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朧木探偵社  作者: 神島世判
朧木良介と見る霞町
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前世と今生

 ガキィン! 刀と刀が打ち合う音。朧木が呼び出した花の精、あやめは鈴鹿御前と切り結ぶ。

 ギリギリギリ…鍔迫り合いとなり、あやめと鈴鹿御前は睨み合う。

 女と女の闘いの横で、朧木を助けに来た魔紗が影法師と戦っている。

 ズガッ! 魔紗のロングソードが天蓋笠を切り裂き、影法師を叩き伏せる。影法師では魔紗の相手は務まらないようだ。

 魔紗は素早く十字を切った。影法師は地獄へ落ちたとはいえもとは人間だ。魔紗は塵へと帰る影法師への弔いの意を示す。影法師を助けるにはこうするしか無い。彼らの被った天蓋を切り裂く。それは影法師が影法師としていられなくなる事でもある。


「朧木、何を遊んでいるの!」


 魔紗が朧木に怒鳴った。


「遊んじゃいないよ!」


 そう返す朧木に余裕は無い。相見える鈴鹿御前は決して楽には倒せないことがわかる。

 カキィン! またしても刀と刀がかち合う。互いに決定打に欠けるようだ。


挿絵(By みてみん)


「そう、朧木と言うのね。沖田総司を破った陰陽師は」


 鈴鹿御前はあやめを前にして尚、意識を朧木良介に向ける余裕があった。


「確かに彼を捕らえたのは僕だがね」


 鈴鹿御前はあやめと間合いを取った。


「あなたは自分の前世に興味は無いわけ?」


 鈴鹿御前が赤いカプセルの薬を取り出し、一気に飲み込んだ。


「……そんな薬頼みをしてまで興味は無いかな。僕の方こそ君らに聞きたい。前世が今にどれほどの影響があるのかと」

「かつての自分の価値観を知るから、今を大事に生きられる。なんの取り柄もなく生きていただけの毎日に、それまでの自分が知らなかった価値観が得られるのだから」


 朧木は深いため息をついた。


「わからないね。結局それは他人から学んでいることと何が違うのさ。今の自分が何かをなし得ようって生きるのならわかる。君ら前世の記憶を取り戻した人達は何者になるつもりなんだい」


 鈴鹿御前はニヤッと笑った。


「あたいはあたい。他の誰でもない自分。このドラッグでやっと開放された。自分と言う殻から」


 鈴鹿御前があやめに一気に詰め寄る。

 ガキッ、キィン! と刀と刀がぶつかり合う。薬の効果だろうか。さっきより刀筋が鋭い。激しい斬撃があやめを襲う。たが、あやめも負けてはいなかった。

 あやめは舞うように刀を振るう。剣舞。

 軽やかに流れる剣筋が鈴鹿御前を捉える。

 キィィィン! ひときわ甲高い金属音。鈴鹿御前の刀が大きく弾かれる。

 あやめは美しく舞う程に刀の流れが読み難くなるようだ。


「そんな! あたいが切り結び負けるなんて! なぜ!」


 その場は朧木の呪歌が支配している。流れさえをも変えてしまう。

 あやめが一気に踏み込み、鈴鹿御前の喉元に刀を突きつける。


「君たちは前世の記憶があろうがそれまでは普通に生きてきた人間。いきなり剣の達人の動きをできるようになったところで、体がついてこないのさ。流石にこちらが勝たせてもらうよ」


 朧木の勝利宣言。鈴鹿御前は降参した。

 あやめと()けて菖蒲(しょうぶ)あり。

 朧木が魔紗の様子を見ると、最後の影法師を斬り倒すところだった。危なげなく片付けたようだ。


「そっちも終わったようね、朧木」


 魔紗はロングソードを鞘にしまった。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


 朧木は魔紗に礼を言った。彼女が助けに来なければ危うかった事だろう。スキがなければ呪術的行動も取れない。


「さて、その女に色々と聞きましょ。オカルトドラッグを流通させるのは何者なのかを」

「アッハハ! そんなことをあたいが言うわけ無いじゃない! 前世の記憶を取り戻すお薬を貰えなくなっちゃう」

「そうか。君も前世の記憶に依存しているのか」


 鈴鹿御前は不満そうに口を尖らせた。


「伝承で謳われる存在だったんだから、その記憶に浸かりきっていたくもなるでしょ。あんただって浸りたい思い出くらいはあるんじゃないの?」


 朧木は鈴鹿御前の問いに答えない。


「そんなことは何だっていい。僕らは怪しげな薬の流通をとめるだけだ。鈴鹿御前。あんたは黒衣の僧侶を知っているか? 僕らはヤツを追っている」


 朧木は話に取り合わず、自分らの要件だけを告げた。相手の話のペースに引き込まれないように、強引に話の流れを作ったようだ。


「黒衣の……」


 鈴鹿御前が何かを言いかけた。


「何か知っているの?」


 魔紗が鈴鹿御前に詰め寄る。


「し、知らない。あたいは何も、知らないよ。本当だよ」


 朧木はしばらく考え込んだ。


「よし、彼女は警察に引き渡そう。あの赤いカプセルは証拠品として押収させてもらう」


 朧木の命であやめが鈴鹿御前から赤いカプセルを取り上げる。


「やめてよぅ……それがないと前世の記憶が遠くへ行っちゃう……」


 鈴鹿御前が朧木から薬を取り返そうとする。それをあやめが押しとどめた。


「前世など妄想と変わらない。君は今を生きるんだ」


 朧木は鈴鹿御前に背を向けた。おかしなドラッグさえなければ、前世の記憶を持つ転生者もただの人だ。害はない。


「朧木、この人は私が連れて行こう」


 魔紗が鈴鹿御前を連れてビルを出ていった。

 後には朧木とあやめが残る。


「人は成功体験の記憶から離れ難いか……」


 前世は純度100%の過去だ。決定された事象だ。もはや何を持ってしても覆らないもの。その記憶が彩りに溢れているほどに依存性が強くなる。

 前世の記憶はどこまでも蜜の味がする毒物だ。



 朧木はその場を後にした。

 悪鬼悪霊魑魅魍魎、そんな奴らから皆を守る陰陽師。幽霊を相手にすることもある。前世とは死人だ。ならば彼らは亡霊か。前世の記憶に囚われることは取り憑かれる事とどれほどの差があると言うのか。

 死者の霊を鎮めるのも陰陽師の仕事。

 ならば朧木良介の仕事である。彼は、彼のスタンスを崩さない。

 今を、大切に生きよ、と。


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