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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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猪突猛進娘がいく

 さくらが街中へ駆け出して数分。そこでようやく追いかけた猫まんがさくらを見つけ出していた。

挿絵(By みてみん)

「まったく、この子と来たら猪突猛進が過ぎるねぇ。当てもなく飛び出すなんて」


 猫まんはさくらに呆れかえっていた。さくらは飛び出したは良いが、どこへ行ったものかと途方にくれていたのだった。


「勢いでつい・・・」

「どこをどのように探すのかも見当をつけずに、かい?」

「何とかしようと思ったんだもん!」


 猫まんはため息をついた。


「困った子だねぇ。ちなみに、探している狼男と言うものはどんなものか知っているかね?」

「知らない」

「まずはそこから話をしなければいけないようだ。狼男は西洋の文化圏の魔物なんだ。日本に居て西洋の魔物退治というのも珍しくはない時代になったもんだね。昔はこういうのは無かったよ。この手のはブラックバスと一緒さ。外来種ってやつ。外から来て居ついちゃったんだろうねぇ。このような外来種は天敵が居ないゆえにのさばっているものなんだよ。これまで事件らしい事件が無かった理由が気になるが、きっと長年潜んできた老獪なやつに違いない」

「元々日本には狼男はいなかった?」

「その通り。グローバリズムの波は、なにも人間だけではないって事さ。共同体の大きさが大きくなるほど、中には巧妙に隠れおおせるやつも居る。まったく、難儀な仕事になりそうだよ」

「猫まんみたいに古くからいる物の怪からすると、やっぱり嫌な気分がするものなの?」

「二重の意味で嫌だねぇ。わたしくは猫科。犬科の妖怪なんて相手にしたくないねぇ」


 猫まんは心底嫌そうな表情で語った。普通の猫も妖怪の猫も犬は苦手なようだった。


「もし戦う事になったらどうなるの?」


 さくらは今回の事件が穏便に終わるものとは考えていなかった。今回は凶悪な通り魔が相手だ。彼女は他者を害するものが許せなかった。ただの正義感から来ている使命感に燃えているわけではない。一種特異な事件がもたらす社会不安が嫌いだった。さくらにはその嫌悪感の正体が何なのかはわかっていなかった。


「わたくしでは話にならないから逃げる事だね。逃げられるものならば」

「それじゃあ事件の解決なんて難しいじゃない」

「そりゃそうだろうね。そういう意味では今回の事件はとても扱いが難しいのさ。そうでもなければ良介のところに仕事の依頼なんて来やしないだろう」


 猫まんの話は暗に朧木良介が仕事上は信頼されている事を物語っていた。非日常的な出来事、怪異、超常現象の類の仕事で危険なものは朧木良介に任される。


「そういう意味では朧木さんは重要な存在なんだ?」

「良介の言う暇である事は平穏な事、は想像以上に重い意味がある。今回の事件も通常の通り魔事件であったとしても不穏な出来事には変わりない。起きないに越した事はない出来事。それが人ならざるものの手によって行われていると言うから専門家の出番となった。君もあまり無茶はしないことだ。相手は人間ではない」


 猫まんが諭すようにさくらへと語りかける。


「そんな危険な存在が平然と闊歩しているってことでしょ? 一刻も早く見つけ出して事件を解決しなきゃ、どこにいても危険は変わりないよ」

「自ら相手に近づこうとするのとは大分違うと思うがねぇ」

「日常を脅かす相手から逃げるなんてまっぴら御免! 神社で戦勝祈願してご加護でも望んでこようかな」

「近場の神社は穀物を取り扱う神様を中心に祀っているから、行くなら余所の神社がいいぞ」

「それって天照大神?」

「もちろん祀っているが、中心は別の神様さ。御祭神は豊宇迦能売大神。神社は沖田総司がお宮参りした神社として知られているがね。神様にも得手不得手があるので、武運長久、戦勝祈願をするなら他に向いた神様がいるのさ」

「たとえばどんな?」

「武運長久を願い奉るなら、そうだなぁ。八幡神社にお参りに行くとか。全国的に有名なのは京都の岩清水八幡宮と、鎌倉の鶴岡八幡宮だが、大分にはルーツの一つといわれる宇佐神宮があるんだ。『古事記』や『日本書紀』に出てくる宇佐津彦、宇佐津媛の古社なんだよ」

「へぇ・・・うん? 宇佐津彦、宇佐津媛? 八幡様じゃないの? 大分の神社は別の神様のお社って言ったでしょ。 もしかして私をからかってる?」


 流し聞きをしていたさくらがふと何かに気がつき、猫まんに尋ね返した。

「からかっていないよ! 実はね、その宇佐神じゃなく、いまじゃ八幡様の総本宮とされているのさ」


 猫まんが慌てて補足情報を付け足した。


「どういうこと?」


 さくらは腑に落ちないといった風で、猫まんが適当な事を言っているのではないかと疑っていた。


「不思議だよね。それでも八幡神の総本宮なんだよ。そこで祀られている応神天皇が八幡大神とされているんだ」

「えっ、どういうこと? ますますわかんない」

「八幡大神は謎の多い神様でね。応神天皇もルーツの一つといわれている。武家を中心に信仰を集めていたので、よく武運長久を願われていたのさ。不思議な神様だろう。全国十二万ある神社のうちの四万が八幡神社とされている。そんな神社なのに、ルーツは不明なんだよ。中には廃仏毀釈でお寺から神社になったのもあるんだ」

「うーん、お寺が神社になるとか、よくわからない」

「政治的な問題だったのさ。存続のために寺じゃなく神社と届出を出していた。昔は今ほど情報が密接で伝達が早く容易だったわけじゃないから出来たんだろうね」

「昔の人も随分な無茶をやるんだね」

「寺が取り壊しになるよりはって可能な範囲で手段を講じたからだろうよ。ともかくそんな神社があるのも八幡神社の特徴さ」

「猫まん。なんか八幡大神に詳しいね」

「そりゃそうさ。神社通いは昔の一行事だったんだよ。ご近所の櫻田神社とも古くからの付き合いだ」

「あの神主さん・・・ほんとにご近所づきあいあったんだ・・・なんだか困り事を頼まれていたけれど、慌しいおじさんだったね」

「恐らくそこには事情がある。時間があれば良介に聞いてみたらいい。教えてくれるかはわからないがね」

「実は通り魔事件と関わりがあったりして・・・」

「さてね。刃物だからと安直に繋げられないが、もしそうだとしても、どちらも良介の仕事の領分となるだろうよ。わたくしから話せるのはそれくらいかねぇ。なんだか話が逸れたが、ともかく神社にも祀られている神様がそれぞれあるので、きちんと調べてからお参りしようねと言う話だ」

「あまり気にしたことなかった」

「それだとお参りにこられる神様も困るだろうよ。誰だか知らないけれどご利益をお願いしますなんて祈られちゃあ、やっていられないよ」

「そこまで投げやりには流石にならないよー」


 さくらは頬を膨らませた。実態に割と近い指摘だったようであるが。


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