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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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来客が過ぎ去って

 さくらがテーブルを片付けに駆け寄ってきた。


「私、あの人が嫌いです!」


 さくらは開口一番にそう言った。


「あぁ、僕も苦手だよ」

「ならなぜあんな人を好きにさせておくんですか!」


 さくらが激昂する。


「僕の恩人が雇っている人だからねぇ。事を荒立てるのもなんだ」

「なぜ朧木さんはそう事なかれ主義なんです!」


 そういうと、さくらは湯飲みと灰皿を持って流し場の方へと向かった。


「いやはや、丼副君は手厳しいな・・・」


 朧木はさくらの性格がきつすぎて嫁の貰い手が現れないんじゃないかと心のそこから危惧したが、言えばセクハラになるので心の中に押し留めた。


「朧木さんがゆるいんです! 私が来てから依頼人0人。いえ、今日ようやく一名いらっしゃいましたが、朧木さんがお仕事しているところを未だに見たこと無いんですが・・・」


 さくらは本気で朧木探偵事務所を心配していた。


「すばらしき事ではないか」


 朧木は悠々と言ってのけた。


「どこがですか!」

「先ほどの亜門さんとのやり取りでも言ったが、我々が暇なのは困った人がいないからさ」


 朧木は両手を広げておどけて言った。彼はあえてお茶らけて見せているが、内心はそうではない。心のそこでは亜門への敵愾心があった。だがそんな事を表に出していては仕事が勤まらない。今はこうしてさくらとふざけている事で、心のバランスを保っていた。


「それは仕事にあぶれて朧木さんが困らないですか?」


 さくらは間髪入れずにびしっと突っ込みを入れた。


「中々困った切り替えしだね、丼副君。君の指摘は真実だ。認めよう」

「ついに現実を認めましたか」

「退屈であると言う事は平穏であると言う事だ。退屈しているのを僕は好きなんだがね」


 朧木良介はこめかみを押さえて「ふぅ」とため息をついた。


「そういえば、歳を取ると変化を嫌うと聞きました。所長・・・」

「丼副君。そういうのは最後まできちんと言い切ってくれ」

「余韻を残す事で言葉に出来ない私の気持ちを表現しているんですよ」

「心が満足しているから今に退屈を感じる。退屈する変化のない日常とは安寧と平穏の中にしか存在しえない。それはすばらしい事だと思わないのかね?」

「至極真っ当な事を言っているようで、ニートが働きたくないと言っているのと大差ない気がするんですよ」


 朧木良介ががくっと項垂れる。


「うーむ、比喩を用いるには僕の現状にふさわしくなかったかな」

「タダの屁理屈にしか聞こえません!」

「丼副君の言い分を認めると、亜門さんの存在は僕にとって重要な人物であるのはわかるよね」

「・・・あっ」

「そう。仕事の依頼人の代理で僕の元を訪れたんだ。雑な扱いは出来ない。下手(したて)に出ることも必要だ。相手の人間性がどうあれ、思惑がどうあれ互いの立ち位置は変わらない」

「・・・そうですね」

「感情的になるのは人間だ。理解できる。それを飲み込んで必要な対応を取る事を僕はへりくだるとは思わない。それに亜門さんについては仕事できっちり見返してやればいい」

「じゃあ、朧木さんは今回の事件の話を解決する気があるんですね?」

「あるとも! 霞町の平穏は僕が守る。妖怪変化や怪異からの守護を司る、これは僕の役目なのだとも」

「そういえば、町議会がどうとか聞こえましたが、それと関係あるのですか?」


 朧木は言うべきか少しだけ迷ってから口を開いた。


「・・・あるとも。この町の旧来の体制派の中の一派に僕は含まれる。古い伝統と格式の中で、僕は雇われている身だ。その勤めを果たすのは僕の責務であり使命だ」


 朧木は珍しく力強い語気で語る。


「もしかして、怪貝原議員と言うのがその旧体制派の人なんですか?」

「そうだ。懐古趣味の保守派の中でも、最も古くから居る一人。僕はこの町の古くからの伝統に基づいた役割を与えられているが、そのクライアントの一人なんだ。だから頭が上がらなくてね」

