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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
60/228

不穏の影が忍び寄る

 とある場所。闇の中で護摩壇に焚かれた炎の明かりだけが見える部屋。

 一人の男が一心不乱に祈祷している。霞町町長だった。


「おん きりきり おん きりきり……」


 町長はただひたすらに真言を唱えている。

 と、室内に誰かがやって来た。町長の手下のようだ。


「町長、よろしいでしょうか?」

「構わん。言え」

「茨城に天狗党なる政党が発足した模様。おそらくは妖怪の息のかかった連中との報告」


 町長は「ぬぅぅ」と声を漏らした。


「東京都の町政にも介入してくるやもしれん。警戒を怠るな」

「はっ! それから今ひとつ。怪貝原議員の手の者がオカルトドラッグ流通拠点の一つを叩いたとの事」

「なんだ。組織壊滅まではまだまだ程遠いではないか。途中経過の報告は要らん。結果報告だけにしろ」


 町長は機嫌が悪そうにそう答えた。


「はっ、しかしよろしいので? 相手は大規模な組織と思われますが、個人経営している探偵一人に頼むなど無謀ではございませんか?」


 町長は手下の話を聞き流して再び祈祷を始める。


「構わん。動かせる駒を持つのは他に山国議員位だが、あちらは好きに泳がせておけ。私は彼の真意が知りたいのでな。余計な干渉は不要だ」


「かしこまりました。失礼いたします」


 手下は去っていった。部屋には護摩壇の炎が燃える音だけがする。


「次から次へと妖怪どもの干渉が来るか。東京都の霊的結界ももはやほとんど意味をなさぬとは」


 独りごちる町長。その表情は重苦しい。



 朧木は自分の事務所に戻っていた。事務所にはさくらがまだ残っている。


「所長。お疲れ様です。その分だと、今日は何か収穫はあったようですね!」


 さくらは所長デスクの上にお茶を置いた。冷水で作った緑茶のようだ。

 朧木は受け取ったお茶に口をつける。


「あぁ、鈴鹿御前と名乗る女を捕らえた。警察署に預けてあるが、ドラッグの流通ルートを喋るのも時間の問題だろう」


 さくらは不思議そうな表情を浮かべる。


「その聞き取りも所長が行わないんですか? 捜査権はあるんでしょう?」


 朧木は「ふむ」とひと言だけ呟いた。


「確かに僕に事件の捜査権はあるが、捕まえた相手の違法薬物所持と服用の件はまた別だからね。警察署に協力を求める都合、先程の罪状で再委任する事も可能だ。餅は餅屋に。事件の聞き取り調査は警察に。麻薬取締官に任せちゃうのさ」

「所長が何でもやるわけじゃあないんですね」

「当たり前さ。人は一人で生きているんじゃあない。いろいろな人の力を借りているんだよ。必要な時に必要とするのも失礼な事ではない」

「へぇ?所長なら犯人から話を受けて、パパパパッと推理しちゃって解決するのかなって思ってました」

「それは君、僕を買いかぶり過ぎだよ。僕が警察に助力するのは○特案件だから、だ。一般の犯罪の延長線上ならば、ちゃんと警察に協力するのが市井の人々の務めだろう」

「相互に協力関係にあるようなものなんですね」

「人付き合いと同じさ。疎かにしていてはいけない」

「じゃあ、今は前世ドラッグを利用した人が流通ルートを吐くまで待機なんですね。所長は前世というものに懐疑的なんですか?」


 朧木は一気にお茶を飲み干していた。


「前世の必要性についてなら懐疑的かな。追体験と同じなんだよ。本を読んで主人公になった気分になるのと同じさ。彼らのもね。記憶と経験だけのものであるならば、前世のきおくも読書をして得た知識と何ら変わらない。誰かの価値観をトレースしているだけさ」


 さくらが驚いている。


「それはまた随分と極論ですね!」

「極論なものか。実態は同じものだよ。前世の記憶に憧れるなら、優れたエッセイでも読んだらいい。前世の記憶のドラマツルギーにハマるなら、エンターテインメントの主人公になりきるだけで良い。単純なものさ。転生者と言うのは前世の自分にはまり込みすぎて、生活に支障をきたしている人々だ」


 今度はさくらが「うーん」と唸る。


「ホンモノの陰陽師が言う前世観というのは違いますね。刮目です」

「そこに大した違いはない。僕からすれば、アクション映画にハマりすぎて、銃や刀を振り回している人と同じなんだよ」

「もうけちょんけちょんですね!」

「当たり前だ。前世の自分をエンターテインメントとして消化している人々への扱いなんてそんなもので十分さ。前世の記憶だろうと薬物頼みで覗き込もうとしているのだから」

「ではやはり、オカルトドラッグの流通は何が何でも防がないといけないですね!」


 さくらが空いたコップに水出し緑茶のおかわりを注ぐ。


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