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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介の受難
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迷い家の伝承

 少年は玄関の扉を開ける。


「ただいまー」


 少年は家の中に呼びかけた。母親が出てくる。だが、その表情は嬉しそうではなかった。


「なんだ。警察の言うとおりただの家出だったわけ。あまり手間をかけさせないで頂戴!」


 母親の第一声がこれだった。これには朧木も眉をひそめる。


「まぁまぁ。無事見つかったんだから良かったじゃあありませんか」


 朧木の言葉に母親があからさまに不快な表情を浮かべた。


「何あんた。よその家庭の事に口を挟まないで頂戴」


 朧木は何も言えなくなった。あくまでこれは少年と母親の問題。朧木はただの部外者に過ぎない。


「・・・うん。ごめんなさい・・・」


 少年が家出したのが元々の問題であったとはいえ、家出する理由は十分すぎるくらいあった。であるにも関わらず少年が謝された。朧木にはどうにも納得のいかない流れだった。


「あんたなんか産まなければ良かった」


 母親からの辛らつな言葉が少年を深く傷つける。朧木は怒った。


「それが母親のいう事ですか!」

「何!? 今回のことはこの子が悪いんでしょ。まさか私が悪いって言うわけ?」


 母親は朧木の剣幕に少し怯んだが、私は悪くないと言い張り突っぱねる。


「そもそもあなたの洸君に対する普段の接し方に問題があったんじゃあないですか」

「さしでがましいわね。これは私と洸の問題よ」


 母親の絶対的な拒絶。朧木の言葉はこの女には伝わらない。


「おじさん・・・いいよ。お母さんの言うとおり今回はボクが悪いんだから」


 少年が朧木の裾を引いた。子供が親をかばうのだ。引き下がるしかなかった。朧木には少年が母親に好かれたがっているのが痛いほどわかった。


「・・・これは僕の連絡先だ。何かあったらすぐに連絡してくれ」


 朧木は名刺を少年に渡した。電話番号と住所が書いてある。


「今回はご迷惑をおかけしました」


 少年が深々とお辞儀をする。母親は「フン!」と鼻息一つするばかりだ。


「・・・では、僕はこれにて失礼致します」


 朧木は少年の今後が気になったが、仕方なく引き下がった。古びたアパートを立ち去る。朧木は帰りがけ、アパートを一度振り返る。

 根本的な問題が何も解決していない。それは妖怪退治のほうがよほど簡単に思えるくらいに面倒な問題だった。


「洸君、君に幸があらんことを」


 朧木は無事仕事を果たしたというのに浮かれない表情でその場を後にした。



 朧木が立ち去った後の少年の家。洸が母親に怒られている。


「あんた今までどこほつき歩いていたのよ。まったく、今回は警察沙汰にまでなったんだからね。洸、あんたわかってるの?」


 母親のヒステリックな声が響き渡る。洸は項垂れた。


「・・・ごめんなさい・・・」


 ひとしきり怒られた後、母親の関心が離れたので少年は台所へ向かった。少年は迷い家から持ってきたピンク色の茶碗を散らかったテーブルの上において自室へと戻った。その茶碗を母親が見つける。


「何、あの子。こんな薄汚い茶碗なんか拾ってきて・・・この茶碗。どこかで見覚えが・・・」


 母親は茶碗を手にとってまじまじと見つめる。ふちが少し凹んでいた。


「この凹み・・・そうだ。この茶碗。私が子供の頃に使っていた茶碗だ」


 古ぼけたピンク色のプラスチックの茶碗が淡く輝き始めた。

 途端に母親の脳裏に自分が子供の頃の記憶がまじまじと蘇る。


「あっあっあっ、これは・・・お母さん!?」


 この女の家庭も母子家庭だった。貧しい暮らしを自らの母親と共に過ごした幼少時代。優しいまなざしをしていた自分の母親との記憶。

 女は涙する。大好きだった母親のことを思い出した。女の母親もシングルマザーで、無理がたたって若くして亡くなっていた。だから親と過ごしたのは子供時代だけであった。女のその後の人生は過酷であった。親戚を頼れず孤児院に入れられたのだ。そんな生活が自身の親との思いでも遠くへ押し流していたのだ。

 蘇る親との思い出。女は大事そうに茶碗を抱える。小さな子供の頃に大事にしていた茶碗。お気に入りだった茶碗を。

 なぜそれが迷い家にあったのかは定かではない。だが、今確かにここにある。ぼんやりと光り輝く茶碗。それは女が無くしていた大事なものを取り戻させた。


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