新規の依頼
それは迷い猫探しの仕事があった日の数日後。朧木探偵事務所に亜門が訪れていた。亜門は一人ではなく男が一緒であった。同行していた男はアルマーニのスーツに身を包んでいる、さわやかな笑顔の好青年であった。
事務所の応接室にて朧木が二人と対面する。
「やぁ、朧木さん。あれから調子はいかがかな?」
亜門が朧木に話を切り出す。とりあえずは世間話から入る、というつもりなのではない。朧木がろくな仕事も無く暇をしているのを承知で嫌味を言っているだけだった。
「とくにめぼしい仕事も無く・・・・・・こうして事務所で過ごしていますよ」
朧木が前回亜門から通り魔関連の仕事を引き受けて以来、迷い猫探しの仕事しか来ていなかった。その迷い猫が化け猫の類だったので少しばかり問題となったが、平和平穏な日常を送っていた事には変わりない。朧木は亜門が嫌味で聞いているのを承知の上で暇であると告げた。実際事実である事には変わりないし、仕事そのものならばこれから亜門がもたらすであろう予感があった。
「それはよい。実は今日も朧木さんには仕事の依頼があってね。今回は同行した方に関わるお話なの
だが、政治色が強い問題でね。怪貝原議員たっての願いで君に依頼することとなった」
亜門が横にいた男を紹介する。亜門の言葉を受けて男が名乗る。
「はじめまして。私は資源リサイクル事業を行っている会社の経営者の塚原と言います。今日は朧木さんが現代の陰陽師であるというお話を聞きまして、是非お願いしたい事が」
「はじめまして。私は探偵業を行う傍ら陰陽師もやっている朧木と申します。裏稼業の方にご依頼とのことですが、本日は一体どのようなご用件で?」
「実は・・・・・・私どもの会社、この度この一帯のごみ処理事業を入札いたしまして、新規参入する運びとなりました。その為、東京都青梅市にごみ処理施設を建設しようとしているのですが、幽霊が霊障を起こして邪魔をするのです。朧木さんには是非とも解決していただきたく・・・・・・」
「なるほど・・・・・・土地に根ざした幽霊達を鎮める仕事ですか」
と、朧木が頷く横から亜門が話を差し込んだ。
「朧木さん。塚原さんは怪貝原議員とも懇意になさっておいでだ。この度の公共事業入札の件は塚原さんにとってもかなり大きな仕事。わかるな?」
亜門は朧木に当然仕事は請けるだろうなと、念を押したようだ。この仕事は朧木の恩人である怪貝原議員の顔を立てる必要がある仕事であると言っているのだ。
10秒ほど朧木が考えを廻らす。詳しい状況が見えないので即答が難しかったのだ。
「わかりました。引き受けましょう」
「そうであろう、そうであろう! 朧木さんに任せればどのような問題もたちどころに解決できるであろうよ!」
亜門はいつもの口癖を交えてまくし立てる。朧木を褒めているのではなくプレッシャーをかけてきているのだった。
「・・・・・・詳しい話は現地調査を行わなければわからないですかね」
朧木は難しい顔でそう呟いた。
「私も現場の者から幽霊が祟っているという話を聞いた限りでして、詳細な話はお答えしかねますが、ともかくかなりの数の幽霊が災いを起こしていると聞いています」
塚原はそう答えたが、その表情には特に焦りも困りも感じさせないものだった。部下が現場の問題を報告し、経営者として必要な対応を行うだけと言わんばかりであった。
「わかりました。後々の禍根とならぬように出来うる限り交渉で済ませるようにします」
朧木は慎重な返答を返した。
「なんだ。朧木さん。いつものように退治してしまわないのかね?」
亜門が疑問を挟み込む。簡単な問題を難しくしようとしていないかと尋ねているかのようだった。
「妖怪の類であればそうしたかもしれませんが、相手は幽霊。かつては生きていた人間です。荒事ではなく出来うる限りは穏便に済ませたいかと」
「幽霊達を立てるのも結構だが、塚原さんの仕事に差支えが無いようにな?」
「そこは心得ております・・・・・・」
亜門の言葉はどこかしらに棘や毒を含む。元々怪貝原議員が朧木を指名していなければ、他の者に仕事を委託したに違いなかった。
「仕事の進め方は皆さんにお任せいたします。期限は設けません。土地が何の問題も無く使えるようになれば何の問題もございません」
「わかりました。善処いたします」
朧木は立ち上がって塚原と握手を交わした。仕事の契約で合意を取れたからだ。
「依頼を引き受けてくれてありがとう。どう活躍するか、楽しみにしている。うちの妻も昔からの陰陽師達のファンでね。あとで語って聞かせるとしよう」
「あぁ、塚原さんの奥方は郵政公社の重役の方でね。奥方も怪貝原議員とは知り合いなのだよ。皆から『怪貝原議員秘蔵の懐刀』と呼ばれていた朧木さん。君の活躍を待ち望まれている」
朧木は亜門が面倒だなと感じている。亜門の語った二つ名は恐らくは亜門がそう呼ばれたかったものだろう。朧木はソレを薄々感じている。
「さて、私は用事があるのでそろそろ退散させていただくとしよう」
塚原はそういうと帰り支度をし始める。亜門もそれに続いた。
「では、朧木さん。・・・・・・後は頼んだよ」
亜門はそういうと塚原と事務所を去って行った。
後はシーンと静まり返る。
「やれやれ、お仕事の依頼が来ちゃったか。またまた難儀な仕事だなぁ」
朧木の後方でもそりと動く猫型の影。
「良介。今回は面倒な仕事ではないのか?」
「退治するだけなら楽なんだけれどね。そうはいかないでしょ。土着の幽霊をむやみやたらに退治すると、後からろくでもないのがやってくるからね。それでは問題なく土地を使用できるようにするという契約に反する」
すたっ、と何かが床に着地する音。とことこと猫まんが朧木のほうへと歩いてきた。
「ならば交渉をするならその土地の主にあたる霊を探すといい。その者と話をつけるだけで解決するはずだ」
朧木は頷いた。一番平和的な解決策だったからだ。
「霊剣は置いていこう。持って行くと霊達を刺激する事になるだろう」
「ならば良介。とても大事なことがある」
猫まんは真顔でカッと目を見開いた。
「大事な事とはなんだい、猫まん」
「ちゅ-る」
猫まんはただ一言だけ呟いた。
「うん?」
「至高のおやつであるちゅ-るを買ってきておくれ」
「・・・・・・仕事がうまく行ったらね。さて、僕は出かけてくるよ」
朧木は式神の召喚符があるのかだけ確認して事務所をあとにする。




