新たなる事件
ある日、亜門が朧木探偵事務所を訪れていた。
「朧木さん。今日はあなたに怪貝原議員の意向を伝えに来た」
亜門は開口一番にそう伝えた。その日は亜門には同行者が居なかった。
「亜門さんからのお話ということは、きっと良くないお話なのでしょう。しかし、良くない出来事を解決するために僕はいるのですから、仕事の上では聞かざるを得ない。なんでしょうか?」
朧木の歯切れは悪かった。このところ立て続けに怪奇現象が相手の仕事が続いたせいもある。本来の彼はもっと暇を持て余している人間だった。
「朧木さんはオカルトドラッグが蔓延していることをご存知か?」
朧木の脳裏に以前の沖田総司が思い起こされた。幕末の剣士。仕事の上で人を斬る事もあった。それが明確な敵性存在も持たないまま倫理も異なる現代でかつてと同じようなことだけをしていた男。彼は人斬り集団の中にいた悲運の剣士という前世の設定に溺れ、現代での新たな目標を持ち得なかった。
「以前の事件で前世の記憶を持つ通り魔と出会いましたな」
「そうであろう、そうであろう。前世のことを知りたがるものは多い。その為に前世療法に用いられるドラッグに手を出す輩が後を絶たないのだ。特に前世が有名である程に依存性が強くなりハマる傾向がある」
それは無理らしからぬ事だった。有名人ほどに激動の生涯を歩んでいる確率は高い。その以前の生き方の記憶に浸かりきって戻れなくなるのだ。
「背後で妖怪が暗躍していました。黒衣の僧服に身を包むアンノウンがリーダー格を務める様子」
亜門がひと呼吸を置いた。どうやら話の本題に触れるようだ。
「君に依頼したい仕事とは、その妖怪共の暗躍を暴き、主犯のものを討て、だ。危険なオカルトドラッグの蔓延を防ぐのだ。これは怪貝原議員の意向でもある。その為に君を名指しで依頼した。これは正式な依頼である」
亜門は管轄が不明瞭であった特殊な薬物絡みの案件を、警察の麻薬取締から朧木に移す動きがあることを暗に伝えている。
怪貝原議員であるならば、○特案件として事件の捜査権を委任することも可能な立場にいた。背後で動いているのだろう。
「亜門さん。それはこの案件を僕だけに委ねると言う事ですか?」
亜門は朧木が言わんとしていることがわからなかった。
「君に任せようというのが議員の意向だ。光栄に思わんのか?」
「相手は組織だって動いている。単独で動いていては限界があります。そこで僕は亜門さんにお願いしたいことがあります」
「ほう。君にしては弱気な発言だな。なんだ。言いたまえ」
「亜門さんが肩入れしているバチカンから派遣されているエクソシストの力を借りたい。彼女への協力要請を依頼したく思います」
亜門は意外そうな表情を浮かべた。
「それはお前一人には解決が難しい事件だというのだな?」
「はい。そこで亜門さんが築き上げた人脈のお力添えをいただきたく思いまして。『この件は亜門さんのお力添えなくして解決は成し得ない』事件なんです」
亜門は珍しくも朧木から頼られていることに困惑していた。
「わかった。私から魔紗クンには君に協力するように伝えよう」
「感謝致します」
朧木は亜門に頭を下げた。彼は必要ならば嫌な相手にも頭を下げられる程には大人だった。
「他者の力を必要とするとはめずらしいではないか?」
「今回のお話は相手が組織であり、ドラッグの流通ルートの捜索も必要となる。バチカンの組織力や情報網のバックアップが欲しい。先見の明のある亜門さんならば、こんなこともあろうかと備えてこられたのでしょう?」
亜門のバチカンの派遣員との繋がりは朧木への対抗意識が大半だった。だがそれでは亜門は己の器量の狭さを痛感する。軽く持ち上げつつ、別の耳障りの良い動機づけの話が出たことは亜門にも都合が良かった。
「そうだとも、そうだとも! やがては君の力だけでは足らなくなる日を憂慮し、私は私で独自に動いていたのだ。それが役立つ日が来たというもの!」
亜門の中では魔紗との関わりについて、新たに明確な動機づけが為された。器の小さな男には自らの行動の動機一つとってもこの有様だ。だが、亜門は無能では無い。
「そうですよ。これも亜門さんの働きぶりのおかげです」
朧木は亜門には平身低頭の姿勢を崩さない。自らの恩人の使いである。無下には扱えない。故に苦手な相手としようが持ち上げることも厭わない。彼なりの処世術でもあった。それは朧木に劣等感をいだき嫉妬する亜門に優越感を抱かせ満足させるには十分だった。
「なに。私もこの事件には思う所がある。怪貝原議員の為に一働きできるなら本望!」
そう言う亜門の言葉は嘘ではない。
「もしこの事件が解決の折には、亜門さんのご助力のお陰であると進言致しましょう」
亜門は満足そうに頷いた。今日は珍しくも亜門の朧木への攻撃性はなりを潜めていた。
普段活躍する朧木に対して自分は仕事でなんの活躍も果たせていないという負い目が、亜門に攻撃性を抱かせていたのかも知れなかった。
「ならば君はなんとしても事件を解決しなくてはな。今回の相手は危険な相手か?」
人を使ってさくらを誘拐するような連中である。あらゆる意味でも危険だった。
「かなり危険な相手です」
「ならば何がなんでも撲滅せねばなるまい。後のことは任せたぞ!」
亜門が朧木の肩をぽんと叩く。そして亜門は事務所を去っていった。




