訪れる平穏
その戦いの場を頭が髑髏の鳥が見ていた。見越し入道が敗れ去ったのを確認して、公園近くのビルの屋上まで飛んで行った。
ビルの屋上には一人の影。かつて朧木に仕事を依頼しに来たゴミリサイクル会社の経営者、塚原だった。
黒い炎が塚原を包む。あっという間に黒い着物の男の姿へと変わる。その姿は見越し入道が王と呼んでいた妖怪だった。
「見越し入道が敗れたか。全く、東の都の術者も飽きさせないものだ」
頭が髑髏の鳥が王のそばに止まる。
「王よ。すぐに戻られませ」
鳥はそう告げた。
「イツマデよ。お前が私のもとに遣わされたのは、何か伝言があるからではないか?」
王はイツマデと呼ばれた鳥に尋ねた。イツマデは返事を躊躇っている。
「はい。奥方より伝言を預かっております」
「ほぅ。構わん。一字一句違えずに言え」
イツマデはまたしても躊躇する。
「かしこまりました。……いつまで、いつまで遊んで回っているの? このまま私を放置すると、口聞いてあげないんだから! とのこと」
イツマデは女性の声音を真似て喋った。王はイツマデの言葉を聞くなり「ハハハ!」と笑った。
「流石の私も妻には敵わんな。イツマデ。見越し入道の事業は一時撤退だ。やつが利用していた輸入ルートを抑えろ。再利用させてもらう。私は京の都に帰るとしよう」
イツマデがかしこまる。イツマデは飛び去っていった。王がビルの屋上から朧木がいる公園を見つめる。
「もう少し遊んでいたかったがやむを得まい」
王はバッと背後の闇に跳躍する。その姿はあっという間に闇に紛れて見えなくなった。
そのころ朧木は公園で他に新手が現れないか様子をうかがっていた。他に戦力を隠している可能性は十分にあったからだ。
「他には何も出てこないか……なら見越し入道がオカルトドラッグ流通の黒幕か?」
朧木は辺りを見回した。先程までいたイツマデの姿は消えている。朧木はイツマデの監視に気がついていた。その事から背後にまだ何かがいる予感があったのだ。だが、彼らは後退していった。
朧木は無言で夜空を見上げた。月が出ている。雲はなし。良い夜空だった。
翌日。朧木探偵事務所には人が集まっていた。
先頭に魔紗がいて、朧木に詰め寄っている。狼男が妖怪に襲われたという話を聞いて憤慨していた。
「ちょっと、朧木! 大事な狼男に怪我をさせるってどういう事よ!」
「君の宗教は狼男と敵対しているんじゃあなかったのかい?」
朧木は魔紗の剣幕に圧されながら答えた。
「キリスト教の歴史を語る上では欠かせない妖怪の一種よ。彼らの存在が神秘の存在や正当性を解く為の鍵となるのだから、大事にするのは当然でしょ! ねぇ、狼男?」
魔紗は地べたで寝ている狼に尋ねた。
「それをなぜ俺に聞くよ? 狼男は傷の治りが早いんだ。大したことはなかったんだから、さっさと帰れよ!」
狼男は面倒そうに答えた。
「あんたを連れて帰れるならさっさと帰るわよ。それより朧木。あんた、最近吸血鬼まで退治したらしいじゃない? 何それ。私の領域の仕事でしょ。なんで知らせてくれないのよ!」
朧木は困った表情を浮かべた。
「吸血鬼に襲われてやむなく撃退したんだ。教会に助力を求める暇があったなら、そうしていたかも知れなかったがね」
と、弁明する朧木。そこにさくらがお茶菓子を持ってやってきた。
「魔紗さん。お茶うけにドーナツしかありませんが、よろしければどうぞ」
さくらが魔紗にドーナツを差し出した。
「あ、お構いなく」
魔紗は帰国子女であったが、日本人らしき受け答えを普通にした。
と、そこに事務所のドアが開かれる。やって来たのはフェイ・ユーだった。
「何のつもりだ? フェイ・ユー!」
朧木が思わず身構える。
「やぁ、朧木サン。たまには昼食でもどうかと誘いに来たね。良い中華料理屋を知っているヨ」
フェイ・ユーはニコニコ笑いながら朧木に話しかける。
