母親
それは閑静な住宅街にある安っぽいアパートだった。
朧木はチャイムを鳴らす。・・・しばらくするとくたびれた女が姿を現した。まだ若いが生活に疲れている感があった。
「・・・どなた?」
女はあからさまに不信そうにする。
「申し遅れました。僕は児童行方不明事件解決のためにご協力させていただいている朧木良介と申します」
「あぁ、息子の件で・・・警察関係者には見えないわね」
女は眉をひそめる。朧木を疑っているようだった。
「僕は探偵です。児童相談所のほうから助力要請があった為、ご協力させていただいています」
「なにそれ? 私には何の相談もなくそんな話を進められていたの? はぁ、気分悪るっ」
「まぁまぁ。僕は為に刑事事件にも介入する事もありますし、これまでも何度か事件を解決に導いてきています。今回の件もお任せください」
「警察の方に任せていても何の成果も出ていないんだもの。あなたにどうこうできるとは思わないけれどね。どうでも良い事だけど」
朧木は「ん?」と首をひねりそうになった。母親らしき女から「どうでも良い事だけれど」と一言付け加えられた点が気になったようだ。
「どうでも良い事って・・・それはどういうことでしょうか」
「どういうことって言葉通りよ。息子は事件にでも巻き込まれたのか行方不明になったでしょ。このまま見つからなければ、それはそれで仕方がないことねって事よ。むしろ居なくなってせいせいしたわ」
母親の女からとんでもない言葉が出ていた。あろう事か、この女は自分の息子を心配していないのだ。それは朧木には衝撃だった。不仲とは聞いていたがこれほどまでとは予測していなかったのだ。
「それでも僕は依頼の事もありますし、全力で事に当たらせていただきます」
「それが余計な御世話って事よ」
女はそのまま玄関の扉をしめようとした。
「待ってください! 話だけでも!」
朧木は慌てて食い下がる。
「・・・何? はぁ。近所の人に見られるのも嫌だから、一旦中に上がって頂戴」
女は朧木を家に通した。朧木はかろうじて話を繋いだ格好となった。
家の中は掃除をしていないのであろう。物が散らかり積み重なっていた。台所をちらりと見たが、洗い物が溜まって流しが一杯となっている。昨日今日このようになったとも思えない。だが、子供が心配で家事が手に付かなくなるような母親とも思えなかった。元々こうだったのだろう。
「で、話って何かしら」
「息子さんのことについてお聞かせいただきたく思いまして。息子さんには親しい友人などはいらっしゃいますでしょうか? または頼れる親戚などでもいいです」
「さぁ、知らないわ。息子とは殆ど会話らしい会話もしていないのですもの。頼れるような親戚はいないわね。まず私が親戚と不仲ですもの」
「そうですか。息子さんは居なくなる直前に何かそのことをほのめかしたりだとか不審な行動はありませんでしたか?」
「さぁ、関心がないからわからないわ」
「・・・自分のお子さんのことでしょう?」
「だからなに? 死なせると罪に問われるから仕方なく育てているだけよ。あんな重荷、無くなるなら万々歳だわ」
朧木は言葉をなくした。世の中にそのような親が居るとは思わなかったのだ。
「・・・そうですか。わかりました」
「それで? 話はもう終わり? なら出て行ってもらいたいのだけれど」
「後一つだけお願いしてもいいでしょうか。息子さんの持ち物を何か一つお貸しいただけないでしょうか。よく身につけていたものとか」
「何それ。どこかに息子の服があるでしょうから適当に持って言って頂戴」
母親は特に自分で探すというわけでもなく、勝手にしろといわんばかりだった。
朧木は廊下の脇に子供服があるのを見つけた。洗濯をしていないのであろう。ひどく汚れていた。・・・このような服で学校に通っていたら、行方不明になった児童はいじめにもあっている可能性がある。そう思うと朧木はいたたまれなくなった。
朧木が服を手にとっていた頃、女に電話が掛かってきていた。浮かれたような嬌声。どうやら男から電話が掛かってきたようだった。こんな時にのんきなものだと朧木は思った。だが、あの母親ならばありえるか、とも考えた。
「では、この服はお借りいたします」
「そう。ではさっさと出てって頂戴」
女は電話を片手に朧木を追い払った。長居は無用とアパートを出る朧木。
朧木は建物を出るとき振り返った。おんぼろのアパートを。果たして、行方不明になった児童はここに帰ってきても幸せなのだろうか、と。
それでも事件は事件だ。引き受けた依頼だ。見つけ出さねば。朧木の表情は重かった。
「さて、最低限の目的は果たせた。状況整理も兼ねて一旦事務所に戻るとするか」
朧木は足早にその場を後にした。




