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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介の受難
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さくら、立ち上がる

 猪突猛進な娘は翌日に即行動を取っていた。さくらが訪れたのはいつも頼りにしている魔紗のところだ。平日なら教会も空いているが開かれているので、訪れるには都合が良かった。

誰もいない礼拝堂。巨大な金色の十字架がひっそりと輝いている。その脇には小さなイエスを抱きかかえる白い聖母マリア像があった。手前のテーブルには花瓶に対象の花。熱心な信者が捧げているのだろう。そこは霞町付近のキリスト教カトリックの信者たちにとっては重要な場だ。本来なら人がいないであろう時間帯であるが、その日は人影があった。

立ち並ぶ長椅子にさくらと魔紗が座っている。


「というわけで、所長ったらひどいんですよぉ。子供の頼みを跳ね除けちゃって」


 やはりさくらは怒っていた。普段は子供好きを前面に出してはいないが、元々面倒見は良いさくらである。余計は御世話とかお節介とかそういう類はこれでもかというほどするさくらにとって、小さな子供の切なる願いを聞き届けなかった朧木良介は極悪人の如く映っている。


「それは朧木も趣味や道楽でやっているわけじゃあないだろうからそうでしょうね。何でもかんでもお金が大事とは言うつもりは無いけれど、生きていく為には糧が必要だし命がけの仕事を無償で行うほどには彼は善人じゃあなかったというだけの話」


 魔紗は朧木をフォローしていた。話を聞く限りは朧木の態度も理解できたからだ。


「それでも許せないものは許せません!」


 さくらの怒りはとまらない。人は失望した時に対象に大きな怒りを感じるものだ。さくらにとって朧木は困った人の味方だと思っていた。それが覆されたことが悲しいのだが、その感情を否定しようと怒り任せに行動していた。


「んー、あんたは朧木には厳しすぎるわね。時には寛容の精神も大事よ。人は神と違って完璧ではないのだから。たとえあんたの怒りの大元が朧木に対する高い評価だったとしてもよ」


 魔紗はこれでもキリスト教の信者だ。他者の罪を赦します。ですからどうかわたくしの罪もお許しくださいと普段から祈っている。御互い様の精神なのだ。そしてさくらがあえて目を背けている部分にも容赦なく切り込む。これには流石のさくらも黙った。


「私は・・・誰かの助けになりたいだけです。目の前で困っている子供がいるなら力になってあげたい」


 さくらはなんとか動機の再定義をした。ただしそれも本音である。


「その精神は立派なものね。そうであったとしても、あなたにはあなたのできることをやった方がいいと思うけれど」

「いるのかいないのかわからない妖怪の特定くらいなら私だって出来るはずです!」


 さくらは自信満々に答えた。その瞳に迷いは無い。ためらいもない。あるのは自分の目標に向かって前進することだ。彼女の最終目標は既に定まっている。彼女のなかではパーフェクトプランが練られていた。


「それも結構難しいのよ?」


 エクソシストでもある魔紗が疑問を挟み込む。彼女は人間に取り付いた悪魔の同定が難しい為、経験として知っているのだ。さくらは悪魔の存在証明のごときことをやろうとしているのである。一言言ってやりたくなるの無理は無い。


「やってやりますってんだ!」


 さくらは超強気である。それはもう噴出するくらいに。人間やってやれないことはない派の人間である。やろうとしていることが一朝一夕ではできないであろうことであっても。


「なにか目星はついているんだ」


 魔紗は意外そうだった。


「所長にはなにか心当たりがあるようでしたので、きっと子供との会話の中に何かヒントがあるはずです!」

「これはまた行き当たりばったりで無計画な! 確信があったわけじゃあないのね」


 これには魔紗も呆れるばかりだ。


「地道に調べればどんな妖怪か当たりは付けられるはず。ただ、もしかしたら海外の妖怪の仕業かもしれないし、一応魔紗さんの話も聞いておこうと思って」

「そうね。被害者の死因は自殺なんでしょ。どのような死に方をしたのかはわからないけれど、キリスト教では自殺は神への反逆行為。つまり、その人の意思で行われているものって解釈されているの。だから教義的に禁止されているのよ。悪魔の仕業とは見られない。その人自身の選択とされているわけ。人の意思といっても悪魔はあくまで人間を自滅に追い込むもの。悪魔のなかには直接害を為そうとするのもいるけれど、本来は人を惑わし試すモノなのよ。自殺に追い込もうという悪魔がいても不思議ではないとは思う。でも、宗教的にはあくまで人の意思の選択。だから今回の話には悪魔は関わっていないでしょうね」

「そうなんだ。悪魔の仕業じゃあないと」

「断言は出来ないけれど、可能性は低いわね。それはそれとして、やはりあんたはこの件に関わることをおすすめしないわ。話を聞くに危険だとわかるもの。自殺を促して直接は害をなそうとするわけじゃあないところも狡猾さが見て取れるわ。きっと正体はかなり陰湿な魔物よ」


 さくらはそこまでは考えていなかった。ただ自分が気をしっかり持っていれば大丈夫だろうくらいにしか思っていなかったのだ。


「うっ、気が引けてきた・・・でも後には引き下がれない! それに正体を掴むだけですし、なんとかなりますって!」

「正体を暴いてどうするわけ?」

「存在を立証できれば、あとは御役所の霊障対策課に届出を出して終わりです。そうすれば民間の退魔師辺りに依頼が行くでしょうから」

「へぇ、あんたなりに考えているのね。自分で退治しようとしていなかっただけマシね」

「それは・・・・まぢむり・・・」


 いくらさくらであってもそこまで無謀ではなかった。


「でしょうね。危険なことに首を突っ込むのはおよしなさい」


 しゅんとするさくら。


「昼間ならきっと大丈夫! 妖怪って夕方くらいに活動を再開するんでしょう!」

「へこたれない子ね・・・そうだ。これを持って行って」


 魔紗がごそごそと何かを取り出す。それは透明な液体の入ったガラスの小瓶だった。さくらは魔紗から小瓶を受け取る。


「これはなんですか?」

「聖水よ。聖別されているからこの世ならざるものには効くはず。何もないよりは良いでしょ」


 さくらは小瓶を大事そうに受け取った。


「うわぁ、ありがとうございます!」

「私は直接手伝ったりはしないけれどね。とにかく夜は絶対に一人で行動しないことね。洋の東西に関わらず、夜は魔物達の時間だから」

「はーい。わかりました」


 魔紗はやれやれといったジェスチャーをした。何のかんのでさくらの話しを聞いてあげているので付き合いは良いのであった。


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