凶刃
朧木のマイコップに透明度のある緑色の液体が満たされた。
「そう。使用者に害をもたらすからこそ裏社会のシロモノなんだよ。本当に前世の記憶を垣間見てしまうから○特案件に指定されているが、そうで無ければ普通に違法薬物に過ぎない。そんなものにハマる転生者を僕は助けたい」
転生。前世の記憶を持ったまま新たな生を得る事を主に指すが、転生先から前世を読み解けばこの様な文脈で解される。
追体験。他人の経験を自分のものとして体験する行為。
「私は所長を尊敬します。きちんと自分の考えがあって、良し悪しも決められる」
「一応これでも三十過ぎだからね」
「そうなんですか? 私は禁止されているから良くない事だ、とかそんな風に良し悪しを決めるくらいで、自分の意見は持っていなかったです」
「それも考え方じゃないのかな。興味のない分野などはそんな感じに大雑把な線引きをすると思うよ」
「所長は所長の考えがあって妖怪などとも闘うんですよね? でも、猫まんとかヴォルフガングさんとか仲良くする妖怪もいる。何が違うのかなと思って」
さくらは心の底では妖怪を毛嫌いしている。幼い頃の妖怪絡みの恐怖体験が彼女をそうさせているが、だからさくらは妖怪相手に闘える朧木を尊敬していた。だが、必ずしも妖怪を退治する対象とはしていない朧木を見て、最近は色々と思うところがあるようだ。
「妖怪だって生きている。猫まんを見たまえ。あれは食欲に生きている。他に何の害もない無害な猫だ。喋るけれど、ただそれだけだ。ヴォルフガングを見たまえ。生きてきた環境に苦労してきた人間だ。普段は狼の姿をしていることもあるかも知れないが、ただそれだけだ。彼らを退治する理由はどこにもないだろう」
さくらは猫まんが食欲に生きていると聞いて、大いに頷いていた。
「妖怪って、必ずしも人間に害を為す訳じゃないんですか?」
「恩返しをしようとしたり、人の行いに対する因果応報であったりと様々なバリエーションの話がある。実際に彼らは彼らの意見や考え方を持って生きていると言うのがわかるだろう。人と同じだ。一概には言えないよ」
さくらは考え込んだ。
「私を拐った黒衣の僧侶は人間に積極的に害を為そうとしている存在ですか?」
「あぁ、あれは間違いなく人間に敵意を抱いている。影法師を連れた妖怪は大抵ろくでもないって思えば間違いないよ」
「なにか時代劇で見るような被り物で覆面をした、黒い身体の人達ですか?」
「そうさ。彼らはその行いで生前、あるいは死後に地獄へと落ちた者たちさ。半俗ならぬ半地獄にいる魂だ。妖怪達に地獄へと引き込まれたのさ」
「じゃあ、あの人達はもとは人間なんですね」
「そうだ。だが己の業の重みで地獄へと落ちたことには変わらない。まともではないのさ。存在そのものを警戒するに越したことはない。丼福君、あれを見かけたときは即座に僕に連絡を寄越すんだ。あれらは野放しにはできない」
朧木は市井の人々の静謐の為に仕事をしている。それが彼の半生でもある。
それは身近な人も当然助ける。
「わかりました。やっぱりなんだか妖怪は怖いです!」
「ハハァ、それは偏見だなぁ。そうだ。もうひとり妖怪の知り合いがいるんだよ。女性の半妖てやつなんだが」
「また変わった知り合いが多いんですね! どんな方なんです?」
「わりと色恋沙汰の話をよく好む人かなぁ。害はないよ。恋愛絡みじゃなければ、かも知れないが。紹介しようか?」
「興味あります!」
「じゃあ今日はもう少ししたら店仕舞いしようか。近くの飲み屋で働いているんだ」
さくらが窓の外を見ると、いつの間にかだいぶ暗くなっていた。
時計も十八時を廻っていた。
「今日もあっという間でしたね」
「あぁ。これでも日中はヤバかったんだよ。仕事上がりの一杯がやめられない」
さくらがクスッと笑った。
「なんだかんだ言って、そっちが目当てだったんじゃあ無いですか?」
「なぁに。僕の日課さ。さて、もう少し仕事を片付けようか!」
朧木は所長デスクに向かい直し、直近の事件Fileをまとめている。
仕事内容は詳細に記録しているのだ。
と、ガタン、という音が玄関先で鳴った。
朧木もさくらも「?」と頭に疑問符を浮かべる。




