戦いへの祝詞
「何だろう…私見てきましょうか?」
さくらがとてとてと玄関口に向かおうとする。
「いや、待って。僕が様子を見よう」
朧木は立ち上がると玄関に向かった。朧木はゆっくりと入り口のドアを開ける。彼が外の光景を見ると、事務所の壁にもたれ掛かるように狼が倒れていた。
「よう、メイガス。しくじっちまったぜ…」
狼は傷だらけだった。朧木は事務所内に狼を運び、傷の手当をした。
「ヴォルフガング君、何があった?」
朧木が狼男に呼び掛ける。
「どうしたもこうしたも、先程妖怪に襲われたばかりだよ」
「報復が来たか!」
「影法師くらいならどうとでも出来たんだが、黒衣の僧侶が現れて…やつに気をつけろ。相手の雰囲気に呑まれると身動きが取れなくなる」
朧木は度々遭遇した黒衣の僧侶の事を思い出す。いつも圧倒感を持ち、巨大な何かと闘っているかのような錯覚をするオーラを放つ妖怪。
「初めは寺関係の妖怪と思ったが、あれは…」
朧木は相手の正体に薄々感づいてきたようだ。
「まったく。しばらく平穏だったから、恨みを買いやすい経営者の下で働いていたことを忘れていたぜ」
「幸い傷は浅いようだ。しばらくは安静にしているといい」
「次はあんたを直接狙うようだ。気を付けるんだな」
そう言うと狼は横たわって眠りについた。
「丼福君。君も気を付けたまえ。何をしてくるのかわからない連中だ」
「大丈夫です。と言いたかったけれど、やっぱり怖いです!」
さくらは朧木にそう答えた。
「相手は犯罪組織だ。手段は選ばない事だろう。魔紗さんには相談済みだ。場合によっては彼女のところで世話になったら良い」
「わかりました。所長はどうするんですか?」
朧木は壁掛けの霊剣、破軍を手に取った。
「相手は僕の周りの者を狙って恫喝しているんだろう。そんな連中に後手に回る道理はない」
「相手の居場所はわかるんですか?」
「いや、わからない。だが、即座に仕掛けてきたところから察するに近いところにいるようだ」
「そうだ。護法童子クンは? 彼にも手伝ってもらえば!」
「あー、彼なら先週付けで会社を辞めたよ」
「なんで見放されてるんですか!」
「護法童子には護法童子の人生や生活があるからねぇ」
「所長一人で相手にできるんですか?」
「厳しい相手だ。誰かを守りながらでは手が回らないかもしれない。他所に協力を仰いでいたのは正解だった」
朧木は懐の式神召喚符の確認をした。幸い一枚あった。
「今日のところは魔紗さんのところに行きますね。なんだか帰り道が怖いです」
「教会まで送ろう」
「私も戦えたら良かったのに……」
さくらは心底悔しそうだ。彼女は人に恐怖を与えるべく動くものが嫌いだった。
「戦えても妖怪を倒すのは楽ではない。今回は僕に任せておけ」
朧木は戦いの覚悟を決めていた。心の中で唱えるのは、いつも戦いに赴く前に唱える前口上。市井の人々の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を。




