エクソシストの魔紗
「そうか。さて、そこで一人紹介したいものがいる。私の隣に座っているのは今回の事件に当たる専門家だ」
亜門は自らの隣に座っていた女性を指し示した。
その時に朧木はまたしても意外そうな表情をした。
「おや? この仕事の件で他に外部にも相談しているんですか?」
「そうだ。狼男となると西洋の魔物。君の専門外の可能性もあるのでな。早め早めの対応を取らせてもらった」
一瞬だけ朧木は何かを言いたそうにしていたが、口にはしなかった。女の方が口を開いた。
「私は魔紗。バチカン秘蹟調査室の特務員だ。現存する怪奇現象の保守保全活動の一環で協力させてもらう。今回は『狼男の確保』が目的だ」
彼女の声はとても低いトーンであり淡々と語られる。
「・・・『確保』と言うには物騒なものをお持ちのようで」
朧木は彼女の傍らのロングソードとマスケット銃を見ながら言った。
朧木がちらりと亜門の方を見るが、亜門は肩をすくめるばかりだった。魔紗は話を続けた。
「私は荒事の範囲内でも活動できる『専門家』だ。ゆえに私が日本に派遣された。要らぬ心配は無用だ」
「いくら超法規的措置の範囲内であるとはいえ、堂々と銃刀法違反はまずいのでは?」
朧木の言葉に魔紗が「フン」と鼻を鳴らした。
「この国特有の厄介な問題だ。しかし狼人間には銀の弾丸。銃火器の所持はこの国では出来ない。が、抜け道はあった。古式銃の所持に許可は必要ない。届け出のある古式銃であるならば、1869年以前に製造されたものならば、たとえ外国製であっても渡来された製品の物ならば所持は可能だ。少々迂回策を取らせてもらったが、な」
魔紗がマスケット銃を手に取る。
「狼男退治にマスケット銃とは恐れ入る。しかし、西洋剣の所持は不可能なはずだ」
「ご名答。日本国内で所有が認められるのは日本刀までだ。それも美術品の所持、と言う名目でな。安心するがいい。この西洋剣には刃がない」
魔紗はすらりとロングソードを抜いた。刃の部分は潰されている。
「なるほど、刃がなければただの鈍器」
朧木は鈍器のようなロングソードを見て納得した。
「それでも殴られれば痛いがな。これも当然銀製品だ」
魔紗はロングソードを鞘に戻した。
「・・・中々の念の入れようですな。・・・友好的なやり取りにはならないとお考えのようで」
朧木と魔紗のやり取りを亜門がニヤニヤしながら見ている。
「そういうわけだ、朧木さん。今回は君に仕事の出番はないのかもしれないな!」
朧木がマスケット銃とロングソードを持った魔紗を見て、何かを言いたそうにしている。
「朧木とか言ったな。私に何か言いたそうだが、私からも一言言っておく」
「なんでしょうか?」
「私の仕事の足を引っ張るような真似をするなら容赦しない」
亜門はそんな二人のやり取りを見て実に嬉しそうだ。
「お二方とも挨拶は済んだようですな。うまく協力してやっていただけると何よりだ」
亜門は心の中ではそんな事などかけらも思っていないことだろう。だが、秘書としての仕事はきちんとやったという建前だけでも取り繕わねばならない。朧木が何らかの理由で仕事を失敗した場合、彼に責任を押し付けるつもりなのだから。
亜門は朧木の失脚を望んでいた。亜門にとって魔紗は格好の存在だった。現状の雰囲気の悪さも計算の上なのだろう。
「亜門さん。僕は出来る限り尽力しますがね。怪貝原議員にもそうお伝えください」
「いいだろう。怪貝原議員には君が仕事を引き受けた事『は』伝えておく」
恐らくは魔紗の参入も亜門の差し金だ。亜門は自らの行った不都合な話は伏せた上で、最低限の話だけを自らの雇用主に伝えると述べているのだ。
魔紗が剣と銃を手にがたっと立ち上がる。
「私は私のやり方で行く。朧木、あんたはあんたで勝手にやっていたらいい」
そういうと魔紗は朧木探偵事務所を出て行った。
「・・・中々に気の強そうなお嬢さんで・・・」
朧木は辟易した様子でそう漏らした。そんな様子を見る亜門は上機嫌そうに口を開く。
「まぁまぁ、『専門家』同士、仲良くやっていただきたい。ともあれ、事件が解決してくれるならばどのように仕事を運んでくれてもこちらは構わないがね」
「亜門さん。町議会の議決で僕らが介入する事が決まったんですね?」
「そうだとも。超常現象は君らの管轄だろう。せいぜい怪貝原議員を失望させないようにしてくれたまえよ?」
そういうと亜門も立ち上がった。
「えぇ、可及的速やかに事件を解決しますよ」
「・・・私もそう願っているよ。では失礼する」
亜門も朧木探偵事務所を立ち去った。
来客たちが帰り、朧木探偵事務所は静まりかえるのだった。