に命ずる。名馬に跨った武将の一騎掛け。縊鬼の脇を通り過ぎざまに一閃する。


「ぐぎゃあああああああ!」


 縊鬼は悲鳴を上げた。致命の一撃が打ち込まれたのだ。


「無にかえるが良い、縊鬼」


 縊鬼は塵へと帰っていく。周囲を覆っていた荒縄の蜘蛛の巣も消えていく。厳しい展開もあった戦いだったが、それは朧木良介の勝利に終わった。

 朧木の視点がさくらを見守っていた式神へと移る。さくらは通行人に救急車を呼ばれていた。子供の姿をした式神はその行く末を見守っていたのだ。さくらの無事を確認して安堵する。

 朧木は佐々木高綱の式神を元の紙切れに戻した。


「あちらも無事か。さてさて、今回は大変な仕事だったなぁ。いや、仕事じゃあないか。うちの従業員がたまたま妖怪に襲われていたので、たまたまとおりかかった僕が退治したんだっけな」


 今回の一件。朧木は大活躍だろう。しかし、そのことを知るものはいない。少年にもさくらにも嫌われたままだ。嫌われ役のままで終わる。しかし、朧木にはそのことをさほど気にはしていない。自らの信条を曲げた上で、矜持だけが彼に残った。

 朧木は笑いながら赤坂の喰違門を後にする。月だけが知っている。彼の物語を。


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