「まて、フェイ・ユー。君はうちの商売敵だろうが! それは魔紗君も同じだぞ!」
「何を言うか。朧木サン。仕事は仕事。プライベートはプライベートネ。いつもカリカリしていたら気が休まらないよ」
「私もその中国人に同意見だわ」
魔紗はフェイ・ユーに同意した。
「ちょっと待て、フェイ・ユー! お前とは何度も戦った仲だろうが!」
何なんだお前はと言わんばかりの朧木の様子。
「まぁまぁ、朧木サン。聞いてくれヨ。うちの青椒老師が、『お前はまだまだ修行が足りん。指突で岩を砕けるくらいはやって見せろ!』と無茶を言うネ。たまったものではないから逃げてきたヨ」
フェイ・ユーの唐突な自分語り。
「いや、だから待てよ。半グレ道士。君の事情など聞いた覚えはないぞ!」
「つれない男ね。朧木って。さくらちゃんもそう思うでしょう?」
魔紗がフェイ・ユーの肩を持つ。話を振られたさくらは曖昧な笑顔を浮かべてごまかした。一応雇い主を悪しざまに言うような真似はしないようだ。
と、そこにトコトコと猫まんがやってきた。
「良介や。朝飯を食べ忘れたよ。あの子に猫缶を出してくれるように頼んでくれないかね」
「まぁっ! 猫まんったら! 自分で猫缶を開けられるでしょ!」
さくらが猫缶を持ってきながらそう話す。彼女は猫用の餌皿に猫缶を開けた。
「猫は缶詰を開けないものだと言ったのはお前さんじゃあなかったかいね?」
猫まんはエサをわしわし食べ始める。
そんな事務所内の様子を朧木が見ている。
「僕の気が休まらないよ……」
「朧木サン。私の話を聞くよ?月魄刃の術には欠陥があるよ。魂から練り上げる術だから、あれは僅かに寿命を減らすネ。道教の術を使うなら、『遠あての術』を使うと良いよ。コウネ! 砕!」
フェイ・ユーは空中に剣指で砕と描いてから空き缶となった猫缶に飛ばす。
猫缶はベコっとひしゃげてカラカラと転がっていく。
「ちょっと待つんだ、道士。サラリととんでもないことを言うなよやるなよ。月魄刃はかつて友人だった人物に教えて貰ったんだ。気に入っているんだよ!」
「強力な変わりに命を削るヨ。日本で言うところの言霊の力を借りた遠あての術をオススメするネ」
「わかった、わかった。その術は覚えておくよ! 何なんだよ、君は一体!」
「しがない求道者の中国人ネ。私も日本の術を学びたいよ。朧木さんの符術、かなり強力ね。あれは何カ?」
「あれは和歌を使うものだ。五、七、五、七、七のリズムで謳うのさ。言葉の力を強く使う」
「へぇ。キリスト教で言うところの、ロゴスかしらね。イエス様は言葉のお力を持つお方。言葉の力は当然重要視されているわ」
魔紗がそう話を付け足した。
「符には字を書き刻むネ。当然言葉の力は借りているヨ。朧木さんの符術には厳格なルールがあるネ。きっとそれが強さの秘密カ! 覚えておくヨ!」
「僕は何故商売敵と親睦を深めているのだろう……」
と、朧木の横にさくらがやってくる。
「もうすぐお昼ですけれど、何か頼みます?」
「やれやれ、そうだな。何か出前で頼むか」
餌を食べていた猫まんが顔を上げる。
「良介、サーモン!」
「……猫まんはご飯を食べちゃったし、そうだなぁ。ピザあたりにしようか」
猫まんがガーンとショックを受けている。さくらはピザ屋に電話をしに行った。
朧木は今一度事務所内の様子を見渡す。
「ここも賑やかになったものだ」
終わらない喧騒が朧木探偵事務所内を包んでいた。
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ここまでが第一章となります。
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今後の予定。
各章5章の3部構成。
第一部 怪異の王編
第二部 転輪聖王編
第三部 神霊と人編




