女の目指した幸福
にわかに騒ぎが広がり出す。警官に噛みつかれた警官も立ち上がる。既にその瞳は赤く輝いている。
他の警官たちは同士討ちに躊躇い、吸血鬼化した警官を撃てずにいる。
「い、いかん。撃て、撃て!」
刑事が指示を出すやいなや、警官たちが吸血鬼化した同僚目掛けて発砲する。
先程まで人間だったものに浴びせられる銃弾。
ドサリ、ドサリと倒れる吸血鬼化した警官達。
彼らはそのまま動かなくなった。
「彼らは吸血鬼の親玉に噛まれて生まれた下僕種の吸血鬼だ。だから銃弾でも倒せる。だが、大本の明日光はどうだ?」
朧木は周囲を警戒する。
先程吸血鬼化した警官が歩いてきた方角からかつんかつんと足音がする。
足音の主は明日光だった。服には銃弾による穴が空いているが、体にダメージはなさそうだった。
近くにいた警官が明日光に向かって発砲しようとする。
その瞬間。明日光は白い霧の姿に変わり銃弾をすり抜ける。
気がついた時には発砲した警官の背後に立ち、その首筋に歯を突き立てている。
ドサリと崩れ落ちる噛まれた警官。明日、が振り返る。一時的に月の光が雲で陰り、再び光が差し込んできた時、そこに日本人の明日光の姿は無かった。
銀色に輝く髪。紅く輝く双眸。青白く美しい肌。整った容貌の美しき姿をした吸血鬼がそこにいた。服は先程までのものではなく、黒ずくめの服装をしている。
「さすがの私も災難だったわ。予定のないコロシだったから。それが必要以上の過去の精算にもなってしまうわ」
吸血鬼はそう独り言のように洩らした。
朧木は油断せずに構えながら吸血鬼を見据える。ただし、その瞳は見ないようにしていた。吸血鬼は魅了の魔眼を持つ。
「僕にとっても災難さ。吸血鬼が相手と知っていれば、もっと周到に準備をしてきたよ」
頼みの月魄刃は相性の問題で吸血鬼にはあまり効いてはいない。打つ手は限られる。
「そう。手ぶらで来たわけ。良い度胸じゃない。それで私の前に立つというのだから」
明日光が妖艶に笑みを浮かべた。彼女が先程噛み付いた警官が立ち上がる。彼は既に人間ではなくなっていた。
「噛んだ相手を従わせる。いよいよ面倒な能力だな。お前を野放しにするわけにはいかない」
朧木は懐を探る。あった。一枚だけ。式神の召喚符だ。
「ねぇ、あんた。私と取引しない? こちらは今後の生活もあるし見逃してもらいたいのよ。バチカンの専門家どもにまた追われるのはごめんだわ」
明日光は手をひらひらと振ってみせた。
「罪を犯していなければな。今はそうも行かなくなった。何故、このような真似を行った。一応聞いておこう」
「あらぁ、それはありがと。今回の一件、私ばかりがわりを食っているみたいでね。人間のほうが薄汚い真似をするんだもの。聞いてくれる?」
会話のさなかにも朧木は仕掛けるタイミングを計っている。
「後学の為にも聞いておきたいね。吸血鬼といえば高貴な存在、と言うイメージもあるのに、なぜ今回はこんな事件を起こしたのかが気に掛かる」
朧木は相手をさりげなく持ち上げる事を付け加えた。
「私だって元々は人間として生きようとしていたのよ。ところがある時、私には非常に困難な出来事があったわけ。松葉とは仕事の関わりでね。うちの会社は松葉に仕事の依頼をなんとしてもしようとしていたのよ。私がその交渉を担ったわ。だけどね彼は何度頼んでも依頼を受けてくれなかった。私もその仕事がうまく行かなかったら退職しなくてはいけなくなりそうだった。進退問題ね。だから何度も頼み込んだわ。そうしたら松葉は私になにを持ちかけたと思う? 枕よ」
枕。つまりは枕営業である。
「・・・それは断ることも出来たんじゃあないのか?」
「言ったでしょ。人間として生きようとしていたと。仮初の戸籍や地位を用意するのも大変だったんだから。・・・それに会社を辞めるわけにはいかなかった。だから私は話を受けたわ」
「・・・・・・・・・そこまでするのはなぜだ?」
朧木は押し黙った。
「その会社には好きな人がいて、一緒にいられるだけで嬉しかった。会社を追われたら一緒にいられなくなる。だからよ。嫌なことをしてまで自分の居場所は守った。そうしてしばらくして、好きな人と付き合うようになった。そうしたら久々に会社の仕事を受け持った松葉がまた私と関係を持とうとしてきたのよ。私が断ると、彼氏に枕営業の事をばらすと脅して関係を強要してきた。今回の事件のあった時もね」
「それは・・・」
彼女にも問題はあったが明らかに松葉が悪い。
「お前を他の男には渡さん。関係を持っていることをばらしてやるといわれて、私はそれを止めようと思わず首を噛んで吸血鬼にしてしまった。手下にした吸血鬼は見境無く人を襲って吸血鬼にしてしまう劣等種にしかならないことを忘れていた」
「そうか。それで君は彼を殺傷し、証拠を隠滅して身内の犯行と疑われないように物盗りの犯行に見せかけ、アリバイ工作も行ったのか」
「ねぇ、お願い。私は彼と一緒に居たいだけ。同行者の他の三人にもそのことを伝えてよ。私は悪くないの!」
「いや、君が殺人を犯したことには変わりない。法の下に裁かれ、しかる後にその彼と結ばれるが良い」
朧木は静かにそう伝えた。
わらわらと吸血鬼の周囲を警官が取り囲む。明日光を取り押さえようとしている。彼女は突然笑った。
「話の通じない男ね。今までずっと待ってきて、ようやく結婚についての話もしてくれるようになったのに、私に幸せになるのを待てというの? こんな目に遭ってきたのにぃぃ!」
彼女の叫び声が辺りにこだまする。
キィィィンと辺りに耳鳴りのような不自然な音がなる。周りの空気が緊迫する。全員が耳を押さえてうずくまる。