「所長は自営業だから、自分の裁量で好き勝手やっている人だと思っていました」

「それはまたとんでもない評価を持たれていたもんだなぁ」


 朧木は姿勢を直し、居住まいを正した。


「普段は仕事もないのにお気楽に構えてましたから」

「よし、心意気の話をしよう。僕は世の中が平穏であれと願っている。その上で仕事は待つ構えでいる。そして今回仕事が来た。出番だ。頑張ろう。全力で勤めを果たそう」


 さくらが目を輝かせている。


「待っていました! 微力ながら私にも手伝わせてください。まず何をしたらいいですか?」


 さくらが腕まくりをするしぐさをしながら言った。


「時が来るまで待つことだ」


 そんなさくらに対して、朧木は真剣な表情でそう返した。


「時が来るまで? えっ、事件の捜査はしないんですか?」

「しない」


 さくらの疑問に朧木はきっぱりと言い切った。


「どうして? 一刻も早い解決をするんじゃなかったんですか?」

「するとも。・・・そうだなぁ。この事件、当初は通り魔事件として警察が追っていた案件だ。その警察が未だに見つけられていないならば、一般人の僕が探してもたいしたものは見つからないって事さ。国家権力を僕は侮るつもりはないからね」

「うーん、何だか消極的な気が・・・」

「必要な行動は取る。その間に神主さんの依頼の対応もしながらね。気になる点はあったが、神出鬼没の相手の場合は罠を張る。その為にその時が来るまで待つのさ」

「気になる点・・・ですか?」

「あぁ、どうにも腑に落ちない話があってね。少し慎重に調査を行った方が良さそうだ。もちろん事件の再発防止の手段は取るがね」

「何だかわからないけれど、待っているだけでなくて自分達でも動いた方が良さそうな気もするんですが」

「こういうときは仕掛けをして待つ。そうするのが一番さ」


 朧木はそう言うとソファーに深々と座って背伸びをしている。


 さくらは納得がいっていないようだった。しばらく考え込んでから朧木探偵事務所を飛び出した。

 朧木が何かを言いかけていたが、さくらは聞かずに事務所を出た。

 彼女の心中は「ここは自分が何とかしないと」だった。彼女自身が探偵事務所のバイトに過大な期待をしていた事も有ったのかもしれない。なにかフィールドワーク等のお手伝いもあるかもしれないと期待していたが、事務員としての仕事ばかりで事件もなかったために退屈していたのだ。彼女はそれでもお給料は出ていたので不満はなかったはずだ。さくらは朧木が言うところの平穏な生活を送っていた事を自覚はしていなかった。

 今、彼女はその平穏から自ら飛び出して行った。若さゆえに変化を好んだ結果だった。

 朧木は事務所内で慌てている。


「あっちゃー、猪突猛進な子だなぁ。おーい、猫まん。猫まんはいるかぁ?」


 朧木は事務所内で一人声を上げた。すとん、と何かが床に着地する音が聞こえた。棚の上で寝ていた猫まんだった。


「聞こえているよ。良介。厄介ごとをわたくしにおしつけるつもりかえ?」

「厄介ごととはひどいじゃないか。毎日餌をくれる子の面倒を見ようとは思わないのかい?」

「まったく、困った子だねぇ。まるで幼い時の良介みたいだ。こうと決めたら一直線にしか進めないのだろう」

「わかってあげているなら話は早い。彼女が危険なことに首を突っ込まないように付いててあげてくれないか?」

「やれやれ、猫づかいが荒いねぇ。大きな子供の世話をやらされるとは」


 猫まんは口では悪態を突きつつも、猫ドアから飛び出して行った。


「なんだかんだ言って頼りになるよ」


 そういうと朧木良介は棚から何かを取り出そうとしていたのだった。


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