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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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霞町の暗部

 ところ変わって、場所は霞町町議会の会議室。室内はろうそくの明かりだけが頼りの真っ暗闇の中。蠢く人影

 円卓に並ぶ町議会議員達だ。彼らは全員、顔に白いヴェールをつけていた。誰も素顔がわからない。そのヴェールにはそれぞれ曼荼羅が描かれていた。

 町議会議員達が席で皆一斉に印を結んだ。


「「のうまく さまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」」


 皆が口々に真言を唱えた。災難を取り除き、魔を払い、迷いを断ち、苦難に立ち向かう勇気を与えてくれる不動明王の真言だった。彼らは皆一様に国家安泰を祈っている。

列席者は上座に座る男に一礼する。上座に座る男、霞町町長だった。これまた全身真っ黒な服に、顔には白のヴェール。横から見える顎には白髪交じりの長いひげが見えた。


「皆、揃ったようだな」

「「霞町町長に栄光あれ」」


 印を結んだ議員達が一斉にそう告げた。

 町長は軽く頷いた。


「皆、健勝のようで何よりだ。さて、こうして集まってもらったのは他でもない。巷を騒がす通り魔事件についてだ」


 町議会議員達の間からどよめきが漏れる。町長の右手側にある一番近くの席にいた男が町長に話しかける。


「おぉ、あの忌々しき事件に関してでございますか」

「そうだ。怪貝原議員。我らが霞町を脅かす愚かしくも呪わしい狼男とかいうよそ者が現れたらしい、あの事件だ」


 「よそ者!」「まさか狼男がとは......よそ者をむざむざのさばらせておくとは、東京入国管理局は一体何をやっているのか......」「妖怪相手では東京入国管理局は管轄外であろうよ。しかし、事件は流石に警察にばかり任せてはおれんな」等、ささやき声が聞こえてくる。

 そんな中で町長の隣に座っていた怪貝原議員が言葉を切り出す。


「町長。その件については古くからこの町の要所の鎮護に当たる男に依頼をしました。着任間もない者ですが、必ずや事件を解決して見せることでしょう」


 町長が怪貝原議員の方を向いた。


「怪貝原議員。その男の腕は確かなのかね?」

「はい。それはわたしが保証いたします」

「怪貝原議員、ワシを失望させるなよ?」

「心得ております」


 と、町長と怪貝原議員がやり取りしていたところに横から口を差し込んだ男が一人。


「町長。この山国より少々お話がございます」


 町長の左手側一番近くの席にいた男だった。町長がその男の方を向いた。


「なんだね。山国議員」

「はっ。僭越ながら申し上げます。このたびの事件の初動の遅さは伝統や格式といったものにとらわれたが故のもの。機能的に使えるものは何であれ投入すべきであり、その男一人に任せているよりも遥かによいかと存じます」


 横槍を入れられた怪貝原議員は表情こそ見えないが、決して面白い話ではなさそうだった。怪貝原議員が山国議員をけん制しようとする。


「山国議員。君はまだ若い。物事を運ぶ伝統は故事に倣って優先されるべきものである」


 怪貝原議員と山国議員がお互いに向かい合う。まるで火花を散らさんがごとき沈黙を保ったまま、場を静まり返らせる。

 まだ若いと言われた山国議員は54歳。そう言った怪貝原議員は72歳だった。

 怪貝原議員は町議会の中では保守派の筆頭。町に古くから伝わるしきたりや慣わしを優先させる傾向があった。かたや山国議員は改革派の筆頭。機能的な面にこだわり、古くから伝わる伝統などは廃止すべきだという論者だった。ゆえに二人は仲が悪く、反目しあっていた。

 町長にとってはどちらも使える駒であったため、彼らが反目しあっている状況は捨て置いていた。

 山国議員が沈黙を破り、口を開く。

「町長。このような超常現象に基づく難事に対応すべく、陰陽寮を建てる事を立案いたします」

 山国議員の言葉に場が再びどよめいた。町長は場が静まるのを見計らって口を開いた。


「......山国議員。それはすなわち、かつて京都にあった陰陽師たちの活動の場を東京の街に再建しろ、とそういうのかね?」


 町長はゆっくりと、しかしはっきりと確認する意図を持って山国議員に尋ねていた。


「ははっ、己を弁えぬのは承知の上で具申いたします」

「ふむ。その意図を聞こうか、山国議員」

「特殊警護に当たる専門職の人材育成を行い、警察とは別の町営機関を設立する狙いです。今は一部の人間のみが要職に辺り、人材の流動性の低さと事体への適応性の低さがありますが、これをカバーする狙いがあります」


 町長はあごひげをなぞる。


「つまり、君は現状には満足していないと言うわけだ?」

「はっ、町長。使える者はもっと多い方が良いと自分は思います」

「使えるものは誰であれワシは歓迎するがね。しかし、町独自の機関を設立するとなると、予算組みが必要となるのだよ。財源をどうするつもりかね?」


 山国議員の表情はヴェールに包まれてわからないが、にやりと笑ったように思われた。


「それでしたら今世間を騒がせる事件が好都合になるかと。この事件を機に特殊事案への対応策を名目として設立させると共に、住民税を使って運用する必要性を説き、税を上げる事への理解が得られるかと」

「ほう、山国議員。君は増税派かね」

「必要な事への対処の為の増税であれば、町民達も必ずや理解を示す事でしょう」


 町長が椅子に深々と座り、あごひげをなぞりながら口を開く。


「民草の負担が増える事を良しとするわけにはいかん」


 町長の言葉に怪貝原議員がにやりと笑った気がした。


「山国議員。税率の急な変化には民草も反発するのは必定ぞ?」


 と、怪貝原議員が山国議員に勝ち誇る。

 と、その時町長がさらに口を開いた。


「が、今回の事件のような難事に早急に対応する手段を得る事もまた必要だ」


 町長の言葉に今度は怪貝原議員が驚いた。


「町長。それはつまりどういうことで?」 


 山国議員は自分の思惑に沿った町長の意見が出ることを期待して話の先を黙って待った。山国議員は今回の議会の話の流れが自分の思惑通りに進んでいるのを受けて、ヴェールの下でほくそ笑んだ。

 うろたえる怪貝原議員と余裕の姿勢の山国議員。二人のありようは対照的だった。


「つまりだな。今回の事件を怪貝原議員の子飼いの男がきっちりと片付けることが出来るなら、旧来以前のままで十分と言う事だ。もしそれが敵わねば、山国議員。君の立案を議題として纏め上げておけ。次の町議会で可決されれば一考しよう」


 山国議員は今度こそ明確に笑った。


「仰せの通りに!」


 山国議員は立ち上がり町長に最敬礼を行った。


「ではこの度の町議会を終える」


 町議会議員達が皆一斉に手で印を結ぶ。そして皆口々に同じ言葉を呟く。


「「全ては霞町のために」」

「「ひいては我らが霞町町長の御為に」」


 町長は上座の席で合唱と合掌とを受けて静かに頷いた。

 そして町長は掌を円卓に向けてかざす。


「全ては大道を往く、我ら霞町議会」


 最後は町長が厳かに挨拶を締め括った。

 町議会の場に設けられたロウソクの炎だけが静かに揺らめき、町長と議会議員達の影を揺らしていた。


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