亜門到来
そんな時である。コンコンと事務所玄関の扉がノックされた。
「はーい」
さくらが応対しようと玄関口まで出て行く。扉を開けた先にいたのは亜門だった。
「やぁ、朧木さん。突然ではあるが失礼するよ」
「これはこれは亜門さん・・・。御忙しい中ご足労頂ありがとうございます」
朧木は丁寧に挨拶していた。本来なら面倒な仕事を終えて帰ってきたばかりなのだから息抜きをしていたかったであろうに、である。なお、さくらは亜門を見るなり嫌そうな顔をしていた。彼女はまだまだ若い。
亜門は応接室の椅子に座る。朧木も対面の椅子に座った。
「仕事のほうは順調かね?」
亜門はまずは世間話から入るようであった。急な来訪であるから何か大事な用事があるであろうが。
「最近は平和そのもので、裏の仕事は全くありませんな。今日も表の仕事で食いつないでいましたよ」
「平和なのは良い事であるが、やはり仕事と言うものは選ぶべきだとは思わんかね。下賎な生業を持つのはどうかと思うのだがね」
亜門が朧木を嫌う理由の一つに表稼業の件があった。亜門は朧木の表の仕事を見下している。だから自分の主の怪貝原議員と懇意にするのは非常に問題があると考えていた。
「・・・それも市井の皆様の為ですので」
「君がそうやってのほほんと過ごしている間に、怪貝原議員のライバルである山国議員は陰陽寮の立ち上げの為に前身組織を作ろうとしているぞ。中華系道士が台頭し始め、日本人の門下生も持ち始めた。いずれは大きな障害となるであろう」
それは朧木には初耳だった。だが考えてみれば当然だ。公的機関である陰陽寮に外国人をつけるというのは考えにくい。だから彼らの元で人材育成を始めたのだ。朧木はフェイ・ユーを思い出す。彼はとても実戦的だった。場数も踏んできているようだ。何より彼らにも歴史と伝統がある。技術として体系立っているのだ。日本人道士を生み出すのもそう遠くはないだろう。
「・・・その中華系道士の集団には覚えがあります。彼らならそれなりの日本人道士を生み出すでしょう」
「だが、それでは困るのだ! 怪貝原議員のライバルが力をつけてしまう。このままではパワーバランスを覆されかねん。そうなってからでは遅いのだ。こちらもそれなりに人数を揃えなくては。怪貝原議員は君の事を信頼しているが私は不安しかない」
亜門は堂々と朧木への不満をあらわにする。
「そう言われましても僕は弟子をとらない主義でして。そもそもうちは一子相伝の秘伎。僕の術も一朝一夕にできるようなものではなく」
朧木は弁明するが亜門は聞くつもりがないようだった。
「ならばいかに彼らに対抗するつもりかね。・・・私はバチカン系カトリックのエクソシスト達の協力を仰ごうと思う。異論はないかね?」
亜門は朧木が人材育成向きの人間ではないことを承知の上でこの話を持ち出したのだ。朧木には当然反対できるわけがない。だが・・・。
「亜門さん。術師というのは数がいれば良いというものではありません。大事なのは質です。優れた個人の能力は1000人の凡庸な術者に勝ります。このことを念頭においていただければ、僕は亜門さんの意見には反対致しません」
朧木は条件を出した。すなわち少数精鋭とすること、である。それともう一つ朧木には懸念があった。
「亜門さん。いまひとつ。怪貝原議員は仏教系の人であります。その点、今回外部宗教の協力を仰ぐ上で問題になるのではないならば、僕は構いません」
「なに。昨今は様々なタイプの術師達がいる。キリスト教と仏教の間に宗教対立はない。特に何も問題はなかろう。・・・それにこれは怪貝原議員から伺った話であるが、前回の事件を持ってしても総本山は動かなかった。ならば、この先介入してくる事もまずあるまい、とのことだ。ゆえに私が動いたのだよ」
「・・・そうであるならば、僕は一向に構いませんよ」
恐らくは今後朧木の立場が危うくなるであろう提案ではあるが、朧木には亜門の意見に反対する理由はこれ以上出てこなかった。
亜門がにやりと笑う。この話の行き着く場所は最初から彼の想定されたとおりであったのだろう。このような手腕について亜門は優れていた。
「そうであろう、そうであろう。幸い私には魔紗君というコネもある。早速話は進めさせてもらおう」
今回の話。亜門なら朧木に無断で進める事もできたはずだ。だが、敢えて朧木に苦汁を飲ませる為に話を持ち込んだのだ。それくらいには彼は陰湿だった。
やむをえないという表情の朧木に対し、亜門は満足そうに頷いた。朧木の政治的な立場の苦境は、実は前回の事件の時とそれほど変わってはいなかったのだ。目先の事件をただ解決していればよいというわけではなかった。
亜門はそれを承知の上で・・・。
「しかしだ。君にも役割がある。ないがしろにするわけにもいかん」
亜門はニヤニヤしながらそう切り出した。




